第百二十一話 声(2017.12.25修正)
三人の人間と一匹の巨大な狼。
一人の女性より年かさの男女は恐らくウィルさんの姉兄だろう。
そして狼はロイズさん関係だと感じた。
何故なら白い狼からは幽かだがロイズさんの魔力が感じられたからだ。
だがその魔力は界座につくロイズさんの魔力ほど濃いものではなく、マーキング程度についているものであった。
「桜座、ご苦労様」
「ウォン!」
ロイズさんが白い狼に労わりの言葉をかけると、ロイズさんの影の辺りから界座が姿を現した。
そして白い狼の側へと走り寄りお互いの体を擦り合いじゃれ合っている。
前に使い魔は界座だけではないと言っていたが、あの狼がそうだろうか。
「ロイゼルハイド君。依頼の件ありがとう。愚弟が色々迷惑をかけるわね」
「いえいえウルフィラーナ様。こんなのでも一応友達ですから」
「真に手数をかける」
「ウォルトレイン様も心中お察しします」
ロイズさんがウィルさんの姉兄と話を交わした後、ウィルさんが気色ばむ。
「おい!姉貴兄貴!これを仕組んだのあんたらか!!」
「お黙り。この愚弟が。何時までもぐずぐずと延ばしに延ばして、その本人は人の心知らずふらふらと遊びまわっている。そんな馬鹿に発言権などないわ」
どうやらウィルさんのお姉さんはかなりはっきりきっぱり言う人らしい。
髪の毛は今は白髪が多いベルファゴル大公だが、昔は綺麗な赤髪をしていたらしい。
そんな大公の髪の色とそっくりな赤。瞳の色はヘイゼル。
発言と同じく気の強さが顔にまで出ている。
「兄貴も兄貴だ!姉貴を止めてくれよ!!」
「ウィル。悪循環なんだよ。お前が彼女との関係を曖昧にしていると姉上が彼女の愚痴を聞き、その愚痴を姉上が私に聞かせるんだぞ。しかも毎回毎回同じ話だ。こちらとて聞き飽きる。ならば元を断つしかないだろう」
その姉と弟の割を食っているのが彼だろう。
オレンジに近いレッドブロンドの髪にベルファゴル大公と同じ灰色の瞳を持ち、まるでキャリア官僚のような雰囲気を持つ男性。
彼は大公やウィルさんとはまた違った顔だが男前だ。
「ウィル。さっさとしなよ。そろそろ僕が痺れ切らせて拘束魔法を使ってワンワンスタイルの状態での告白になるよ」
「お前が痺れ切らすのかよ!!」
「大丈夫だよ。ちゃんと首輪も用意したから。ほら」
「ほら。じゃねーよ!!それどう見てもカイザーのだろ!!」
「違うよ。この日のために君専用に作ったものだよ」
「そんなもん作るんじゃねーよ!!」
ふむふむ。やっぱりウィルさんはそういう趣味…っと。
「ロイズさん。犬耳はないんですか?」
「作ろうとは思ったんだけどね。時間と技術が無くて無理だった。首輪は何回か作ってるから良かったんだけどねぇ」
ほほぉ。流石のロイズさんも出来ない事があったらしい。
皆様俺の特技の一つを覚えているだろうか?
そう!俺は何気に裁縫が得意なのだ!
ゴンドリアのように人外な腕前ではないが、それなりの腕だ。
ロイズさんが作れないと言うのであれば俺が作るしかないっしょ。
前世の母ちゃんに仕込まれたこの裁縫の腕が久しぶりに生かされようとしているな。
さぁ!俺の黄金の右手が火を噴くぜ!!
「俺裁縫出来ますから、今度俺が作りますよ。肉球手袋とリードもつけてウィルさんのお祝いの品としてあげましょう」
「うん。完璧だね」
うん。そうだよね。やっぱり首輪だけじゃ寂しいもんね。
ロイズさんも頷いてくれると思ってたよ。
さぁ!帰ったら早速取り掛かるぞ!!
