第百二十七話 庭園にて(2017.12.26修正)
目を開くとそこは綺麗な庭であった。
花が咲き乱れ良い香りがしてくる。
そしてそこで俺はあることに気付いた。
あれ?ここって夢で見たウィルさんが花嫁さんとキスしてたところに似てない?
はっきりとは覚えてはいないが雰囲気が似ている。
見渡してみると花嫁さんが降りて来た建物の階段らしきものも見えた。
「到着~」
「ああ。ここに飛んだんですね。てっきりベルファゴルの駅に飛ぶのかと思いました」
「何処か知ってるのか?」
場所を知っているらしいシエル。
「ここはアライアス公爵邸の第一庭園だよ。家人や親しい友人、特別な客人を持て成す時に使われる庭だね」
「公爵邸か。じゃあここは本邸の庭って事か?」
「そうだよ。アライアス公爵本邸の庭は3つあるんだ。その中で一番奥にあるのがこの庭園。で、あれが本邸の建物」
シエルに指差されたほうを見てみると、遠くに邸宅と言うか城が見える。
その城はエルドラドにあるエルトウェリオン本邸、黄金宮に負けないくらい立派な建物だ。
黄金宮は華やかで上品な佇まいだったが、あの城は重厚で威厳に満ちていた。
「ん?待てよ?ここからあの城までかなり距離があるみたいだが、これもアライアス公爵邸に含まれてるのか?」
「そうだよアライアス公爵邸は崖の上にあって3つの庭に囲まれて建っているんだ。第一第二庭園は高台の奥に、第三庭園は少し低い所に作られていて街からはその庭園を通って建物の中に入るんだよ」
「つまり第三庭園から坂になっていて、そこを登ると城に入れるって事か」
「そう。第三庭園は一般公開もされてるから領民の憩いの場所になってるらしいよ」
黄金宮も外から見るだけでも異常なほど広いと感じたが、この城もやばいな。
「俺黄金宮の中には入ったことあるけど、地下室みたいなところだったからいまいち広さがつかめて無いんだが。もしかして黄金宮も庭園あわせたらこんだけの広さあるのか?」
「あるよ。前にも話したと思うけど、うちの家は古代のエルドラドの町を覆ってた花畑を囲んでるんだよね。だから庭だけでも街一つ普通に入るほどあるよ」
「もうここまで行くと維持費が大変とかより呆れが来るわ。広すぎだろ」
一体年間いくら維持費が掛かっているのやら…
つかさ、ロイズさんも何で態々こんな城から遠いところに移転してきたの?
もっと近いところで良かったじゃん。
「来たね」
「へ?」
何が来たの?
もぉ、最近の年上は説明不足だなぁ。
そう思っていると城の方角から蹄を鳴らす音が聞こえてくる。
音がする方を見てみると数匹の馬が駆け寄ってくるのが確認できた。
「ボロディン」
ボロディン?何処かで聞いたことのある名前だな……
ああ!!思い出した!!確かアライアス公爵家の精霊道具だ!
そう言えば馬の形をしているって言ってたような気がするわ。
じゃあ、あの中の一匹がボロディンなのかな?
と思い目を凝らしてみた。
でかい!!!
近づいてくる馬達を見て思わず目を見開く。
先頭の馬の大きさは一際大きく、サラブレット種よりもふた回り程大きいだろうか。
後ろの馬達もひと回りは大きい。
俺達の側へ来る前に馬達は走りの速度を弱め常歩で近づいてくる。
近くで見るとやはり大きい!
『ロイゼルハイド。久しぶりじゃのぉ』
先頭の一番大きな佐目毛の馬が語りかけてきた。
その声は威厳のある老人の声で、やはり頭に直接語りかけてくる。
「そうだね。ボロディン、もう継承の儀は済ませたのかい?」
『いいや。まだじゃ、全く。しっかしウィル坊が継ぐとはのぉ』
「嬉しい癖に。お気に入りだったでしょ?」
「まぁの」
やはり普通の馬ではなかったと思っていると、ボロディンはさぞかし面白いと言う目で俺を見てくる。
そして俺へと近づき、俺の頭に噛み付いてきた。
「ねぇ。これなんなの?」
痛くはないのだが、独特の生暖かさと生臭さでいっぱいいっぱいです。
ちょっ!ちょっと!!持ち上げないで!!浮いてる!浮いてるぅうう!!
「どうやら気に入られたみたいだね。甘噛みしてるし」
「へ…へるぷみー」
これって甘噛み?甘咥えの間違えとちゃうん?
メッチャごりごりされてるんですけど?
