第百四十三話 夢見と星見(2017.12.29修正)
目が覚めると良い匂いが鼻を擽った。
寝ぼけ眼を擦りながらあたりを見渡すと、火を熾して鍋の中のスープをかき混ぜているロイズさんの姿が映る。
「おはよう。気分はどう?」
その言葉に俺は体を見渡し調子を調べてみる。
少し筋肉痛の痛みは残っているが先ほどまでの激痛は無く、魔力も体力も大分回復したようだ。
まだ違和感は残るが普通に体を動かせる。
「おかげさまで大分良くなりました。どのくらい寝ていましたか?」
「今10時だから7時間くらいだね」
ロイズさんは匙でスープをすくい、味を確認して頷いた後笑い返した。
「料理の匂いを嗅いで起きるとはやっぱり似た者同士だねぇ」
「ん?」
その言葉に首を傾げると、ロイズさんは鍋の側を指差した。
「ほら」
指差した先には火に当たりながら暖をとり、料理が完成するのを今か今かと涎を垂らしながら待ちわびる公星の姿があった。
「……お前寝てたんとちゃうんかい」
「モッキュ!」
「寒すぎて冬眠してたらしいけど、火を使い始めたらセボリーのポケットから抜け出してきたよ。いくら魂の使い魔契約をして丈夫だからとはいえ、こういう時こそ気にかけてあげないと駄目だよ」
「……確かに寒さに弱いピケットにはかわいそうだとは思ったんですけど、こいつもうピケットの範疇から右斜め上に飛び越えてるから大丈夫かなぁ…と」
「モキュキュ!?」
大きな鳴き声で抗議の鳴き声を上げている公星だが本当に寒いのか全く火の側から離れようとしない。
確かにかわいそうな事をした。
この件が終わったらおやつの量を少し増やしてやろう。
でも今ここでそれを言うと調子に乗るから言わないがな。
「まだ眠そうだね」
ロイズさんがまだまだ寝たりないと言わんがばかりに欠伸をする俺に調味料を足しながら笑いかける。
「ええ。流石に疲れてたみたいです。山登りなんて前世でも学校の行事で登ったくらいしかなかったんで」
「で、どんな夢をみたんだい?」
「え?」
「見たんでしょ?」
「…………………」
何で俺が夢を見た事を知っているのだろうか?
「何でわかるんだ…かな」
「………見透かさないでくれませんか」
「しょうがないしょうがない」
「俺そんなに顔に出てますか?」
「いや、出てないよ」
「じゃあ何で……」
「勘」
「その恐ろしい勘を引っ込めていただけませんかねぇ?」
「無理だね。もう癖だから。それにこれは前世からだからそうは直らないよ」
本当にこの人は謎だわ。
色々掘り下げたいが掘り下げたが最後、俺自身が地雷を踏みかねない。
「で、夢の内容は?」
そしてこの性格。
どんなに話を逸らそうとしても全く逸らせてくれず、しっかり自分の聞きたい事を聞きだせる図々しさ。
あくまで俺の予想だが、この人の前世の職業弁護士か検事、そうでなければ詐欺師か何かだと思うわ。
「…………………月夜に少女が踊りながら草や花、精霊を生み出していました。涙から泉が作られてその泉の水が草花に降り注いで、やがてその場所が森へと成ったんです。俺は少女と踊っていて……………最後に少女の持っていた象牙色の杖が俺の中に入っていきました。あとは……………汝に祝福を、と言う声が聞こえたんです」
俺の答えにロイズさんはスープをかき混ぜる手を止め、少し何かを考えた様子を見せた後語り始めた。
「夢とは一種の星の記憶を垣間見る方法の一つ。その昔聖帝国が建国される前、僕達のような愛し子…特に精霊との親和性が高い愛し子は聖地に留め置かれた事があった。夢を見て過去現在未来を知らせるためにね。この役職は夢見、または星見と言ってエルトウェリオン王国の歴代の王に信任された特別な者しか付く事が許されなかった職だ。王国が滅びて無くなった役職だけどね」
「それは一種の祈祷師……いえ、占い師のようなものでしょうか?」
「そうだね。だけど占いとは違いこの2つの職は予言や預言を行うんだ。その責任は重大であり、王に直接物申せる立場を持てる代わりに外せばそれなりの罰が待っていた」
「……ロイズさんの言い方だとその2つの職業は同じに見えて別物なんですか?」
「本来夢見と星見はその領分は違うものだったらしい。夢見は文字通り夢を見て、星見は月や星の位置を読み過去現在未来を言い当てた。いつの間にかその2つの役職は統合されるようになったけどね。どちらかと言うと星見のほうが占い師に近いかな」
ロイズさんは一旦ここで話を切り、無限収納鞄から食器を取り出した。
「夢見も夢見で結構賭けの要素が強かったらしいんだけどね」
「賭けの要素?」
「愛し子が見る夢は精霊が関係しているんだ。中には悪戯好きな精霊がいる。その悪戯好きの精霊が夢に細工をすることがあるんだよ。僕も何回か経験がある。セボリーも覚えはあるかい?」
その時俺はあの悪夢を思い出した。
そう!ゴンドリアとのウェディングドリームだ。
あれは悪夢と言う以外言い表せないような絶望と悲しみ、そして憤怒が交じり合った夢だった。
「も…もしかして……あれは………」
「あ~~。やっぱりセボリーにも覚えがあるっぽいねぇ」
「マジでざっけんなぁあ!!あれからトラウマで色々大変だったんだぞ!!でも良かった!!良かったよぉお!!!」
実際あれから何時あの悪夢の続きが流されるか不安で不安で夜寝る事を拒んだ時期があった。
しかし、あの時既に地獄のトレーニングの時期に突入していたので寝ないと体が持たず、寝たくない、でも寝ないとマジで死ぬという微妙な葛藤が繰り返されていたのだ。
今現在俺は怒りで血の涙を流しそうである。
しかし怒りと同時にあの悪夢が現実に起こりえることではないと知り俺の目頭は熱くなった。
だが安堵感が広がると同時に、またあんなことが悪戯気分で起こされたら堪らないという危機感も覚える。
「その悪戯の対処の仕方は!?どうなんですか!!?」
「え?ないよ」
「え?ないのぉお!?」
「うん。だって精霊に文句言ってもスルーされるだけだし。僕達精霊に気に入られてるからその時点で無理だね。後は悪戯しづらくするって方法もあるけど、それは多分セボリーには出来ないと思うよ。僕もやりたくないしね」
「それは一体どんな方法で?」
「精霊との係わりを絶ってしまえば良い。僕達だったら使い魔を殺すとかね」
「ぇえ!!?」
「さっき言ったように星見は僕達のように精霊との親和性が高い愛し子が就かされていた。それは精霊と直接魂との繋がりがあるからなんだよ。僕達の使い魔は唯の使い魔では無く魂の使い魔契約をした使い魔だ。魂の使い魔契約には精霊に仲介してもらわなければならない。故に精霊との係わりは魂に結びつく。ならばその関係をリセットするために使い魔を殺さなければいけない。普通の使い魔契約なら契約石を砕けばよいだけだけど、魂の使い魔契約はその契約石が魂だからね。ならばどちらかが死ななければ成らない」
公星を殺す?そんなこと出来るはず無い。
それに俺自身が死んだら元も子もない。
「モッキュゥゥ……」
「…………無理ですね」
「でしょ?」
ロイズさんが三つの皿にスープを注ぎ俺と公星に皿を差し出してくれた。
俺はその皿を受け取ると、皿から伝わる熱に心まで温められるような気がした。