第百四十六話 途中にて(2017.12.30修正)
ロイズさんの話を聞いた俺は、その後も色々と想像を張り巡らせたが、結局すっきりとする答えは出るはずも無く、休憩を終えまた上に向かって登り始めた。
公星はスープを飲み干した後、また冬眠に就き俺のポケットの中に潜っていった。
いくら精霊の加護がありここが聖地で森でつくられた酸素があるとはいえ、やはり寒さは消せない。
高性能な制服のおかげでかなり寒さを軽減されているとはいえ、寒いものは寒かった。
覚えたての魔力循環で体に熱を持たし、ゆっくりではあるが足を前に上にと進ませた。
歩いている途中にも精霊の声や森にいついている鳥や動物であろうか、様々な声が俺の耳に届いてくる。
先程まで岩と土そして岩だけだった風景は、今では木々が青々と茂り雪と苔に覆われていた。
苔があることからわかるように地面には多くの水分が含まれており滑りやすい。
上へと向かっているので先程よりも注意しなければ一瞬にして転ぶ恐れがあった。
足をしっかり地に着け視線を下へと持っていく。
そうすると気付く事があった。
所々に色とりどりの光る石があったのだ。
目を凝らしてみてみると、その正体は精霊石だった。
俺も精霊石は何回も見た事があるが、こんなに固まって大量に落ちているところは初めて見た。
通常は土の深いところに埋まっているか、ノジュールを砕くとたまに出てくる程度だからな。
それに今まで見てきた精霊石よりも明らかに大きく色も強い。
「多いな……」
そう呟くとロイズさんが口を開く。
「精霊の力が強い場所だからね。ほらさっき話した御伽噺の中にさ、星が流れ星として落ちてきてその結晶が土を肥やしたって話があったでしょ」
「はい」
「その結晶って言うのが精霊石のことだよ。ここはフェスモデウスの中でも有数の精霊石の産地の一つさ。ただ基本的に持ち出し禁止だし売買も禁止されているけどね」
なるほど。
前に精霊石は自然の力の結晶と聞いたが、それは星からの力を精霊が変換して生み出した星の力の結晶と言うわけか。
光の粒として生まれた精霊達が集まり、やがて寿命(?)を迎えると結晶化して落ちてくる。
まるで色のついた雪の結晶だな。
森の奥に入るにつれて精霊の力が強くなっている事を強く感じる。
集中しなくともその姿がはっきり見ることが出来るからだ。
それに魔力の回復が明らかに早い事がわかる。
しかし本当に不思議だ。
こんな標高が高いのにこの場所には命が溢れている。
鳥以外にも小動物や中動物の姿もチラホラ見受けられるようになってきた。
前世だったらこんな標高の高い場所には渡り鳥くらいしか来ないが、こちらでは普通に動物が闊歩しているのだ。
歩き始めて1時間ほどであろうか。
水の香りがしてくる。
もしかして精霊水の泉にもう着いたのかと思いロイズさんに問いかけた。
「もしかして着いたんですか?」
「まだまだだよ。一応この先にも泉と言うか小さな湖はあるけどその水は精霊水とはいえない代物なんだ。まぁ、普通の水よりは魔力が宿っているから魔法薬の材料に使うことは出来るけど。あの病の特効薬にはあの水は使えない」
「はぁ……やっぱりそうですか………」
「セボリー。言っておくけどこれからが本番だからね」
「え?どういうことですか?」
「ここは聖地でもあるけど修行の場でもあるんだよ。つまりそう言う事さ」
「………」
つまりこれから何かしらの試練や難題があるという事か……
マジかい。
「命には関わりませんよね?」
「関わるに決まってるじゃないか」
「決まってんのかい!!」
「今まで登ってきた道も下手すると命落としてるんだよ?これからが本番なのに命に関わらないなんてありえなくない?」
「………それもそうですね」
それからまた30分ほど登っていくとロイズさんが言うように小さな湖があった。
