第百三十八話 痺れる怒られるぅ(2017.12.27修正)
どう見てもヤバイ状態である。
ロイズさんの雰囲気が非常に危ない。
表面上は笑顔だが裏は完全にお冠っぽい。
「アライヤダー!ロイズさんジャナイノー!こンな所デ会うなンて偶然でスネー!僕チンはモウ用事が済ンだンでオ暇しまスネー!それではごきげんよー!!」
「ちょいと待ちなよ」
必死で逃げようとする俺に、ロイズさんはいつかのように俺の頭を鷲掴みにした。
「…あのぉ……その手を放していただくととてもありがたいんですがぁ」
「今の状況で逃げられると思ってる?」
「…………思いません」
「よろしい。じゃあ一旦屋根から下りようか」
「………はい」
下を見下ろしてみると、院長先生や他の先生達が呆れた表情で俺の事を見ている。
見ないで。こんな恥ずかしい姿見ないでくれ。下の弟妹に教育的に悪いだろ。
まぁ。そんな教育的に悪い事やってた本人の俺が言えるセリフでは無いんですがね。
俺はロイズさんに頭を掴まれたまま屋根から下ろされた。
うん。改めてみると屋根の上って高いよね。
それに足で踏ん張れないから怖いし、後ろを見れば怖い人がいるので恐怖感が倍増どころじゃないのよ。
どうしてこうなった。
はい、俺のせいですよ。悪うござんした!!
屋根から強制的に下ろされて地上に着くと、俺は持っていたお菓子をぶら下げられたまま弟妹に配った。
弟妹達も何の疑問も無く無邪気にそれを受け取る。
うん。お前等少しは突っ込め。お菓子をあげる優しいお兄さんがこんな状況なんだから突っ込んでよ。
「で、どうしてロイズさんがここにいらっしゃるんでしょうか?」
やっとのことでロイズさんの手から解放された俺は、建物の軒下で正座をしている。
ついでにルピシーは柱に寄りかかって成り行きを見守る振りをして爪を研いでいた。
「僕がここにいちゃおかしい?僕もここの出身だよ?」
「ああ…そう言えばそうでした」
そうだった!!ロイズさんもサンティアス出身で、俺の兄のような人だった!!
もうこの人が何処の出身かとかそんなのどうでも良い程の鬼畜ぶりだったから忘れてたよ!!
「僕としてはどうしてセボリーとルピセウス君がここにいるのか不思議なんだけどね?」
「お、俺は息抜きに弟妹へお菓子を配るため来たんです。ルピシーは冷やかしですね」
「冷やかしじゃねーよ!弟妹達の面倒を見るために来たんだ!!」
「面倒を見る?面倒を見てもらうの間違いだろ?」
「おい!さっきも同じような事いってなかったか!?」
「まぁ、そこん所はいいや。僕は院長先生からお願いがあるって聞いて来たんだよ」
「お願い?」
「そう。お願い。勿論依頼じゃないからお金は発生しないけどね」
聖育院の出身。つまりサンティアスの養い子の中には、それなりに権力を持っている人が多い。
また権力だけではなく、技術や伝などを持つ人が大勢いる。
何故なら小さい時からそれなりの教育を受けているし、将来独り立ちしなければならないという気持ちを常に持っている人間が多いからだと思う。
個人での才能の違いはあるが皆それぞれ努力をし、自分の目標に向かって育つ環境があるからこそ、これほど多くの人材を輩出できているのだろう。
そして聖育院を巣立った後も仲間意識も高く、育ててもらった場所への感謝も忘れない。
なので聖育院で何か困り事があった場合、依頼ではなくお願いとして要望を聞くことがある種の慣例になっているのだ。
お願いでも様々だが、大抵はお金を取らなかったり、取っても必要経費でどうしても赤が出てしまう分を補う程しか請求しないのがお約束である。
俺達が初めて学園都市で制服の採寸をした時に出会ったロディアスさんも、必要最低限の生地代は貰っていたが後はノーギャラで、その生地代も普通で買うよりかなり割引された値段だったらしい。
そんなお願いで院長先生は一体何をロイズさんにお願いしたのだろうか?
ロイズさんだと料理関係か?それとも魔法?はたまたお偉い方との顔繋ぎだろうか?
いや、最後のはないな。院長先生クラスになってくると普通にお偉い方と面識があるに決まっている。
では何をお願いしたのだろうか……
「何のお願いなんですか?」
「…院長先生」
「構いませんよ」
ロイズさんが難しい顔をして院長先生を見つめると、院長先生は幾分か疲れた顔をしながらロイズさんへ頷き、返事を返した。
「難病の子がいるんだよ…このままでは持って半年、短くて一ヶ月の病状の子だよ」
「何だって!!?」
「安心しな。薬を飲めば完治するから」
「………でもその薬は手に入りにくい…とか?」
「正解」
「じゃあロイズさんにお願いって薬の調合ですか?」
「調合もそうだけど材料集めもお願いされてる」
「最初は藁をも縋る思いで帝佐閣下におすがりしたんですよ。ですが閣下も多忙の身、良い人材がいるからとロイゼルハイドを紹介されたと言うわけです」
院長先生が申し訳なさそうに顔を困らせた。
「帝佐閣下から紹介状持たされたんだけど、普通逆だよね?手紙には大まかには内容書いてあったんだけどね」
水晶宮の件と言い今回の件と言い、ロイズさん帝佐さんから仕事回されすぎじゃない?
