第百五十一話 魂(2017.12.31修正)
俺は心底驚いた。
手が透けているのだ。
それに靴を脱いで見ると心なしか足も少し透けているように見える。
「な!なんで!?どうして透けてるの!?公星は!?」
「モキュ」
慌てて公星を見たが公星は透けていなかった。
「……体が無い状態で魔法を使ったからか?」
通常なら魔力切れを起こす前に危険信号として眩暈や頭痛、吐き気などの症状が出る。
そしてその信号を無視すると気絶してしまうのだが、今の俺には体が無く精神だけの状態だ。
なので危険信号は出るが気絶の代わりに精神自体が消耗し、存在が薄れてしまうのだろうか。
もしそうだと仮定するにせよ、これ以上魔法を使うのは得策ではない。
「マジで手詰まりなんですけど……公星、なんで俺透けてるんだと思う?」
「………モッキュ~?」
「うん。わからんよなぁ。このまま行けば昔憧れた透明人間になれる!とか言ってる場合じゃないしなぁ。そもそもコレ幽体離脱みたいになってるって事は透明人間以前の問題だし」
「モキュ~」
前世の少年時の夢の透明人間。それは思春期の男子なら誰でも一度は考えた事があるだろう。
透明人間になればあんな場所やこんな場所に忍び込めてウハウハと…
だがこんな所で透明人間になっても何の得にもなりはしない。
「なぁ、もしこのまま魔法を使ってたらやばいと思うか?」
「モキュキュ」
公星は首を横に振る。
「うん、そうだよなぁ。でも精神体という事は少なくとも肉体とはラインで繋がっているってことだよな。なら誰かが魔法で呼び寄せてくれるのなら簡単に戻ることは出来そうだが………でも俺の体の周りに人がいればの話だが。それに精神は時間をかければ修復するって話しを聞いた事があるような無いような」
さて、どうするか……この結界から抜け出すどころか頼みの綱であるはずの魔法も使えない。
考えを放棄して精神の回復を祈り眠ろうかと思ったが、吐き気や頭の痛みはあるのに先程までしこたま寝ていたため頭は冴えきっている。全く眠くないぞ。
ああ!駄目だ!寝て放棄する事すら選択できんとは!
「あ、そうだ。確か自然のエネルギーを魔力や精神力に変換して回復するって術があったな。やってみるか」
そうだよ。あれは確か動けないほどの魔力枯渇や精神力の低下を回復するための術だったように記憶している。
だがその回復術は精霊の力を借りないと本当に微々たる回復力しか併せ持たず、有効活用できるものなど精霊の愛し子くらいしかいないと聞いた。
「……ああ。でも精霊の姿が見えなかったんだ」
うん。試してみようとしたが精霊の姿が全く見受けられないんだ。呼んでも全く反応が無い。
コレじゃあ試す以前の問題だ。
「でもおかしいよな。普通結界の中とはいえ少なからず精霊は存在しているはずだ。しかもここは聖地。精霊の大本のようなところだし……という事は精霊はいるが俺が見えていないだけか?もしそうなら見ようとしないで感じるしかないんだが……やってみるか?」
見えないのなら感じれば良いとは言ったがこれは難しいぞ。
ぶっちゃけ俺は感じるより見聞きして精霊の存在を確認するほうが多い。
数え切れないほどの精霊が集まっていたり、力の強い精霊がいれば見なくとも存在を確認する事は出来ていたが、今はそれを封じられているようなものだ。
「感覚で掴むしかないってことか……」
俺は感覚を研ぎ澄ませるように目を閉じて出来るだけ楽な体勢になり、自分の周りの空間にある気配を必死で探した。
だがいくら探そうとも何も反応は無い。
気配を掴むために感覚の網の範囲を無理に広げていく。
「……ぅぐ」
無理に範囲を広げたからだろうか、頭に激痛が走る。それでも構わず範囲を拡大し続けた。
そんな激痛の中で頑張る俺の耳に公星のやけに切羽詰まった鳴き声が聞こえてくる。
「モキュモキュキュキュ!!」
「ん?なんだ?」
あまりにも切羽詰まった声なので集中するのをやめ公星を見ると、公星がジャンプをしながら俺を指差していた。
俺は咄嗟に自分の体を見回すが先程と何も変わっていないように思えた。相変わらずスケスケだ。
「……何だよ?折角人が集中してるときに。一体何が言いたいの?お前文字書けるんだから書けや」
「……モキュ」
「お前……」
公星の「あ、その手があった」と言うリアクションに俺は力が抜けて溜息をついた。
「ん?何々?俺の、体から、変な、粒粒が………出てる?ほぇ!!?嘘ぉ!どこ!?何処に!!?見えないんですけど!!?」
俺の目から見ると全くその変な粒粒と言うものが出ているようには見えない。
だが公星が言う?(書く)には米粒大の粒粒が俺の体から湧き出しているらしい。マジか。
公星は何気にこういったことは俺よりも鋭い。なので俺は改めて体に異変が無いか確認してみた。
「………え?」
改めてよく自分の体を確かめてみると、先程よりも透けている度合いが上がっているように思えた。
「嘘……さっきよりもスケスケになって…る………ウ、ウェ…」
頭がクラクラする。先程よりも更に強い吐き気も感じる。そして酷い倦怠感。それとは逆に手足の感覚がなくなってきた。
「何で?……それに精神が少しも回復してないっぽい」
嘘だろ。回復するどころか消費している。何故だ…俺は魔法は使ってないぞ。魔力を使っていないのになんで存在感が薄くなるんだよ!