湖の水は神秘的なほど透き通っており中心から広がるように青、水色、黄緑、透明とグラデーションを作っている。
「冷たい!」
しゃがんで湖の水に触ってみるととても冷たく、指が痛いほどだ。
「本当ならここで不注意に触るなって言いたいんだけど、ここの水は毒性がないから触っても大丈夫だよ」
「え?でも魔法薬の原料の一つになるくらい綺麗な水なんでしょ?」
「そうだよ。でもね魔法薬と言っても色々あるんだよ。毒を原料にして作るものだってある。毒と薬は紙一重だからね」
「げぇ!?」
「ジルストさんにあげたのも毒性の強い材料使ってたし」
「そうだったんすか」
「ある程度重症の人に使う魔法薬はそれなりの劇物じゃないと効果ないからね」
「あの……じゃあ今度その難病の子に使うのは……」
「安心しな。そのための精霊水だから。本当に重症患者や体の弱い年寄りや子供に劇薬が使われたものを使うのはリスクが高い。だから何のリスクも負わず最高の効き目を約束してくれる材料を採りにきたんだよ」
「なるほど。まぁ、その何のリスクも負わない最高の材料を取りにいくのにリスクが凄い事に成ってますけどね」
「それを言ったらお仕舞いだよ」
俺は湖の水を飲み水にするために水筒に入れてから無限収納鞄の中にしまおうとした。
少し思うところがあり大量に汲もうとした時ロイズさんに注意された。
「汲みすぎは厳禁だよ」
必要最低限の量しかとってはいけない、と窘められてしまった。
それは水でも精霊石でもこの地にある全てのものがそうらしい。
「まぁ本当の修行は水を飲むのも禁止なんだけどね」
「……え?この状況で水も飲んじゃいけないんですか?」
「水どころか食べ物も食べちゃ駄目なんだよね」
「それで精霊水が湧き出る泉まで行けと?」
「違うよ。頂上まで行くんだよ」
「…………………地獄ですね」
どこの軍事訓練だよ。軍事訓練が至れり尽くせりに思えるほどの過酷さじゃねーか。
つーか本当になんなのこれ?修行じゃねーだろ。
仏教の荒行でそんなのがあったような気もするが、一歩どころか普通に命の危険がある場所でそれはきつすぎる。
修行と言うよりもそれはむしろ拷問だろ。
「~~~~~禁止~~~」
あまりの過酷さにドン引きしながら考えているとロイズさんが何か言葉を発した。
ロイズさんのほうを見てみるとどうやら俺に言った言葉ではないらしい。
では誰に発したのだろう?ここにはロイズさんと俺しかいない。独り言か?
いや。多分それはないだろう。では誰だ?
だが多分この言葉は古代精霊アルゲア語だ。
まだあやふやな単語や文法が多いので殆ど何を言っているか解らなかったが『禁止』と言う言葉だけ聞き取れた。
では精霊に語りかけたのだろうか?
「…………何が禁止なんですか?」
「あ、聞き取れたんだ。ちゃんと勉強してるようだね。感心感心」
「そりゃあの状況じゃやらなきゃあかんでしょ。物理的にも精神的にも潰されそうですので………誰かに。と言うかあれはやらせられてると言った方が良いですね」
「親切な人もいたもんだ」
「………………………って話し逸らされる所だった。何て言ったんですか?」
「ひみつ~」
ロイズさんはとても素敵な王子様スマイルでそう返す。
俺はその笑顔に寒気が走った。
きっと良い事ではないに決まっている。
「碌でも無いってことだけはわかりました」
「碌でも無いかは人それぞれだと思うよ。人によっては涙流して感謝するかもしれないじゃないかな?」
「絶対ないですね」
「え?断言するの?」
「はい。します」
「悲しいなぁ。それじゃあ追加しておかないと」
「何を追加するんだよ!!」
「お楽しみだよ」
「むっちゃ不安なんですけど………」
ロイズさんはそれから更に二言三言宙に向かって話しかけた後、再び足を動かし始めた。
俺はそれに黙って付いていくしかなかった。