第百三十五話 古代精霊アルゲア語(2017.12.27修正)
俺は今、必死な形相で机に齧り付かされていた。
そう。受動態の齧り付いていたではなく、他動詞の齧り付かされていたのだ。
「も…もう無理ぽ…」
俺のダンスの腕が上がってくるに連れて、地獄のダンスの練習も少し頻度が減ってきた。
俺の踊りを見てゴンドリアもこれならばと渋々指導の手を緩めてくれた形だ。
ダンスの練習をやり始めて気付いた事なのだが、ぶっちゃけ本番まであと一年以上あるのだから今そんな必死になって完璧に仕上げる必要性無くない?
これに気が付いた時には愕然とした。
ショックすぎてゴンドリアの所へカチコミに行ったほどだ。
まぁ、その結果またボコられたのだがな…
そんなこんなでダンスの頻度が減ったので暇な時間が出来てしまった。
そこで俺は魔法構築の教えを請うためにロイズさんに会いに行ったのだ。
だが全ての間違いは正にそこからであった。
ロイズさんが使う魔法構築式は素晴らしい。
前に少し教わっただけだが、ロイズさんの魔法構築式は見るだけでも勉強になる。
その素晴らしい魔法構築の教えを請い、あわよくば和食を食べさせてもらおうとロイズさんの店へ足を運んだのだ。
だが、そんな俺はロイズさんの口から出てきた言葉に愕然とする事になる。
「セボリーの場合まずは基本の基本から習ったほうが良いよ。だからはい、これ」
そう言って渡されたのは言語学の本であった。
「あのぉ…この訳の分らない文字で書かれた本は…?」
「古代精霊アルゲア語の辞書と教科書。僕が昔ウィルのために編纂した本だよ」
「……え?俺は魔法構築式の事を教わりに来た筈なんですが?」
「うん。だからまずはこれ。何事も基本が大事だからね、これは基礎の基礎」
「……え~っと。だから何で古代精霊アルゲア語?」
「魔法構築式ってさ、太古の昔からあるものなんだ」
「はい。それは知ってます」
「だから太古の昔に魔法構築式に使われていた言語は古代精霊アルゲア語なんだよね」
「………つまり、まず古代精霊アルゲア語を覚えて昔の魔法構築式を読み解けと仰る訳でしょうか?」
「正解」
「……………………」
うん。無理。無理です。
俺は昔から言語学に苦手意識を持っている。
前世でも英語は不得意だったのだが、今世でもそれは生きている。
今現在俺が話している現代アルゲア語だって普通に読み書きは出来るがそれ以上は難しい。
点が一個あるだけで全く違う意味になるし、切る所を間違えばそれこそ謝罪の言葉が喧嘩を売っている言葉に聞こえる。
こんな欠陥言語見たことありませんと言う程の難しさなのだ。
さらに現代アルゲア語は方言と呼べるものまであり、更にその難易度を上げていた。
「まずは基礎中の基礎、古代精霊アルゲア語から教えるから。で、古代精霊アルゲア語を覚えたら古代アルゲア語、新代アルゲア語、中世アルゲア語、近世アルゲア語に進むよ」
「…………………」
「あれ~?何逃げようとしてるのかなぁ?」
「いや、逃げますよこれは」
「大丈夫だよ。馬鹿でも覚えられるように頭に直接打ち刻んであげるから」
「NOOOOOOOOOO!!!」
そんな訳で俺はロイズさんのお店のカウンターテーブルに文字通り縛り付けられている。
ちゃんと勉強に支障のないように両手と頭は縛られていない所が憎らしい。
「はい。じゃーこれ僕が発音してみるから真似して発音してみて」
うん。真似すら出来ないほど訳解らない。
とりあえず適当に言ってみるか…
「は?喧嘩売ってるの?」
「え!!?何で!!?」
「今古代精霊アルゲア語で、地獄に落ちろ腹黒王子って聞こえたんだけど」
おい!!俺が適当に言った言葉が本当に古代精霊アルゲア語にあったのかよ!!!
しかも何でピンポイントでその言葉を引き当ててるんだ俺は!!!
それにロイズさんも俺が古代精霊アルゲア語話せないの知ってるんだから察してくれよ!!
腹黒王子に向かって腹黒王子って言える訳無いだろうが!!!
