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Public Star~目指せ若隠居への道~  作者: 黛紫水
第五章 進化への種の章
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第百三十二話 即位。受け継ぐ者(2017.12.27修正)

ベルファゴル大公がテラスの脇に移動すると、ウィルさんがテラスへと足を踏み入れようとしていた。

しかし部屋とテラスの境界線でウィルさんは立ち止まってしまった。


「ウィル…」


クレアさんが心配そうに声をかけた。

しかし、ウィルさんは境界線になる床を見つめて動かない。


「……ロイゼルハイド」

「何だい?ウィルブライン」


ウィルさんは下を見つめたままロイズさんへ語り掛けた。


「お前は俺に領主としての能力があるって言ったよな」

「言ったね」

「それは間違ってるぞ。お前は俺を買い被り過ぎだ……俺にはそんな力は無い」

「そうかな?」

「ああ、そうだ」


ウィルさんが拳を硬く握り締める音が聞こえる。


「悔しいが今の俺にはそんな能力は無い」

「でも領主になるんでしょ?」

「なる…なるが…」

「自信がないの?」

「無いに決まっている」

「怖い?」

「怖い。とてつもなく怖い。この地位に座るという事は権力を持つという事だ。権力を持てば出来る事は多くなる。だが、出来ない事も多くなる。そして俺の言動一つで人生が変わる奴等も出てくるって事だ。俺が人の人生を背負い込む事になるんだ…」

「そうだね。でもそれが仕事だよ。恐ろしいかい?」

「怖い。恐ろしい。辛い。俺が背負い込む事になる全ての物が俺に重石となって降りかかってくる」

「じゃあどうすれば良いと思う?」

「……………」

「ウィルブライン。君はいつもそうだ。勝手に一人で悩んで、勝手に一人でもがき、勝手に一人で深みに嵌ってしまう。何で周りを見ようとしない。見てごらん、君の周りには君を支えてくれる人がいるじゃないか」


ロイズさんのその言葉でウィルさんは床から顔を上げて辺りを見回した。

ベルファゴル大公、クレアさん、マインツさんや使用人たち、ロイズさん、そして俺達の顔を一人一人見つめる。

見つめられた人はその視線に笑顔で答えた。


「一人で持ちきれないのなら二人で。二人で持ちきれないのなら三人で。重石は重ければ重いほど土台が不安定になる。その土台が成長できないなんて誰が決め付けた。君一人で支えられないのなら助けを呼べば良い。助けに応じてくれるだけの土台に成長すれば良い。それが有償であっても無償であっても助けは助けだ。どんなに惨めでも、どんなに苦しくても、努力して成長すれば良い。必ず人はその努力を見て助けてくれる。その努力は力の源となって君を支えてくれるだろう。育て。成長しろ。君にはそれが出来る筈だ、ウィルブライン」

「………………」

「君は僕が認めた男だ。ちっぽけな人間になるな。枠を飛び越えて行け。その枠の外が茨の道であろうとも、地獄の炎の中であろうとも、僕は君の親友を止める事はない。何時までも指を指して笑ってあげるよ」

「………………一言多いんだよ……」

「何?支えてあげるって言って欲しかった?」

「お前に支えられたら後々酷い事になりそうだから遠慮しておく!」

「それは残念」

「…………クレア、行ってくる」

「ええ、ウィル。いってらっしゃい」

「ロイゼルハイド。後で覚えてろよ」

「いってらっしゃ~い」


手を振るロイズさんを憎憎しげに見ながら、ウィルさんはテラスへと足を踏み入れた。


「余り緊張するなよ。と言っても無理か」

「無理って言うなよ。やり遂げてやるよ。これが俺にとっての最初の仕事だ」


軽い口調でウィルさんに励ましの言葉を口にするベルファゴル大公に、ウィルさんは苦笑しながらそう返した。

その顔は不安なぞおくびにも出さず、まるでこれからの人生が希望に満ち溢れているかのような晴れやかな顔であった。


姿を見せた新領主に民衆は固唾を呑んで見守る。

皆一言も喋らず、新領主が何を発するのか、どんな人物なのかを見極めているようだ。


ウィルさんは周りの景色を見るように視線を端から端へと動かす。

右から中心、中心から左へ。左から中心、中心から右へ。その動作を三回繰り返し、そして視線を中心に合わせると威厳の篭った厳しい顔で声を発した。


「皆の衆。余が聖帝聖下より新たにアライアスを拝領したウィルブラインである。このベルファゴルならびにアライアス公爵領の地全てを治める事を許された者だ。我が父ジルガンテインより公爵位を譲り受け、汝等を支配する者である」


その言葉に民衆は何も反応しない。


「アライアスは太古の昔、さる高貴なるお方をお守りするために授けられた称号である。初代はそのお方を慈しみ、時には窘め、命に代えてそのお方をお守りした。その称号がアライアスである」


大都市全体が静寂に包まれているかのように静かだ。

まるでここからでも民衆の息遣いが聞こえてくるような気がした。


「皆はこんな話を知っているだろうか。昔、強風が吹くだけで倒れそうな苗木があった。その苗木は芽を生やすまでに様々な者達に助けられた。暖かな太陽の光、空気を流す癒しの風、潤いをくれる静かな雨、栄養を与えてくれる母なる大地。その苗は様々な者達によって生かされた。そして月日が経ち、強風が吹いてもびくともしない立派な大木へと成長した。大木は枝で小さき者を休ませ、葉を茂らせ小さき者を匿い、花を咲かせ蜜を、実を実らせ果実を小さき者へと与えた。小さき者も大木が枯れないように害虫を食べ、大木に光が当たり風が流れるように労わった。長い時をかけ立派な大木は小さき者を慈しみ共生する存在になった。そして年月が経ち、小さき者の世代が交代してもそれは繰り返された」


皆真剣にその話を聞く。

ウィルさんの後姿がとても大きく見えた。


「だが命ある者はいつか終わりが来る。大木は立派な大木から枯れ木のような老木となり、やがて朽ち果てていった。小さき者達は今まで当たり前にあると考えていた物がなくなったのだ。皆慌て散り散りになり、繁栄を続けていた場所は廃墟となった。しかし、始まりある所には終わりがあり、終わりある所には始まりがある。枯れ果てた老木の根元にはまた新たな苗木が誕生する。そして長い月日、年月をかけまた立派な大木へと成長し、また新たなる命を慈しみ見守った」


ウィルさんの声が俺の胸の高鳴りと呼応するかのように段々と大きくなる。


「こうしてまた命は繰り返され、その系譜は永遠に続くのだ!余が父から受け継いだように、余も下の世代に種を渡す時が来るであろう!皆の衆!余は第548代フェスモデウス聖帝国アライアス公爵ウィルブラインである!余はまだ苗木だ!そしてその苗木を育て立派な大木に成長させる事が出来るのは汝等である!余は汝等を慈しみ、時には励まし、時には窘め、余の命を懸けて汝らを守る事を約束する!!そんな余を汝等は励まし、窘め、そして見守ってほしい!!このちっぽけな苗木が汝等を包み込む立派な大木になるように!!!だから…だから!!!」


ウィルさんが手を民衆へと出し叫ぶ。


「お前等が俺を領主にさせてくれ!!!」


その言葉が発せられた後、ベルファゴルの街に割れんばかりの拍手と歓声が響き渡った。

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