第百三十六話 特訓(2017.12.27修正)
迫り来る左足を俺は必死に避けた。
しかし、次の瞬間、右手が俺の頭目掛け迫り来る。
咄嗟の判断でしゃがみ難を逃れるが、まだ相手の猛攻は止まらない。
連続で繰り出される体術に俺はいっぱいいっぱいだった。
必死で反撃しようとするが、行動を起こす前に潰されてしまう。
「甘い、うん」
漸く攻撃に移ろうと手や足を出しても、避けられたり受け流されてしまう。
相手は逆にその俺の攻撃を使い技をかけたり、カウンターを繰り出した。
「ま、ハァ…ま…ゼェ…ハァ…ちょっ…ゼェ…と…待って…ハァ…くれ…」
必死に搾り出した声も激しい息遣いに飲まれ殆ど聞き取れないほどであった。
「何、うん。もう終わり?」
俺よりもずっと激しい動きをしていた筈の相手は、全く息が乱れていない。
余裕の表情で俺を見下げていた。
これは一時間ほど前に遡る。
ダンスの練習と言語学の勉強で、最近全く実践的な戦闘を行っていなかった。
ダンスで体は動かしているが余り実戦から遠のくと勘が鈍ってしまい、迷宮に潜った時に支障が出る。
それは正に命のやり取りをする迷宮冒険者にとって致命的な事なのだ。
何を隠そう今の俺は実戦的な戦いをこの頃全く行っていなかった。
はっきりいって体が鈍っている。
一応言うが試しの迷宮には潜っていた。
しかしそれは公星に俺の魔力を分け与えるとどういったことになるかの実験と練習であり、戦闘は殆ど公星がやっていたのだ。
なので俺はまったくと言って良いほど戦闘をしていない。
ただ魔力を公星に分け与えて公星の戦闘を見ていただけだ。
なので、これではいけないと思った。
思ったのだが、今俺は迷宮に潜れない。そう。潜れないのだ。
もっと正確に言えばロイズさんに迷宮に潜る事を禁止されていた。
「セボリー。当分の間迷宮に潜るの禁止ね」
「え!?何でですか!?」
「だって。この状況だとセボリー中途半端な状態の術式を試そうと迷宮に潜るでしょ?今までセボリーが魔法構築式で魔法を使えたのは魔力のごり押しが強かったからだと思うんだけど、このままじゃ君いつか死ぬよ」
「……どうしてですか?」
「魔法が駄目だったら魔導陣使えば良いって思ってるでしょ」
「思ってます」
「確かに魔導陣は凄まじい力を秘めているよ。でもね。それを咄嗟に使うこと出来る?無言詠唱できる?詠唱破棄できるの?出来ないでしょ?」
「………はい」
「普通の魔法は式や陣を描かないと発動しない。魔導陣もまた然り。僕なら出来るけどセボリーはまだ出来ないでしょ?もし直ぐに魔導陣が発動できる魔道具を作っていたとする。でもそれが使えない状況だったらどうする?もし口が塞がれていたらどうするの?」
「…………………」
「わかったでしょ?いくら術の威力が強力だったとしても発動できないんじゃ意味が無い。まずセボリーはこの基礎の基礎を習ってから、最低でも無言詠唱できるようになるまで、全面的に迷宮に潜る事を禁止します」
と、ロイズさんに言われたのだ。
どうやらロイズさんが俺に古代精霊アルゲア語を覚えさせようとしているのは、無言詠唱や詠唱破棄などの技術や方法を学ぶのには古代精霊アルゲア語が一番だかららしい。
元々魔法構築式は古代精霊アルゲア語で使われていた術式だった。
それが時を積み重ねるごとに文字が変わり、言葉が変わっていった。
言葉や文字が変わるに連れて魔法構築式で使われている言葉もその時代の言葉に置き換えられていく。
置き換えられた言葉は本来の意味、由来、ニュアンスなどが微妙にずれていき、本来の魔法構築式とはかけ離れたものになってしまった。
そうして無言詠唱や詠唱破棄などの技術が使われなくなり廃れていったのだ。
いや、正確に言うと使えなくなったと言った方が正しい。
勿論現在でも無言詠唱や詠唱破棄の技術は残っている。
しかしそれはオリジナルを模倣した物で、ごく一部の低級魔法などにしか使えない。
真似は真似でしかなく、オリジナルを越える事はおろか同等の質にも出来なかったと言う訳だ。
さて、ロイズさんは無言詠唱や詠唱破棄を使うことが出来る。
それは何故か。そうロイズさんは古代精霊アルゲア語を完璧に習得しているからである。
ロイズさんが使う無言詠唱や詠唱破棄は古代精霊アルゲア語の魔法構築式らしいのだ。
古代精霊アルゲア語は魔法との親和性が高く、精霊に呼びかける力が一番強い。
親和性が高いので魔力の消費が少なく威力が高い。
精霊に呼びかける力が強いので一瞬にして術が発動できる。
なので数ある言語の中で古代精霊アルゲア語は一番魔法を使うのに適しているのだ。
ロイズさんは術の威力を落としたい時には現代アルゲア語を使うらしいが、殆どの術は古代精霊アルゲア語を使って発動させていると言っていた。
