第百五十話 緑の結界二(2017.12.31修正)
「え~~っと。たしか術の魔法構築式を浮き上がらせる術は……いや。そんなことしなくても俺には識別があるじゃないか」
そう思い結界に触れようとするが…
「結界……どこよ?」
そう俺の識別は見ることによって発動されるが、対象に触ればより詳しく調べる事が出来るのだ。
だがこの場合この空間自体が結界で、結界そのものが見えない。
なので調べようがない。
「うわ。最初から躓いたし……どうしよう……地道にやるしかないか『鑑識眼』………へ?」
俺は魔法構築式を調べるために魔法を使ったが…
「え?何で出てこないの?確かこれであってたはずなんだけど『鑑識眼』………駄目だ出ない」
出てこない。術自体は発動している筈なのに何度唱えても魔法構築式が出てこない。
どうしよう。これじゃあ調べる以前の問題だ。
魔法構築式がわからなかったら弄くりようが無い。
もしかしたらこの結果の核となる部分ではないからか?
でも核の部分ではなくても前は見ることが出来た。
そうなるとこれは魔法で作られた結界ではないという事なのだろうか?
魔法で作られていない結界?そんなのあるのか?
夢でもないし魔法でもない。じゃあ一体何なの!!?本当に!!!
「もう何この状況!どうすれば良いんだよ!……うぉおお!!」
この前進の無い状況にイラつき俺は足元に転がっていた石を投げた。
石は木にあたって反射し俺の元へ帰ってくる。
俺は自分で投げた石に当たらないように必死に避けた。
「踏んだり蹴ったりだ……しかも何かまた眠くなってきた……もう良い!!とりあえず寝る!!寝て起きたら解決してる!!絶対に!!」
そんな事で状況が好転しない事はわかっていた。
しかし歩き続けて疲れた体を休めるために俺はその場に大の字に成って寝転がった。
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時は少し遡る。
場所は変わり、ロイズは大きな木の下の岩に腰を下ろして座り、暢気にお茶をしばいていた。
ロイズの傍らには仰向けになって寝ているセボリーの姿が見える。
セボリーの顔は真っ白で血の気が無くまるで死んでいるかのようであったが、ちゃんと息もしており心臓も動いていた。
精霊達はそんなセボリーの体をつついたり髪の毛を軽く引っ張ってみたりして遊んでいる。
「さて。セボリーはどのくらいで戻ってこれるかな?」
セボリーを見つめ茶を啜りながらロイズはそう呟く。
「解析系の魔法を使おうとしても無駄だよセボリー。だって今のセボリーは魂だけの存在だから」
いつもと変わらない口調でロイズはセボリーの置かれている状況を語った。
「簡単で威力の低い攻撃魔法程度なら大量の魔力を使って発動はするけど、十分な威力も発揮できないよ。完全な魔法を使うには魂と体が揃っていなければならない。ましてや解析系の魔法は高等魔法。今のセボリーには絶対に無理だ。魂や精神体だけで完璧な魔法を発動できるのは精霊や精霊に近いもの、人間を超越した存在だけ」
『戻ってこれると思う?』
セボリーの周りにいた精霊のひとつがそう問いかけた。
「思ってるよ。というか戻ってきてもらわないと困る。大事な同胞だし弟子にした甲斐もないからね。おちょくる相手が少なくなるのも寂しい。それにここで死なれたら僕がウィルや聖下に怒られてしまうよ」
『あのお方が悲しむ姿は見たくないわ』
「そうだね。じゃあ悲しませないようにセボリーを応援しようか。今のセボリーには精霊の姿が見えないはずだけどね」
『今すぐにでも迎えに行ってあげたいけど契約があるから出来ない』
「さぁ、このエルファドラ山の7合目にある精霊水を汲める泉に行く道中の最後の試練。こんな所で蹴躓いていたらこれからセボリーの人生で降りかかるであろう困難を踏み越える事なんて出来やしないよ」
実はこの試練。かなり命の危険性がある。
外からの干渉は受け付けず、自力で戻ってこれなければ何時しか栄養失調で死んでしまい、魂だけが結界の中に閉じ込められ彷徨ってしまう。
更に魂だけの状態で魔力を使いすぎると魂が削られ存在が希薄となり、やがて自我が無くなって一生戻ることは出来ない。
そして彷徨った先の魂は山へと吸収され自然の力として発散し、新たな精霊を作る糧となっていくのだ。