……まさか!精霊を探すために感覚を研ぎ澄ませると魔力を消費するのか!?
ああ、そうか。多分無理に感知の範囲を広げたのがよろしくなかったんだ。
俺の素の実力で足りない力を魔力で無意識に補っていたんだろう。そう思えば説明がつく。
待てよ。もしかしたら普通にしているだけでもこの空間では魔力が削られている可能性がある。
結界の中には閉じ込められた者の体力や魔力を吸い取って術者に還元するタイプの物と、閉じ込められた者の体力と魔力を吸い取って結界自体を維持する物がある。多分この結界もその類だろう。
と言うことは俺が悠長なことをしている最中も、どんどんと俺の精神自体が削られている筈だ。
「クソ……」
しかし不味い事になったぞ。このまま行くと俺の精神が消えてなくなる可能性が高い。
もし精神が削られなくなると仮定しよう。そうなった場合俺の肉体はどうなるのだろうか?
精神が無いのなら意識が無いのと同じ事だ。
もしそんな状態で肉体に戻っても脳死のような状態、植物人間になるのではないか?
もしこの結界から抜け出した時、少しの精神体でも残っていれば回復の見込みはある。それに俺の体の周辺に誰かがいたらまだ良い、だがその可能性は薄い。だってここは聖地だ。そうやすやすと人は来ない。もしそうなれば栄養失調などで朽ち果てるのを待つだけになってしまう。
「マジでやばいじゃん…………ん……待てよ?ここは聖地で修行の場だったよな。それも死と隣り合わせといわれている修行の地だ。でもここに入れるのはある程度の称号を有した聖職者だけなんだよな……アルゲア教の聖職者は上に行くほど規格外な人が多いはず…そんな中で死人が出ている?……まさか…」
ここで俺は恐ろしい仮定を立ててしまった。
俺は最初公星の反応で今の俺の体は幽体離脱で精神だけが抜けている状態だと推測した。だがそれ自体がもしかしたら間違いだとしたら。
今の俺の状態は精神体ではなく魂という存在なら……
魂は精神とは違い回復することはない。そして魂の消失は死よりも重大な事だ。
俺は一回転生した。それは魂があったからだ。魂自体が無くなればそれも出来ない。
正に死よりも重い。
「魂自体が消えて無くなる!どうする!?どうしよう!!?」
俺は焦った。こういう時ほど焦ってはいけないのだろうが、最早パニック状態だ。
最早のんびりなんてしている場合ではない。死に物狂いで出口を探さなければと走り出そうとした時。
「つぅっ!」
俺の足に激痛が走った。
痛みの場所を見てみると公星が必死に俺の足に噛み付いていた。
「おい!公星離せ!!お前と遊んでいる暇はなブワァ!!」
公星に怒鳴りを入れた瞬間。俺は頭上から水を被った。
それはとても冷たい氷水。公星が魔法で出したのだ。
「モッキューー!!モキュキュモッキュー!!」
「おい!やめ!」
俺が注意しようとするとまた俺の頭上に氷水が現れ俺を襲う。
「…モキュー」
「おい!何をやって!」
3度目の氷水が俺を襲う。
「………モキュー…」
「だからなっ……!公星っ!!?」
俺は公星を引き離そうと公星に目を向けた瞬間、公星の体はとても薄く透けていた。
公星の魂は俺と繋がっている。この結界の中で俺に起きえた現象が公星に起きない訳など無い。
先程公星が浮けなかったのはいつも通りの魔力で発動させようとしたからで、先程の俺のように大量の魔力を使えばきっと発動できたのだ。
公星は無理に魔力を使ったのだろう。急いで抱き上げると見るからに衰弱し、体は今の俺の体より透け、鳴き声にも元気は無い。
「……ごめん公星……ありがとな」
身を挺して俺を冷静にさせてくれた公星に俺は情けない気持ちでいっぱいだった。
心を落ち着かせ冷静に考えてみる。恐らくコレは修行の一端なのだろう。
最早ロイズさんが助けにきてくれると言う甘い考えは捨て去ろう。あの人なら修行で人の命を天秤にかける事を平気でやるだろうし。
修行。そう、これは正に命を懸けた修行だ。
「公星、一緒にこの結界から出よう」
「……モキューー……」
俺は冷静さを取り戻し先程の続きをしようと試みた。
このままでは確実に死ぬと思う。
だが何故か先程の方法が間違いだとは思えなかった。
この先に正解が、いや、鍵があるかもしれない。
コレは唯の俺の勘だが、こういう時こそ勘を頼りにしようと思ったのだ。
「……………………」
集中するに連れて体に走る激痛も感じなくなってきた。
それは回復しているからなのか、死に向かって行っているからなのかも分らなくなってくる。
意識も朦朧としてきた。
先程の雪山を登ってきた最中に感覚としては似ているかもしれない。
意識が沈んでいくのがわかるのだが、逆にまるで湧き上がるような感覚も覚えた。
まるで自分が自然の一部、この結界の外の世界にあるであろう泉から湧き上がる一滴となったかのような感覚。
どれだけの時間が過ぎただろうか?時間の感覚がわからない。体内時計も目茶苦茶だ。
1分かもしれないし10分かもしれない。
もしかしたら1時間以上経ったか?短いようで長く、長いようで短いと感じた。
そこでふと意識が浮上した。
誰かが俺の肩に手を乗せたような感覚がしたのだ。
俺は咄嗟に目を開け振り向くと、そこには良く知っている顔があった。