第百四十九話 緑の結界(2017.12.30修正)
ロイズさんのあの笑顔が気になる。
短い付き合いだが、ロイズさんがああ言う笑い方をする時は大抵碌な事が起きない。
と言うかロイズさんに関わってから余り良い思い出がないのは気のせいだろうか?
それにさっき古代精霊アルゲア語で話していたことも気になる。
何を禁止したんだ?
あれは多分精霊に言った言葉だろう。
そうでなければ俺がまだ理解できていない古代精霊アルゲア語なんて使わない筈だ。
それに先程からの曖昧な説明。
まるで俺に真実を知らせないためにはぐらかしているような言い振り。
いや、あれは知らせないためではなく自分で気付けという事なのだろうか?
どちらにしてもかなり遠回りにぼやかしていっているように思えた。
「どう?歩けそう?」
「はい、大丈夫そうです」
不思議な事に体の痛みも消えている。これならまだ頑張れそうだ。
俺はロイズさんの問いかけに手足を動かしながら答えた。
「じゃあテントから出て。仕舞うから」
「はい。あ!ちょっと待ってください。公星を回収しますので」
「………モキュゥ?」
「ほら公星行くぞ」
「……モキュ」
公星は温かいテントが名残惜しいのか、体をのろのろと動かし渋々と俺のポケットの中へと入ってまた体を丸めて眠りに就いた。
直ぐにポケットから聞こえ始めた鼾に少しイラっとするが、そこはもう諦めた。
「うう……相変わらず寒い……」
テントから出ると外の空気がどれだけ冷たいのかわかる。
多分この標高での普通の気温よりかは暖かいのだろう。
そうでなかったら木が生える事はないからな。
だけど厳しい寒さには変わらない。
俺は首が無くなるのではないかと思うほど首を引っ込めながら上を目指した。
森は上に登るに連れて背が高く幹も立派で苔生した深い森となっていった。
先程までの森も太古の森と言う感じだったが、何と言うかどんどんと緑が鮮やかになっていくのだ。
寒さで縮こまり下を見ながら歩いているがそのことははっきりと感じられた。
再び登り始めてから2時間ほど経っただろうか。
俺はある違和感に気付いた。
周りの景色が変わった気がしないのだ。
いや。森の中なのだから代わり映えしないのは当たり前なのだが、それを差し引いても何かおかしい。
「ロイズさん?」
「何かな?」
「何かおかしくないですか?森の景色が全く変わらない気がするんですが…」
「気のせいじゃないの?」
「そうなんでしょうか……?」
「ほら。そんな事は気にしないで足を進めよう」
「………はい」
更に歩く事1時間。
やはりおかしい。
もしかしたら同じ場所をぐるぐる周回しているのではないか?
そう思い、本当はやってはいけない事なのだろうが俺は持っていたナイフで木に傷をつけ目印をし、比較的大きくて特徴的な岩にも印をつけた。
結果はどうだろう。
それが良くわからないのだ。
確かに印をつけた木や岩があるのだが、その肝心に印が無い。
木や岩の形は同じなのにつけた筈の印が綺麗さっぱり消え去っているのだ。
これはどういう事なのだろうか。
「ロイズさんやっぱり何かおかしいです」
「何がおかしいのかな?」
「もしかしたら同じ場所を周回しているんではないですか?」
「そんな事ないよ」
「…………でも」
「そんな事をやっていると何時まで経っても着かないよ」
「……………」
絶対におかしい。これは変だ。
それにあのロイズさんにも何か違和感を感じる。
いつもと同じ顔、同じ声、同じ雰囲気なのだが何かが違う。
ロイズさんは面倒くさがりの所もあるが、俺のこういった質問には丁寧に答えてくれていた。
しかし今はそれをしない。疲れているからだろうか?