マジでそのうち聖帝家に仕えて帝佐になるんじゃねーか?
「僕実は今の院長先生と会うの今日が初めてなんだよねぇ」
「え!?マジっすか!?」
「院長先生は僕がここを卒業してから赴任してこられたから面識が無かったんだよ」
「でもあのおっさんとは面識あるんですよね?」
「あのおっさん?…………ああ、オルブライト司教ね。あるよ。フレイおじさんに聖帝国軍の訓練に連れていかれた時からの面識。あの人、聖職者兼体術教官兼戦略指揮教官だったからねぇ」
「ファーーック!」
おい、おっさん。あんたは一体昔何をしていたんだ。
そんな訳の解らない程兼任してどうするつもりだったんだよ。
「グレン兄さんからも良く愚痴られてたなぁ…エルドラド大公とのコンビは最悪すぎて思い出したくないって今でも言うし…」
「……ん?もしかしてラングニール先生のことですか?」
「ああ。そうだよ。だって僕グレン兄さんと歳二つしか変わらないから当然面識はあるよ」
そうだった!!ラングニール先生ってああ見えても三十二歳か三十三歳くらいだったわ!!
どう見ても四十オーバーに見えてたから忘れてた!!
ロイズさんは普通に十代後半から二十代前半に見えるし、ウィルさんもちゃんとした格好をしていれば二十代半ばに見えるからラングニール先生の歳を聞いた時は衝撃的だったよ。
更に衝撃的だったのが、ピエトロ先生がそのラングニール先生よりも四つ年上だってことだ…
もうどうなってるの?人間って不思議な生き物ですね。
「そう言えば…あの人も加えたトリオやカルテットはもっとやばかったとも言ってたな…」
「あの人って誰ですか?」
「ああ。こっちの話だから気にしない気にしない」
すっごい気になるわ!!そんな言い方されたら気になるに決まってるだろうが!!
モヤモヤするから言ってほしいのは山々なんだが、今俺は久しぶりにした正座で足が痺れそうなんだ…
これ以上掘り込めば話はもっと続いて酷い事になる…
昔は数時間正座してても全く大丈夫だったのに!
ああ!嘆かわしい現代生活の象徴よ!!
「まぁ。話は戻るけど、手紙と紹介状を持って来て院長先生と話してその病に罹っている子を見ていたら、何処かで聞いたことのある馬鹿大きい声が耳に入って、庭に出てみたらセボリーが馬鹿なことやってたって訳」
そこで馬鹿はいりませんよ!それに馬鹿は俺の隣で柱に寄りかかって欠伸してる奴が馬鹿の申し子です!!
と言いたいところなんだが、ここは素直に謝っておこう。口答えしたら後が怖すぎる……
「申し訳ございませんでしたぁああ!!はっちゃけるの久しぶりでテンションが上がりすぎちゃって…」
「あのね。わかってるとは思うけどさ。あんなことしたら真似する子が出てくるってわからない?」
「ごもっともでございます…」
「真似して怪我人が出たらどうするの?下手したら死ぬよ?」
「はい。返す言葉もございません…」
「まぁ、今回は院長先生がセボリーを庇ってたからお小言はこれでお仕舞いにするけど……次は無いよ」
「はい!ありがとうございます!!院長先生もご迷惑おかけいたしました!!!」
トホホ…やっぱりはっちゃけすぎたのが最大の間違いだった…
この頃鬱憤が溜まってたからなぁ…
「じゃあ材料を取りに行くんですね?俺にも出来る事があったら言ってください。出来る限り手伝いますよ」
その分宿題や地獄のブートキャンプから逃げられると思うし…
「いや、良いよ。だって……………ああ…そうか。そうだな」
ロイズさんは最初はっきりと断りを入れたのだが急に思案し出し、そして一人で何かを納得すると頷き俺に視線を合わせてきた。
「うん。セボリーにも手伝ってもらおう。一緒に来て」
「へ?まぁ良いで…」
そこで俺は悪寒を感じた。そう、まるでこれ以上踏み込んではいけないとの警告のような悪寒だ。
「いや。やっぱり俺も忙しいですし、俺がいると足手まといになる可能性もあるので…」
「大丈夫大丈夫。はい。一緒に行くの決定」
勝手に決定されたし!!
まぁ、最初声をかけたのは俺なんだけどね。
「…………どこに行くんでしょうか?」
「エルファドラ山」
「………へ?」
「だからエルファドラ山だよ」
「………あの世界最大の?」
「そう。そのエルファドラ山」
「エルファドラ山ぁ!!?ぐぅおおおおおおおおお!!!アシガァァァァアアアアアア!!!」
俺はロイズさんの言葉に驚き一気に立ち上がった結果、足の痺れで叫び声をあげのた打ち回るのであった。