おい、持ち上げて更に揺らすんじゃねーよ。
「あのぉ。すんませんがはなしていただけますぅ?」
『ほぉ。この小僧があのお方が仰っていた小僧か。独特な味がするのぉ』
「おい!味見すんなよ!俺は食い物じゃねーぞ!!」
暫く空中甘咥えされた俺はやっとのことで解放された。
あれ?今日は俺の頭散々な事になってない?
それにこんなに体伸ばされたら身長が伸びるかもしれんな。
ん?身長が伸びる?なんかそれ良くない?
あ、でも無料で出来てもそんなエクササイズはいらん。
俺の頭が大変なことになるからな。
「この馬がアライアス公爵家の精霊道具ボロディンだよ。余りにもウィルをおちょくるもんだからウィルが家に近寄らなくなった原因のボロディンね。それで拗ねて庭園を駆けながら荒らしまわってるボロディンだよ」
『煩いわい!ん?そこに居るのはエルトウェリオン家のアルカンシエルかの?大きゅうなったな』
「ボロディン。久しぶり」
荒らしまわってるのかよ。とんだ暴れん坊な奴だな。馬だけに。
「所でさっき言ってた継承の儀って爵位継承の事ですか?」
「合ってるけど少し違うね。正確に言うなら精具継承の儀って言ってね。精霊道具の所有権を譲渡する儀式の事」
「ん?つまり…精霊道具の所有権は代々世襲貴族家の当主が家の爵位と一緒に継承するって事ですか?」
「正解」
「お父様が言うには直ぐに終わる簡単な儀式だからいつでも出来るって言ってたなぁ」
直ぐ終わるのにまだ終わってないの?もしかしたら会う事拒否されてるんじゃねーの?
『そうじゃ、直ぐ終わる。それなのにウィル坊と来たら帰ってからワシに一言も挨拶がないとはどういった了見じゃ!昔からあれだけ可愛がってやったと言うのに!薄情な奴じゃ!!』
「う~~ん。何故か可愛がったと聞くと違う可愛がりが思いつくわぁ」
「国技的な?」
「はい。国技的な」
「国技?」
「こっちの話だから気にすんな」
エルドラドの時にも聞いたけど、ウィルさんをお気に入りだからと弄りまくってたんだろうな。
ウィルさんはそれを物凄くうざがってたけど……
で、余りにもしつこくてウィルさんに距離を置かれたってことだろう。
「モキュ!」
『ほほぉ。またこれも変わったピケットじゃな。ああ、カッサの奴が言っておった使い魔か』
今朝から何故か大人しくしていた公星が俺のポケットから浮き上がり、ボロディンの頭の上に乗っかる。
そして再び公星を見たボロディンは目を細めてこう言った。
『ふむ。もう少しか…』
え?何がもう少しなの?ねぇ!?何なの!!?
物凄く気になるんですけど!!
もう少しで糖尿病になるとか?それとも寿命がもう少しとかか!?
確かにピケットの寿命は平均で十年。
そして俺が公星を拾ってそろそろ九年になる。
俺も気になって調べてみたんだけど、使い魔契約をしていると普通の動物より長生きするって書いてあったし、あの食欲見てたら心配要らないだろうなと思ってたんだ。
違うの!?ねぇ!教えて!!?
「何がもう少しなんですか?まさか寿命とか?」
「モッキューーー!!?」
『こいつはこのままでもまだ生きるわい』
「良かった…」
「モッキュ~♪」
良かった。どうやらまだ公星は大丈夫のようだ。
「じゃあ、ボロディン。城まで乗せていってね。正門から入ると色々と面倒なんだよねぇ」
『普通24家の当主でも正門から入るわい。お前は許可されてるからとは言え少しは慎め』
「面倒だから無理」
成る程。ロイズさんが態々遠いこの場所に降り立ったのは正門から入りたくなかったのだな。
おそらくセキュリティーチェックや名簿の記入などがあるのだろう。
それは確かに面倒くさいわ。
『まぁ良い。乗れ』
ボロディンの言葉を聞いてロイズさんは地面を蹴り上げボロディンに跨った。
そして俺に手を伸ばして相乗りを勧めてくれた。
先程から空気と化していたシエル以外のメンバーも、馬に許可を取って跨っている。
『出発するぞい!』
ボロディンはその言葉の後に走り出し、後ろの馬達もそれに続いた。
「はいよぉ!シルバー!!」
『シルバーとは誰じゃ!?ワシはボロディンじゃて!!』
「お約束だよねぇ」
庭園の緑の香りと蹄に蹴られ舞い上がった土の匂いと共に、俺は風を感じるのであった。