「すんません。マジで聞き取れなかったんで適当に言ったらああなりました」
「………嘘はついてないようだから制裁はないけど、次からはちゃんと聞きなね」
「イェッサー!!!」
そんなこんなで今日は朝から付きっ切りで古代精霊アルゲア語を教えて貰っている。
途中お昼は何が良いと聞かれて無性に酢豚が食べたくなったのでリクエストさせて貰った。
そこで俺はまた一つ衝撃を受ける事になる。
「な…な…なんだってぇえぇえええ!!?」
「何?どうしたの?」
「なんでパイナップルが入ってるんですか!!酢豚にパイナップルは邪道!邪道の極みだ!!」
「あ~確かに缶詰のパイナップルを使ってる酢豚は不味いよね。でもこれ食べてみな」
「断固拒否する!酢豚に入っているパイナップルなんて食う気になれません!俺のポリシーに反する!!」
「騙されたと思って食べてみなよ。それとこれパイナップルのようだけどパイナップルじゃないから。迷宮の果実の一つ」
「俺のポリシーは何人たりとも破る事は許されない!!絶対に食いません!!!」
「何?僕の作ったものが食べれないの?」
「頂かせて頂きます」
ロイズさんの背後から出る黒いオーラに臆して、俺は即ポリシーを捻じ曲げた。
だってこのままだとポリシーじゃなくて俺の首が捻じ曲げられそうだったんだもん。
「ええい!南無三!!」
「そんなに勇気振り絞る事かなぁ?」
勇気を振り絞りパイナップルっぽい果実入り酢豚に箸を伸ばした。
箸に掴んだ肉と野菜、そしてパイナップルっぽい果実の合わさった匂いが俺の嗅覚を刺激する。
勇気を出して口に運び咀嚼した。
「………ん?……………あれ?………え?美味い?」
「ほらね。前世でもそうだったけど酢豚と新鮮なパイナップルの果実をうまく調理すれば美味しくなるんだよ。僕も昔酢豚にパイナップルは邪道だと思ってたんだけどね、一回美味しいお店見つけて食べてみたら衝撃を受けたんだ。まぁ、缶詰のパイナップルを使ってる所は駄目だけどね」
「何これ?めっちゃ美味いんですけど。必要最低限にしか火を通してないからフレッシュ感が凄まじい」
本当に美味いんですけど!何これ!!酢豚自体美味い!!
今までこんな美味しい酢豚自体食べた事無いのに、これがパイナップル入りだと!?
天地がひっくり返ったようだ!!!
俺は頓悟した!!!
良し!帰ってすぐにこの思いを日記に書き綴ろう!日記は書いてないけど!!
「セボリー。どこに行くのかな?まだ勉強は終わってないよ?」
「…え~っと………ちょっと食後の運動に……」
「必要ないでしょ?」
「…いえ、食べると太る体質なので運動しなくちゃ…」
「大丈夫だよ。頭を使ってればその分カロリーが消費するからね」
「………………はい」
おのれ……ロイズさんの料理を食べるという最大の目的が果たせたので、お暇しようと思ってたのに…
「じゃあ腹ごしらえも済んだから今度はこれね」
「………あのぉ?」
「何?」
「さっきよりも量が増えているような気がするんですが?」
「増えてるよ?だってさっき教えたからわかるでしょ?」
「わかるかい!!!」
その後、黄昏時を過ぎた頃まで俺は解放されることはなかった。
やっとのことで解放され帰ろうと準備している時、ロイズさんのとどめの一言が俺に突き刺さる。
「はい。これ。明日までにやってきてね」
「………………へ?」
「宿題だよ」
「………………え?」
「だから宿題。今日やったことを復習して、これは明日やる内容だから予習しておいてね」
「え?俺明日は迷宮に潜ろうかと思ってたんですが?」
「まずはやる事やってから潜ろうね」
「あのぉ。この宿題のプリント15センチくらいありませんか?」
「さぁ?正確な厚さ計ってないから分からないよ。明日の朝までにやってきてね。ここに9時集合」
「マジっすか」
「マジっすよ」
「………………」
「あ、お弁当はいらないよ。ちゃんと僕が作ってあげるから。至れり尽くせりだね」
「いぃぃぃいやぁぁあぁぁあぁあああぁあああ!!!」
こうして地獄のダンスレッスンが終わったと思ったら、地獄の言語学レッスンが俺に襲い掛かってくるのであった。
きちんと調理されたフレッシュパイナップル入り酢豚は本当に美味しいです。
缶詰はNG