第百二十四話 香玉三(2017.12.26修正)
ウィルさんの姉兄さんに帝佐さんはいつも通りの笑顔で話しかけ、ベルファゴル大公は長年の重荷が消えたかのような清清しい顔で話しかけた。
「ウィルが公爵位を承ったという事は、おぬし等も国から准伯爵位を承らなくてはならん。まぁ。これは受け取るかは自由だがな。一応受け取っておいたほうが良いぞ。年金は出るからな」
成る程。世襲貴族の直系の子供は一代貴族の称号を必ずと言って良いほど貰う。
中には例外もあるが、それは本人が拒否した場合か相当素行が悪く勘当状態にされている人だけだ。
今回はウィルさんがアライアス公爵家を継ぐことになった。
と言う事はウィルさんの姉兄には漏れなく爵位が贈られる事になる。
一代貴族になると助祭以上の聖職者と同じように国から年金が出る仕組みになっている。
その他にも貴族院の議員に立候補できたり、所得税はあるが相続税が取られないなどの色々な特典が付いてくるのだ。
その事についての話だろう。
他にもウィルさんが家を相続するという事は、財産分与などの問題も出てくるという事かな。
そこが一番の問題かもしれない。
「ああ、そうでしたわね。では爵位を承っておきます」
「私もそうします。年金がもらえますし、相続税がないだけでもありがたいので」
「これから細かい話は詰めるとして…帝佐殿」
「はい。ではこちらを」
帝佐さんが懐から袋を取り出した。
「今回のアライアス公爵家継承で、あなた方は一度公爵家の籍から離れて頂く事になります。そして新しく籍を作り直し新たなる貴族籍をお作りします。詳しい話は後日ベルファゴル大公と宰相閣下にお話を聞いてください」
袋から中身を取り出すと、そこには小さな箱が2つ入っていた。
更にその箱を開けると、ビー玉サイズの玉が見える。
どうやら香玉のようだ。
一つは赤色でもう一つは橙色をしている。
そうか。貴族になるという事は香玉も貰えるんだよな。
例外は俺とロイズさんだが…
「香玉でございます。先程従魔を通じて聖下より渡されました。どうぞ、お取りなさい」
その言葉にウィルさんの姉兄はゆっくりと帝佐さんの掌にある香玉を摘む。
お姉さんは赤、弟さんは橙の香玉を選んだ。
「それを食え。心配ない、口の中に入れた瞬間に無くなる」
そうそう。香玉ってまるで高級な落雁みたいに口の中で解けるんだよな。
手にとって観察し少し戸惑ったようだが、父である大公の言葉に意を決したのか口に含んだ。
「…あ」
「…ん」
口に含んだ瞬間二人は驚きの表情を浮かべ、その数秒後二人の体が一瞬光り、素晴らしい芳香が香り始める。
お姉さんは新鮮な薔薇の香り、弟さんは大公と同じ少しスモーキーな香りだがだが大公よりも爽やかな柑橘系の香りが合わさった香りを放っていた。
香玉は精霊の力の塊とロイズさんに聞いたが、一体どうやって創り出しているのだろうか。
俺が見た香玉は4つだが、その全てが色違いだ。
色によっても香りが違ってくるのかそれとも同じなのか一回検証してみたいところだが、如何せん香玉自体絶対に出回らないので実験など出来るはずも無い。
しかし先程もそうだったが、これだけ香りのする人達が集まっているのに全く嫌な匂いじゃないのが不思議だ。
普通ならいくら良い香りでも混ざり合うと最悪な香りになってしまう。
そう…夏場の満員電車のように。
それなのに不快な気持ちにならない香りなのは香玉の謎だろう。
「ではそろそろ行くとしようか」
「そうですね」
「はぁ…億劫だ」
「これも仕事だと思って頑張りなさい」
「わーったよ。セボリー、また後でな」
「はい」
ベルファゴル大公の言葉にアライアス家族が頷き、移転陣へと歩き出す。
「ロイズさん。学園都市に連れて行ってください。それで俺の友達が揃ったら迎えに来てくれますか?」
俺はまず学園都市に戻ってシエル達を拾ってからベルファゴルへ行こう。
ロイズさん任せだけどな。
俺もロイズさんから移転魔法習おうかな…
「学園都市に行くのは良いけど態々出直すの面倒くさいんだよね。それだったらセボリーにくっついてるよ。この後の予定全てフリーだし」
「そうしてくれるならありがたいです」
「じゃ、移転」
「だからいきなり…!」
ロイズさんは俺の心の準備を考えずまた移転の術を発動させた。
「到着~」
ロイズさんが移転に指定した場所は学園都市の中央駅であった。
ロイズさんは俺の事務所の場所は知らないはずだが、中央駅なら何処へでも行きやすいと思ってこちらに移転してくれたのだろう。
見慣れた風景にほっとしながら息をつく。
「はぁ…お願いですからいきなり移転はやめてくださいよ。心の準備が整ってないとびっくりするんですから」
「ん~~。人を気遣うほどの余裕無いんだよねぇ」
「嘘つけぇぁああああ!!」
気遣う余裕が無いんじゃなくてわざと気遣って無いんだろうが!!