「いらねーよ!!!そんなもん貰ったらお前等とは縁を切るから!!!」
「「え~~?まったくもぉ。我侭だよねぇ」」
「お前等昨日会ったばっかりだろうが!!何でそんな息がぴったりなんだよ!!」
そんな光景をウィルさんの彼女さんらしき人が見て笑っている。
どうやら楽しんでくれたようだ。
まぁ、一番楽しんでるの俺とロイズさんだろうけど。
「ねぇ。こんな馬鹿だけどそれでもこれが良いの?」
「おい!お前が言うな!!!」
ロイズさんがウィルさんを指差しながら彼女さんらしき人に尋ねる。
「ええ。こんなのでも捨てて置けませんし。それに馬鹿な子ほど可愛いって言いますもの。あ、でもしっかり手綱を握り締めますのでご心配なく」
「うん。やっぱり首輪とリードは必要らしいね」
おぅ。どうやら彼女さんも相当の兵らしい。
笑顔で答えた彼女さんの言葉にウィルさんが撃沈してるし。
まぁ、そうだよな。考えてみればあのウィルさんと学生時代から付き合ってる時点で逞しい女性じゃないと色々やっていけないだろう。
その証拠にウィルさんのお姉さんに気に入られているようだし、ベルファゴル大公も彼女の事を気に入っているっぽい。
「あーーーー!!!もう!!!色々してた覚悟がどっか行くわ!!!」
「そんな覚悟する前に早くプロポーズしなさいよ。この愚弟が」
「うっせー!そんなんだから旦那に逃げられるんだよ!!」
「逃げてないって言ってるでしょ!!今は唯仕事の関係上で別居してるだけよ!!」
旦那が逃げたで少し納得の頷きをしそうになったが何とか堪えて見せた。
確かにあの性格は懐の深い人でなければ無理かもしれない。
「ちょっと、そこ。必死で抑えてるような感じだけど目で何考えてるか大体分るわよ」
「ピュ~ピロピ~」
「私は誰がって言ってないんだけど。そう…そこの坊やはそんな事思ってたの」
「ひぇぇえぇえええええ!!墓穴掘ったぁああ!!大変申し訳ございませんでしたぁあああ!!」
俺が謝るとウィルさんのお姉さんは、俺に興味をなくしたようで再びウィルさんへと顔を向ける。
俺の背後では24家当主達が「ウルフィラーナ殿は相変わらずの様子でなにより」とか話し合っている。
昔からあの性格なのかよ!
「ほら。早くしな」
「押すんじゃねーよ!それになんでこんな所でやらなきゃいけないんだよ!!」
「祝う人が多いのは良い事じゃないか」
「ある意味公開処刑だろうが!!」
ロイズさんに押されたウィルさんは文句を言いつつも女性に近づく。
そして女性の手を取って跪いた。
その光景を目にした女性当主陣と大司教がまた黄色い声を上げる。
時折「もしかしたら断られる可能性もあるかも」や「でもさっき手綱を握るっていってたから」などの女子トークも聞こえる。
その会話もばっちり聞こえているのか、ウィルさんは物凄く渋い顔だ。
「?」
さて、女性当主陣の話を聞いて振り向いた時、そこで俺は少し違和感を覚えた。
違和感の原因を探してみると、大司教と帝佐さんの間に見慣れない動物が座っている。
その動物は立派な鬣、漆黒に艶めく毛皮と真紅に輝く瞳を持っていた。
そしてライオンに近いがライオンではない。そう、まるでライガーのような姿をしていたのだ。
「え?」
思わず声を出しその動物を凝視すると、どうやら唯の動物ではなく精霊の類のように見える。
ロイズさんも俺の視線に気付き、その動物を見ると納得の表情を浮かべた。
「あれは聖下の従魔だよ」
「あれが………従魔…」
以前話に出た従魔。
普通の精霊とは一線を画し、精霊の力と創造主の力を極限にまで高めて圧縮し、術を用いて創り出される精霊。
改めてみると確かにその存在感は圧倒的で、その身から出るプレッシャーも精霊道具のヴァールカッサより数段上に感じた。
「どうやら聖下もあの子を通じてこの光景見てるらしいね」
「…え?何でですか?」
「野次馬」
「野次馬って……」
聖下結構下世話だな、と思った瞬間。
「ロイゼルハイド。確かにこのプロポーズ劇には興味はあるが、野次馬とはまた酷い言い様だ」
従魔から静かに声が発せられた。