第百二十話 出来レース(2017.12.25修正)
祈り終えて目を開けると、そこにはもう先程の光はない。
目に溜まった涙をぬぐいながら周囲を見てみると、周りの人達も何かに祈りを捧げていた。
特に大司教は両膝をついて跪き一心に祈りを捧げている。
「ウィルさん。ウィルさん」
「なんだ?」
「なんだかんだ言ってやる気満々ですね」
俺は少しウィルさんをおちょくってやろうと思い、そう言うと。
「ここまで来たらやけくそだ。それにある程度の覚悟はしていた」
ウィルさんは恥ずかしそうに笑う。
「じゃあ昨日のあの足掻きはなんだったんですか?」
「最後の足掻きだ。ぶっちゃけ親父と姉上と兄上があの腹黒と組んでた時点で俺の負けだったんだよ。最初から勝負は付いていたんだ」
そう言ってロイズさんのほうを見ると、ロイズさんは良い笑顔で手を振っている。
「そうですよね。なんたって黒い死神と深淵の悪魔を従えた悪夢の帝王ですもんね」
『ブフォ!!』
その言葉に皆一斉に吹き出した。
円卓を叩く者、腹を抱えて笑っている者、引き笑いをしている者、蹲っている者。
それぞれ違うが、皆悶絶している。
そう。ロイズさんと俺を抜かして…
「変な事を言う悪いお口はこちらかなぁ?」
「いひゃいれす。いひゃい!いひゃい!!」
黒い笑顔を浮かべながらロイズさんは俺の頬をつまみ捻り上げた。
「ふぉおおお!!」
「やっぱりセボリーにはOHANASHIが必要みたいだね」
「NOOOOOO!!!」
「セボリー。頑張れよ」
絶叫する俺に良い笑顔のウィルさん。
そして黒い笑顔を浮かべながらじゃれあう俺達を、他の人達が若干の呆れの混じった目で見てくる。
「さて、と。ウィルブライン」
「あ?なんだ親父?」
「父上と呼ばんか!全く昨日の可愛いウィルは何処へやら」
「え?可愛い?」
何?可愛いって何?
ウィルさんの何処が可愛いの?ねぇ!
「何?ウィルさんゴンドリアに啓発されて女装でも始めたんですか?しかも公爵の位を承った直後に。じゃあウィルブラーナさんに改名っと」
うわ!ゴンドリアの名前を出した途端に鳥肌が!
消えろぉ消えろぉ!今朝は夢なんぞ見ていない!そうだ!見ていない!!
「あほかぁあああ!!んなことするか!!」
「え~~。聖帝国世襲貴族初女装家の当主とかになったらインパクト大なのにぃ」
「だからしねーよ!」
「あ、残念。女装家や男装家の当主なら過去に居たよ」
「マジですか!!」
おい!マジかよ!流石はフェスモデウス聖帝国!変態国家の名を縦にする超大国!!
あ、なんか今悪寒が走ったような気がする。
すんません。変態国家は訂正しておきます。超多様性国家で許してください。
「って言うかさセボリー。僕とお話途中なのに随分と余裕あるよね」
「あ!そうだった!!まだほっぺ抓られてたんだぁあああ!!うぎゃぁあああ!さっきよりも強い!強い!!」
まずった!ついウィルさんが可愛いって言葉に釣られてしまった!
くそぅ!!それもこれもウィルさんのせいだ!!
こうなればウィルさんの叙爵祝いの品はゴンドリア製作のドレスにしてやる!!
ぐぉおお!また鳥肌がぁぁあああ!!
「話を戻すぞ」
ベルファゴル大公のその言葉を聞いた瞬間、ロイズさんが俺の頬から手を離す。
頬をさすりながら見上げたロイズさんの口元には綺麗な弧が描かれていた。
「ウィルブライン。お前、早く身を固めろ」
「はぁ?何だよ急に!」
ほへ?本当に急だな。
何でそこで結婚の話が出てくるわけ?
ロイズさんは何か知ってるのかな…って!うわ!ロイズさんの顔がめっちゃ楽しんでる顔だ!
すっげーニヤニヤしてるぅ!!
……もしかして昨日言ってた楽しみって………これか!!
え?でも何でロイズさんがウィルさんへの結婚計画の片棒担いでるの?