いや、違うな。例え疲れていようがロイズさんは多分答えてくれるはずだ。
俺はお仕置きを覚悟でロイズさんに水の攻撃魔法を放った。
ロイズさんならなんなく避けられると思ったからもあるが、確認しておきたい事もあったのだ。
「っ!!!」
鈍い音を出し、俺のはなった攻撃魔法はロイズさんへ命中した。
そして命中した瞬間。ロイズさんが煙のようにその場から消えていったのだ。
「こ……これは…?ロイズさん!?ロイズさんどこですか!!?」
辺りを見渡し大きな声を出してロイズさんを呼ぶが、返事が返ってくることは無かった。
「どうなってるんだ?…………公星!?」
俺はポケットの中に居るであろう公星を確認するためにポケットにてを突っ込んだ。
触ると生暖かい感触があり、覗き込んでみると公星が気持ち良さそうに眠っていた。
「………どうやらこの公星は本物らしいな」
暢気に眠る公星の頬をつつくと俺の指を齧ろうと口をモグモグさせ始め、それでこれは本物だと確認できると俺は再び辺りを見回した。
「一体全体どうなってんだ……ロイズさんはいつの間にか消えて変なのと摩り替わってるし……ああ!もう!!……っえ!!?」
魔力の無駄使いとはわかっていたが不安を覚えとりあえず魔法をぶっ放す。
しかし魔法を食らった筈の木や岩には変化は無く全くの無傷であった。
「夢?もしかしてこれは夢なのか?」
そう思い自分の頬をつねってみるが痛みを感じ直ぐ放す。
「現実……か?じゃあ今の状況は何なんだよ」
訳のわからない状況に俺はその場に座り込んだ。
「…………どうしよう」
このまま歩き続けていても多分結果は同じだ。
ロイズさんを呼んでも多分答えは返ってこないだろう。
「まるで森に囚われたみたいだ……」
そうだ。俺は今森に囚われているんだ。
どういった経緯で森に囚われているのかは解らないが、出口を探さなくてはいけない。
果たして出口はあるのだろうか?と言うか俺は何時から森に囚われたんだ?
あの謎の果物を食べて再び登り始めた時は囚われていなかったのはわかる。
じゃあ何時からだ…
俺がこの違和感に気付き始めたのはテントを出て歩き始めてから1時間位してからだ。
それから疑問に思ったのが2時間後。そして確信したのがさっき。
という事は少なくとも2時間以上前からという事になるだろうか。
「………はぁ…………ん?」
顔を空に向けながら溜息をついた時、俺はあることに気が付いた。
「……あれ?精霊がいない?」
そう。先程まであれだけいた精霊達の姿が全く見当たらない。
上を見て前後左右、更には下も見たが全く精霊がいない。
やっぱりこれは変だ。
そうか。森に囚われているという事は結界を張らなければならない。
誰かが結界を張り俺を閉じ込めたんだ。
でも誰がそんな事をする?
ロイズさんだろうか?でも何でロイズさんが俺を閉じ込めたのだろう。
それにもしかしたらロイズさんも俺とは別で違う結界の中に閉じ込められている可能性だってある。
まぁ、ロイズさんならそんな結界すぐに解除してしまうだろうが……
という事は精霊の仕業だろうか?俺達をこれ以上奥に行かせない為に…か?
「結界……たしか結界の解除方法は……」
結界の解除の仕方は数個ある。
まずは術者より強い結界を張り相手の結界を壊してしまう方法。
これは小さい容器の中に大きくなる物をいれて容器ごとパンクさせてしまう要領だ。
所謂力技だがこれが一番簡単な方法である。
二つ目。
結界を張るために作られた魔法構築式を調べ、公式を目茶苦茶にしたり上書きしたりして壊してしまう方法。
つまり一定に保たれたバランスを狂わす方法だ。
これもある意味力技だが、術者が使っている結界の魔法構築式を理解して読み取る能力が無いと絶対に無理である。
三つ目。
術者そのものを排除する方法。
これは術者が自分達と同じ結界の中にいなければ無里な方法だ。
もし術者が結界の外にいた場合協力者がいないと壊す事は出来ない。
空間を越えて攻撃できる方法がある者なら可能だがな。
四つ目。
精霊にお願いして結界を解除してもらう方法。
俺のように精霊の愛し子ならではの壊し方だ。文字通り精霊にお願いするのだ。
「ふむ………もし解除するのであれば……二つ目の方法しかないかな?」
一つ目は駄目だ。俺は結界を張った事が無い。張る方法も良くわからん。
三つ目はもし外にロイズさんがいると仮定しなければ無理なので駄目だ。
四つ目もさっきから精霊自体見当たらないので無理。
という事は俺に残された方法は二つ目しかない。
ロイズさんに教わっているとはいえ魔法構築式が苦手な俺にこれが出来るだろうか……
「ん~~~~~~……」
ほぼ無音の空間の中で聞こえるのは俺の悩み声だけであった。