戦闘に使用する魔法も生活に使用する魔法も古代精霊アルゲア語が最適であり、威力や魔力の消費率、無言詠唱や詠唱破棄などの面でも効率の良い古代精霊アルゲア語を俺に使わせるために教えているらしい。
それを聞いて俺のどん底になった勉強熱は急上昇したのだが、どうして迷宮に潜ってはいけないのだろう。
まだ魔導陣の使用禁止ならわかる。
だが、迷宮に潜る事自体を禁止されたのだ。これは理不尽と言うしかない。
「でもなんで全面禁止なんですか?」
「古代精霊アルゲア語をそれなりに覚えるまで禁止って事だよ」
「………マジで?」
「マジで」
「鬼か!?あんたは!!!」
「心の中ではいつもそう思ってる癖に今更何言ってるんだい?」
「自覚はあっったんですか!!?」
「当たり前じゃないか。そうじゃなかったらやらないよ」
「自覚あるならやるなよ!!!」
「ははは。まぁ、でも迷宮に潜る事禁止だから」
「鬼ぃ!悪魔ぁ!!」
「迷宮に潜りたいのなら早く古代精霊アルゲア語覚えな。そうしたら解禁してあげる。ああ、もし潜ったらどうなるかわかってるよね?」
「……………どうなるのでしょうか?」
「もぉ~、わかってる癖にぃ。当然、こうだよ」
そう言ってロイズさんはとても良い笑顔で手を使い首を切る動作を俺に見せた。
「NOOOOOOOOOOO!!!」
さて。迷宮に潜る事を禁止されてから約一ヶ月。
俺の体は完全に実戦離れしてしまった。
なので体が鈍って鈍って仕方ない。
迷宮に潜りたいが、もし潜ったら俺の命の保障がない。
迷宮のモンスターに殺されるか、ロイズさんに殺されるかなら速攻で前者を選ぶ。
絶対にロイズさんは楽に死なせてくれないに決まっているからだ。
迷宮には潜りたい、だが潜れない。体が鈍って鈍ってしょうがない。
そこで俺は体術が得意なフェディに頼んで組み手をしてもらう事にしたのだ。
自室の引き篭もっていたフェディも、最近運動不足を気にしていたのか快くOKしてくれた。
そして現在がこの状況である。
「フェディ…ゼェ…ハァ…なんで…ゼェ…息…ハァ…乱れてないの?」
「前にお父様とお母様が学園都市に来た時にお父様に叱られた、うん」
「へ?何で?」
「研究ばっかりやって引き篭もっていたら体が鈍っていざと言うときに動けない。そんな事じゃ自分がいなかった時に誰がお母様を守るんだって、うん」
「ここ突っ込むところ?前半は良いとして後半がちょっとあれなんですけど」
「さぁ?でも一応突っ込んで良いんじゃないかな?うん」
毎日殆ど室内から出ず一歩も椅子から動かない自分の妻を棚に上げて、自分の息子には動けと言う父親はどうなのだろう。
フェディ曰く、父親自身異常なほどアクティブで動き回っているので言い訳は出来ないようだ。
いや。言い訳しても罰は当たらんぞ、それ。
俺だったら確実にグレてます。
「でもかなり鈍ってるね、うん」
「だってこの一ヶ月全く実戦やってないもん」
「張り合いが無さ過ぎてつまらない、うん」
「フェディさぁ、もういっその事迷宮冒険者資格取れや」
「嫌だ。僕は机仕事型だから、うん」
「お前のようなデスクワーカーがいるか」
「兎に角、セボリーは体捌きも目茶苦茶すぎる、うん。体力も無さすぎ。それに筋力も少ないからまずは筋肉つけな、うん」
「俺一応後衛目指してるんですけど?」
「でも実質中衛でしょ?だったら前衛も練習しなきゃ、うん」
「正論だからぐうの音も出ない…」
「兎に角まずは体力づくりと筋力増強、うん。はい、これ」
そう言ってフェディは俺に紙を渡した。
「何々?…………へ?」
渡された紙には異常なほどの練習メニューが書かれていた。
それは一流アスリートもびっくりなほどである。
「あのぉ、フェデリコさん?これなぁに?」
「ぼくが考えた鍛錬工程、うん。これを毎日欠かさずやるんだよ。そうすれば少しはマシになる、うん」
「…………………………………」
「じゃあ、早速やろうか。付いてきて、うん」
「出来るかヴォケェェェエエエエエエエエエエ!!!」
結局。俺はその地獄のメニューから逃げられず、早朝にブートキャンプ、朝から昼過ぎまで文字の如く勉強机に縛られ、夕方にダンスの練習と言う地獄のスケジュールをこなす事になった。
正直初日から逃げたかったのだが、フェディは早朝から俺に付き合いブートキャンプの教官として参加。
ゴンドリアは夕方、体が辛いからとサボろうとする俺に活を入れゴンドリックさんご光臨。
そしてフェディとゴンドリアの授業内容に太鼓判を押したロイズさんは、俺の古代精霊アルゲア語の進み具合を魔王の如く見守っていた。
正直逃げられる気がしない。
「助けて!!誰か助けてくださぁぁぁあああああぁい!!!」
こんな地獄のスケジュールに泣き叫ぶ俺なのであった。