第百五十七話 光の川(2017.12.30修正)
それから数時間、俺達はひたすら歩き登り続けた。
ロイズさんは一人の場合あの休憩した場所から約3時間ほどで着くと言っていたが、ふと懐中時計を見てみるともう5時間と少し過ぎている。
それなのにまだ到着する気配は全くしない。
いくらここがパワースポット兼聖地で木がたくさんあれど、ここまでの標高なので当然寒いし空気も薄く、足の痛さもそうだが1時間以上前から吐き気と頭痛が俺を襲っていた。
魔力循環もちゃんとしているのだが既に効果が出ているのかどうなのかもわからない。
もう完全に高山病に罹っているといっても良いだろう。
最早喋る気力も無く下だけを見つめてただただ足を動かした。
「今日はもう休もう。セボリーの体力が限界っぽいしこれ以上無理をすると流石に命が危ないからね」
「…………」
俺はロイズさんの言葉を聞いて返事をするために声を発しようとしたが出ず、ゆっくりと重力に反抗することなく首を下へと動かした。
「急に座っちゃ駄目だよ。見ての通り尖った石や岩が多いからね、ゆっくり座りな」
倒れこむように岩に尻をつけようとした俺にそう注意するロイズさんは、テントらしきものを取りだしすばやく組み立て俺をテントの中へと誘った。
俺は既に満身創痍の状態だがロイズさんはケロッと疲れも知らぬ顔でお湯を沸かしている。
どうしてそんなにケロッとしていられるのだろうか?
体のつくりが違うから?体力の差か?
そんな事を考えていると極度の疲労から酷い眠気に襲われる。
さっきも寝たのに眠くて眠くて仕方が無い。
「寝ても良いけどその前にこれ飲みな。少しでも体を暖かくしたほうが良い」
俺はロイズさんから白湯が入ったコップを手渡され、コップから伝わる暖かさに安心しつつゆっくりゆっくり嚥下する。
体が中から温まるのを感じながら俺は疲労と緊張がピークに達したのかそのまま落ちていった。
なんだかとても煩い。
そう感じて目を開けるとそこは真っ暗闇だった。
上を見ても右を見ても左を見ても何も見えない。真っ暗だ。
しかしふと下を見れば、その真っ暗闇とは反するように俺の足元には光が川のように線を成して流れていた。
足元の光の川はとても眩しいはずなのに、その光は暗い空間を全く明るく照らさない。
だが光の川はまるで瀑布のような轟音を立てて何処までも流れ、時折光の川の一部から零れ落ちたように大きな光が落ちていくのが伺えた。
あの落ちた光は何なんだろう?
光の川の光は見ているだけでもとても暖かくて何処か郷愁を誘われる光であった。
もっと近くで見たい。もっと近くで暖かい光を浴びたい。
そう思ってしゃがむが全く俺と光の川の距離は縮まる事はない。
それでも目を凝らしてみていると俺はあることに気付いた。
人が。光の川の下、それもずっと下で人が踊っているのだ。
とても小さくて良く顔を識別する事は出来ないが、どうやら女の子が踊っているらしい。
その人が気になりもっと目を凝らす………
あれ?あの姿。何処かで見たことがある?と、そう思いもっともっと目を凝らす………
ああ………そうか……あれはあの時の少女だ。
夜月光を浴びながら象牙色の杖を持ち、玉虫色のように見る角度によって色を変える服を着て踊るあの少女。
あの夢の中で見た少女が光の川の下で踊っているんだ。
すごい。彼女が動くたびに単色だった世界に色が生まれてくるように草花が広がっていく。
大地を大きなキャンバスにして絵の具を塗りたくっているかのようだ。
暫くすると少女の動きが止まり、彼女の周りに濃い影が湧き出てくるのが見えた。
あれは何だ?わかった!あれは森だ!森が生まれたんだ!
でもこれでは少女の姿を見ることが出来ない。と思ったがそれは気鬱であった。
鬱蒼と茂った森の木々の間から少女の姿ははっきりと確認できる。
森の木々は少女がいる所だけぽっかりと穴が開いたようにひらけており、その場所から光があふれ出ているように思えた。
俺は少し考えた後、あれが泉だと気付く。
ああ………あれは泉でその泉からたくさんの光の粒が湧き上がって今俺の足元に光の川を作り出していたんだ。
そしてあの流れ星は精霊石が地上に落下していたんだな。
でもどうして俺のところまであの光の粒は上がってこないのだろうか?
あの夢では俺の頭上に満天の星空のように光の粒の星星が輝いていたんだぞ?
それにどうして俺はあの少女をこんな所から見下ろしているのだろう?
まるで動くジオラマを見ているようだ。
そう思った瞬間。俺はここが何処なのか悟った。
そうか………ここは空の上。宇宙だ。俺は今宇宙から地上を見ているんだ。
まるで人工衛星が地上を観測するように、今俺は宇宙から地上の様子を伺っていたんだ。
そのことに気付き再び辺りを見渡すと、そこには巨大で綺麗な球体が広がっていた。
青や白、茶や緑で彩られた巨大な球体は、まるで前世の映像で見た地球そのもののようで心を惹きつけられた。
ああ……懐かしい……帰りたい。帰りたいよ父さん母さん………
郷愁に駆られ知らず知らずのうちに目から零れる涙。
俺はそれを抑える事が出来ず蹲ってただただ涙を流した。
ふと気付くと体が温かい。
涙で潤む瞳を開けると光の粒が俺の体全体を包み込んでいた。
下を見れば光の川からまるで支流のように枝分かれした光の線が俺の方へ上がってくるのが見える。
光の粒はまるで励ますように慈しむように、そしてまるでこの世界から逃れさせないためのように俺を包み込んだ。
幾千幾万幾億の光の粒は吸い込まれるように俺の体の中へと入り込み吸収されていく。
吸収され消えていく光の粒をよそに光の粒は下の光の川から上がり続け俺を包み続けた。
どのくらいの時間が過ぎただろうか……
ふと周りを見てみれば俺の体を包み込んでいた光の粒は消え、下の光の川は遠くへと流れさり、まるで軌跡を残したかのように光の残像だけがそこにあった。
辺りは相変わらず暗闇で何の気配もしない。
煩かった轟音ももう聞こえずただただ静かであった。
しかし下の世界には光が満ち溢れていた。
光が。光が星を覆っている。
まるで朝焼けに照らされた水辺のように煌く光は星全体を覆い、星自体が宝石のように輝きを放っていた。
そのことに驚きながらもふと少女の事を思い出し下を覗き込むと、少女は立派な女に成長していた。
女の傍らにはもう象牙色の杖は見当たらず、代わりに腕には赤ん坊が抱かれておりその子を一生懸命あやしている。
その赤ん坊は生命力に溢れ元気いっぱいに泣き声をあげ女に甘えていた。
俺も空からその赤ん坊の顔を覗き込んでみれば、赤ん坊は愛くるしく可愛かった。
俺が泣き叫ぶ赤ん坊を慈しむように笑いかけるとその時、赤ん坊は泣くのを止め円らな瞳で空を見つめると真っ直ぐに俺へと視線を合わせた。
その瞳はまるで海のように深く空のように青かった