まぁ、良いや。俺もこの流れを楽しんでおこう。
「家を継ぐとなれば社交界に出なければならん。となれば伴侶が必要だ」
「親父だってお袋が死んでから一人で催しに出てたじゃねーか!!」
「ワシの場合は死に別れたからだ。既に結婚をして子もいたので許されていた。しかしお前は違う」
ウィルさんスッゲー焦ってるやんけ。
まぁそれはそうだろうな。俺も行き成り結婚しろって言われたらこうなるわ。
「これより一週間以内にお前が選ぶ結婚する相手を連れてこなければ、こちらがお前の結婚相手を選ぶ」
随分と強引なやり方ですな。
「はぁ!?そんなの聞けるかよ!」
「これは当主命令だ」
「何言ってるんだ!今は俺がアライアス公爵家当主だぞ!」
「まだ政府に書類は出しておらん。なのでまだワシがアライアス公爵家当主だ」
「はい。確かにまだ家督贈与申請の書類は出されておりませんな」
あ。これ完全なる出来レースだわ。
だって宰相の顔も笑ってるもん。必死で笑いを押し殺してるけどバレバレだし。
他の当主達もめっさ楽しんでるやん。
女性当主達なんて目をキラキラさせてるぞ。
男性当主達は少し憐憫の混じった目で見てるけど。
「ざっけんなーーー!!!」
「何だ。心に決めた女は居ないのか?お前自分がどれだけもてているかと自慢していたではないか」
「それとこれとは別だろうが!!」
そんな事言ってたのかよ!どうせもててたの飲み屋のお姉ちゃんとか大人の店のお姉さま達だろ!
俺は見たんだ!朝方にたくさんのキスマークが施されたウィルさんを!!
きっとムフフな事をしていたに違いない!けしからん!!
「あれぇ?ウィル。あの子とはどうなったのかなぁ?」
ここでロイズさんがすっ呆けた表情と口調でそう言うと。
「…………ロイズ…てめぇ…そういう事か!!」
ウィルさんが気色ばんだ。
え?ねぇ!どんな事なの?話が見えてこないよ?
ねぇ。こっちにも分るように説明して!?これじゃあ十分に楽しめない!!
「早く決めなよ。待ってるよ…あの子」
「……………」
先程まで楽しそうに笑っていたロイズさんの顔から笑みが消え、真剣な眼差しでウィルさんを見つめた。
そんなウィルさんはロイズさんを睨みながら黙っている。
「…………はぁ。やっぱりな。前から俺の家督とかは興味ないからどうでも良いと明言してたお前が、どうして親父達の依頼を受けて俺を拉致ってきたのか疑問だったが……目的はこっちだったか…」
「ぐずぐずしてると愛想尽かされるよ~」
「わーった!わーったよ!!畜生が!」
いえ、ロイズさんは鬼畜です。
怒っている筈のウィルさんの顔は何故か笑っていた。
その笑いは何処か清清したというようで、まるでずっと抱えていた悩みが解消されたかのようであった。
「おい!ロイズ!」
「何?」
「移転であいつの所に連れて行け。プロポーズして迎えに行って来る」
その言葉に女性当主達の黄色い声が上がる。
「やっと決めおったか。この馬鹿息子」
「うっせー!馬鹿親父!何が自分が結婚相手を選ぶ、だ!どうせ親父が選ぶ相手もあいつだろ!?最初からそのつもりだったんだろうが!!コンチクショー!!」
「わかっておるではないか」
なんとなく話が見えてきた俺の頭にロイズさんの声が響く。
『ウィルはね。学生時代から付き合ってた後輩の子がいるんだよ。昔からくっついたりはなれたりしてたんだけどさ。好きあってるのは分ってるのにお互い一歩前に出れなかったんだよね。彼女はずっと待ってるし、ウィルは踏み出せないしでさ。見ているこっちがイラついてたんだよねぇ。それでその彼女がウルフィラーナ様。ああ、ウィルのお姉さまね。その方の職場の後輩でさ。良く相談に乗ってたらしいんけど、でもこのままの状態だとイライラして仕事がはかどらないからって、弟君のウォルトレイン様と一緒に僕のところに来たんだよ。今回の依頼、ベルファゴル大公からの依頼ってなってるけど、実際にはウルフィラーナ様とその子からの依頼だったってわけ。あ、ウォルトレイン様はウィルに家督を押し付けるために来たんだけどね。馬鹿な弟を持つと苦労するって愚痴りながら二人でワイン30本ほど空にしてたよ。ついでにそのワインの代金は自分達に手数をかけた罰としてウィルのツケってことになってる』
成る程。
つまりロイズさんにとって今回の叙爵の件はおまけで、この件が本命だったってことだな。
つーかさ、ウィルさん。
あんた恋人がいるのにあんな店でウハウハしてたのかよ!!!死ね!!!
酒の代金もそうだけど、これから俺がロイズさんの店で飲み食いした時の請求も楽しみにしていろ!!
「おい!なに笑ってるんだよ!早くしろよ」
「大丈夫だよ」
「あぁん!?」
いかにも楽しいと言いたげに笑うロイズさん。
そんなロイズさんが手を叩いた瞬間、議会場の扉が音を立てる。
「こんなこともあろうかと既に呼んでおいたんだよねぇ」
そして静かに開かれる扉からは光が漏れ出すように溢れた。
開かれた扉を見るとそこには二人の女性と一人の男性、そして一匹の白く大きな狼が立っている。
それを見たウィルさんの顔は、何とも言えない表情であった。