第百五十三話 激情と涙(2017.12.31修正)
意識が浮上し、身体に体温が戻ってくる感覚と少しの息苦しさを感じる。
「やっと帰ってきたね」
聞き覚えのある声が聞こえ、一瞬の驚きと共に意識が覚醒し、寝ていた状態から上半身を一気に起き上がらせた。
「う……」
あまりにも急だったためか激しい眩暈が襲ってくる。最悪な目覚めだ。
「ほら、急に起き上がるからそういうことになる。ここは高地なんだから気を付けようよ」
もはや高地やら聖地やらそんな問題などどうでも良いと思う程気持ち悪かったのだが、それを押しのけるほどの怒りが湧き出て来るのを感じた。
「ロイズさん……いったい俺に何したんですか……?」
「やだな。僕は何もしていないよ?え?何その疑った眼は。本当だって」
いつものように素晴らしくイラつく王子様スマイルを見せ、片手に持つお茶を飲みながらのほほんと語るロイズさんに俺は殺意を抱いた。
その殺意の篭った目でロイズさんを見るが、当のロイズさんはそんなもの気にしませ~~ん、という態度を見せているので余計にイラっときてしまう。
「だから本当だって。これはこの精霊水を汲むための試練だよ。僕じゃなくてこの山自体が課した試練。精霊水を汲むに相応しい人物かの仕分けみたいなもの。まぁその仕分けが成功できなかったら死んじゃうんだけどねぇ。デットオアアライヴゥ、みたいな?良かったね生きてて」
「とりあえず本当にむかつくんで一回舌噛んで逝っちゃってください。それか一回殴らせろ」
「お断りだね」
「…………はぁ」
「まぁ、とりあえず。おかえりなさい」
「…………どうも、ただいまです」
ロイズさんのおかえりの言葉に少しほっとした自分がいた。まだイラっとはするがな。
「………ん?あれ?」
ピクつくコメカミと頬を揉み解していると公星の姿が見当たらない事に気付いた。
「公星は?公星は何処ですか?」
「………………」
ロイズさんに公星の事を問うが返事は無い。それどころか沈痛な顔をしている。
ポケットの中や周りを見渡しても公星の姿が無いことに俺は愕然とした。
「そんな………まさか………」
あの結界の中で公星の姿は限りなく薄くなっていたように記憶している。
その後俺が前世の家族の幻に囚われていた時、必死に地面に文字を書き俺に警告を出してくれたのも公星だ。その公星がいない。俺が出れたという事は公星も解放されたのではないのか!?
「……ロイズさん……」
「……セボリー」
「……なんで…」
ロイズさんは俺の問いかけに首を横に振る。
涙が溢れてくるのがわかる。零れた涙で頬が温かいが、それとは逆に血の気がうせ、山の大気のように俺の心は凍えるほど冷えていった。
「嘘だ……嘘でしょ?ねぇ!嘘だって言ってよ!!」
悲しみの激情が津波のように押し寄せ、俺の体の中で暴れまわる。自分でもコントロールできないほどの悲しみ。
「嫌だ!嫌だ!!あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!」
激情は魔力となって体から溢れ出し、俺の周りは嵐のように風が舞い起こる。
そんな俺を抑えようとロイズさんは俺の体を強く抱きしめた。
ああ……公星との出会いから今までの出来事が走馬灯のように駆け巡る。
寝起きの間抜けな顔、口の周りを汚し頬袋をパンパンにしながら一心不乱に食事をしている顔。嫌がる風呂に無理やり入れたがその後は気に入ったのか気持ち良さそうに湯に浸かる姿、屋台で投げられた食べ物を見事にキャッチする姿。俺が研究をしているのに構ってほしくて俺の顔に張り付いてきたり邪魔をしている光景。
その全てが愛おしい俺の親友。
俺の公星。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!公星!!!」
公星……ああ、公星。俺はお前を失いたくなど無かった……
「モキュ?」
ああ……終に幻聴まで聞こえてきたか。
「モキュキュ~?」
しかもこんなにはっきりと……
「モッキュ?」
畜生……この暢気な声は公星そのものじゃねーか。
こんなに悲しいのに幻聴でも嬉しいと思うなんて、俺はなんて不謹慎なんだろう。