しかも俺がつっこむ事折込済みだろ!
「はぁ………もう良いや。とりあえず商会事務所に案内します」
「そうそう。一々つっこんでたら疲れるよ」
「つっこますポイントを散りばめてる犯人が言わないでくださいよ」
「真面目に生きてたら楽しくないじゃないか」
「それで人を巻き込まなければ最高の生き方だと思いますよ」
「じゃあセボリーもそうすれば?」
「出来たらやっておるわ!!」
そんな内容の無い話をしながら歩いて商会事務所へと向かった。
「ここが俺達の商会、パブリックスター商会の入ってるビルです」
「へぇ。ねぇ、商会の名前どうやって考えたの?」
「商会設立する時にポッと出てきました。特に意味は無い…いや、一応ありますけど分ってるでしょうが」
「まぁ、日本語と英語分ってれば直ぐに分るよねぇ」
「じゃあ聞かないでくださいよ」
「いやぁ。お約束なのかなぁ、と思って」
「そんな地雷のようなお約束いりませんって。聞かれる度に考えた自分が恥ずかしいだけですから、もう聞かないでください。もう、入りますよ。ただいまー」
ロイズさんを引き連れて商会事務所の中に入るとユーリとゴンドリア、そしてこの時間に珍しくルピシーがいた。
ルピシーは授業が無い日は必ずと言って良いほど朝から夕方まで食べ歩きをしている。
毎日食べ歩きをした後に普通に夕食もとっていてどうして太らないのだと疑問に思うが、それはこの世界の法則なのだろうと思うことにした。
実際に俺も全然太らないしな。
後になって分った事だが、魔力持ちの人間は口から入ってきたエネルギーをある程度満たすと魔力に還元されるらしい。
ルピシーは本来魔力を持っていなかったが、精霊の祝福で魔力を授かっている。
その魔力は微々たる物だが、その魔力によって体のエネルギーを循環させ魔力にしているのだろう。
「あら、おかえりなさい。朝帰りならぬ昼帰りじゃない」
「ちょぇぁぁああぁああぁあああ!!!」
思わずゴンドリアの顔を見た瞬間その場にあったお盆を投げてしまった。
ゴンドリアはいとも簡単に避けたがな。こいつ冒険者になったほうが稼げるんじゃねーの?
「ちょっと!あんた!いきなり何すんのよ!!」
それもこれもゴンドリアが……いや、夢に出てきたゴンドリアがいけないんだ。
だが投げたのは事実なので謝っておこう。
「すまん。必然的かつ反射的にやった。後悔も反省もしてない」
「しなさいよ!!それに言ってる事が訳が分らないわよ!いつもの事だけど!!」
うっせー!あんな夢に出てきたお前が悪いんじゃ!!
俺のワクワクドキドキを返せ!俺の純潔を返せぇぁああ!!
「セボリーさんおかえりなさい」
「よっ!セボリー。どうだった!?美味かったか!!?」
投げられたお盆を拾い布巾で拭きながらユーリが挨拶をすると、いつもの通り食い気味にルピシーが大声を出す。
「ただいま。少し野暮用って言うか事件に巻き込まれててな。ああ、後料理は最高に美味かったぞ」
そう言うと各々反応が返ってくる。
「平常運転じゃないの」
「お前の俺に対する認識はどんなんだよ」
「揉め事スケコマシ人間」
「なんだよその嫌な称号は!!しかもスケコマシの使い方間違えてるわ!どうせコマスなら綺麗な女の子を希望する!」
「ふ~ん。頑張れば?でも無理じゃない?あんた昔から自発的多発的に色んな事やらかしてるし」
畜生。本当の事過ぎて何も言い返せないところが嫌だわ。
「おい!今度連れてけよ!自分だけ美味い料理食うなんてずるいぞ!!!」
「うっせー。まぁ許可が出れば連れて行ってやるよ。あ、そうだ。ロイズさん」
おおぅ。俺としたことが紹介するのが遅れた。
ロイズさんも俺の後ろで気配消してみてたから余計になんだがな。
「うん。セボリーも面白いけど、セボリーの友達も面白いね」
「「!!」」
俺がロイズさんの名前を呼ぶとルピシー以外の二人がロイズさんに気が付いた。
ルピシーは最初から分っていたようだがな。流石は野生の馬鹿である。
「名前は忘れたけど久しぶりっすね」
「そうだね、久しぶり。ルピセウス君」
「え!!?」
ルピシーがロイズさんに顔を向けてそう挨拶をした。
どうやら二人は面識があったようだ。
俺達の中で一番交友関係が広いルピシーだが、まさかロイズさんとも顔見知りだとは俺は思っておらず俺は心底驚いた。