これは今まで数え切れないほど修行をするために訪れた聖職者が犠牲になった試練。
セボリーが寝始めてかれこれ1時間程。
だがロイズはセボリーの心配は全くしていなかった。
何故なら必ず戻ってこれると確信していたからだ。
「感じろ。研ぎ澄ませ。そしてこちらの領域まで来い」
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目が覚めたセボリーは一回大きな欠伸をしてから辺りを見渡した。
「ロイズさん?」
うん。いないな。やっぱり全く状況は変わっていない。
どうすんべ。マジで。
「モキュ」
「ん?公星?どうした?イテェ!!お前何すんの!?何で俺の指齧るの!!?」
いつの間にか俺のポケットの中から出ていた公星が急に俺の指を齧ったのだ。
「おい!何してくれてんの!?血が出るじゃねー………か?あれ?出てない?なんで?噛み傷はあるのに」
普通ならば血は出ている筈なのに、痛みは感じるが血は出ていない。
普通結界の中に閉じ込められても怪我をすれば傷はつく。
前にウィルさんがエルドラドで張った結界は元の庭をコピーする形で置き換えて作っていたが、それは庭と言う命を持たないものだから出来た事だ。
もしかしたらロイズさんなら生物も再生できるような結界を張る事が出来るかもしれないが、今の俺は再生はしていない。ただ傷があるだけだ。
これは一体どうした事だろうか…
「…………もしかしてロイズさんが作ったお仕置き用の結界とか?」
「モキュキュ!!」
「違うのか」
公星は頭をブンブンと左右に振りそれを否定してきた。
では何だ。今この状況は明らかにおかしい。
これはやはり夢なのか?
「じゃあ夢なの?」
「モキュキュ!」
それも違う………と。
「でも結界の中に閉じ込められたのは確かだよな?」
「モッキュ!」
「でもちゃんと痛みは感じるが血が出ないし。ましてや夢でもない。意識はあるし自我も残っている……………という事はこの体が偽物と言うことか?」
「モキュ~」
ん?何か「おしい」と言われているような気がする。
「この体は偽物?」
「モキュキュ!」
「違うのか…」
「じゃあ体自体が無かったり。まっさかなぁ」
「モッキュ!!」
「え?」
公星の反応が「それだ!!」と言っているような気がした。
体自体が無い。つまり魂や精神だけの存在という事か?
「……………もしかすると今俺は体から精神が離れた状態……幽体離脱みたいな事になっているのか?」
「モッキュ!」
「正解か?公星」
「モッキュ!」
「そうなんだな?」
「モッキューー!!」
「ああ。そうか。何でロイズさんがいなくてお前がいるのかと思っていたが、俺とお前は魂で繋がっているからこの状態でも一緒なんだな」
「モッキュ!!」
マジか。という事は俺達は今精神だけでこの森を彷徨っているという事になる。
それで俺の体は多分結界の外。ロイズさんの側にあるはずだ。
どうすればこの結界から抜け出して精神が体に戻れるんだ?
俺の知りうる魔法じゃ無理だし、精霊にお願いしようにもその精霊の姿が見当たらない。
そう言えば精霊に強く干渉できる言葉が古代精霊アルゲア語ってロイズさんが言ってたな。試してみるか。
『ねぇ見エてル?助ケてくれマセんか?』
必死で学習中の古代精霊アルゲア語で話しかけても全く反応が返ってこない。
カタコトだからいけないのか解らないが全く精霊の気配が感じられない。
やっぱりこの結界の中には精霊はいないのか……
「モキュ!モキュ!モキュ!」
俺が古代精霊アルゲア語で助けを求めて直ぐに公星が宙に向かってジャンプし始めた。
「ん?何でジャンプしてんの?いつもの様に浮遊すれば良いじゃん」
「……モキュ~……」
「え?もしかして浮かべないの?」
「モキュ…」
「マジか!あれ?という事は俺がさっき使った鑑識眼も実は発動して無かったとか?え?でもさっきロイズさんに水魔法ぶっ放したよね?『水鉄砲』」
先程よりも幾分か小さな水魔法が森の木々に当たって弾けた。
「………え?う……ふらふらする……なんでだ…?それに魔力の消費が激しい…」
不思議に思い魔法を放った手を見てみると。
「て、手が!!」
下の地面が透けて見えていた。