「モッキュ!」
今度は俺の頭の上に公星と同じくらいの重さの物が乗っかった気がした。
「ああ…この重さはまさしく公星の重さだ………今度は体の感覚までおかしくなってきた…」
「モッキューーー!!」
「ほげぇ!!」
俺は頭に強い衝撃を感じ顔を上げると、そこには公星の姿があった。
「……公星?」
「モキュ」
俺の周りの風が弱まるのを感じる。
「公星なのか!?」
「モキュキュ」
もう大丈夫だと察したのかロイズさんが俺から離れていく。
「公星!!!」
「モ…モギュ~~~~~~!!!」
俺は公星を掴みとり強く強く抱きしめその感触を味わった。
俺から離れたロイズさんはその光景を真顔で見ている。
「ロイズさん!公星生きてるじゃないですか!!!」
「僕は最初から死んでるなんて言ってないよ」
「じゃあなんでさっきあんな神妙かつ沈痛な顔をしてたんですか!!?」
ロイズさんは深いため息を一つつき、指を頭上へと向けた。
「君より先に起きた、公星君が、お腹が空いたって、この周辺の森に実ってる果実を、根こそぎ、食い散らかしたんだよ」
ロイズさんのワザとらしく途切れ途切れ強調した言い方に嫌な予感がする。
「見てみな、この惨状」
ロイズさんはそう言うと先ほど上げた指を下へ向かわせた。
「ほへ?」
俺は公星を抱きしめながら視線を地面へとおろした。
「………種?」
視線を地面に向かわせ見渡すと、そこには大小様々な大きさの種が散らばっていた。
「この森になる果実って目茶苦茶貴重って言ったよね?それは採りにくさやその効能にもあるんだけどね。なんで貴重かというと、これって実るまでにかなりの時間がかかるわけよ」
「………………」
「さっきセボリーが食べた果実も出来るまで30年以上かかる実なんだよね。ついでにこの森の果実が食べられるまで育つ平均年数が約50年って言われてるんだよ。それを公星君がこの周辺の果物根こそぎ食い尽くしたわけ」
「モッキュ~~~~ピューピュピュー♪」
公星は俺の顔やロイズさんの顔を見ず、明後日の方向を向きながらごまかしに入った。
「多分お偉方に怒られると思うよ。あ、言っておくけど僕はちゃんと止めたからね」
あれ?おっかしーな。さっきおさまった風がまた沸き起こる感じがする。
怒り。そう怒りだ。ああ、生きてるって感じがするわ~。
「あ~、生きてて良かった」
「モッキュゥ」
「じゃねーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「モギュ……ゥ」
「テメェ何してくれやがるんだこのヤロー!!誰が怒られると思ってんだよ!俺だよ!俺!!お前がやったことを俺が責任を被らなきゃいけないんだぞ!!?それなのに何やってくれちゃってんの!!?ねぇ!!?しかもあの美味な果物食い尽くしたぁ?はぁ?バッカじゃねーの!!?俺にも残せやぁぁああああ!!!」
「論点ズレてきてるねぇ」
「モ゛……モッギュギュ…」
公星はさすがにまずいと思ったのか口から食いかけの果実を取り出し、俺に差し出してきた。
「食いかけのモン渡すんじゃねーよ!!!」
「まぁ、とりあえずこのことは聖下にも報告しておくからね」
「Nooooooooooooo!!!」
その後俺はひとしきり嘆いた後、公星が出した食べかけの果実を頬張りながら公星に説教を食らわせた。
その結果、公星は半年間の昼食抜きとオヤツ抜きを命ぜられ悲しみの涙を零すのであった。
それから1時間ほどだろうか。
「ねぇ。コントは終わったぁ?」
「コントじゃねーよ!!こんな悲しいコントがどこにあるんですか!!?」
「終わったんなら話進めてもいいかなぁ?」
「え?俺の反論無視?そうですか無視ですか。……サーセン。どうぞ進めてください」
ロイズさんの背筋も凍る真顔こと魔顔に、俺は速攻で土下座をしつつ主役をロイズさんに譲った。
「あれが精霊水」
「へ?」
え?何?なんだって?
今サラっと今回の旅の目的のモノを言ったように聞こえたんですけど。
聞き間違えだよね?
「だからあれが精霊水が湧き出る泉」
ロイズさんが見る方向の50メートルほど先を見ると、先程まで木と岩しか無かった場所が光り輝いていた。