第百十九話 戴冠へ(2017.12.24修正)
大司教は静かに歩き出し、アライアス親子の前で歩みを止めた。
そしてベルファゴル大公へと顔を向けると。
「聖下にも言われたと思いますが。今までお役目お疲れ様でした」
と優しい口調で声をかけた。
「いやはや、アライアス公爵の爵位を聖下から承って半世紀以上。色々と楽しい事や辛い事もありましたな。だがこれからは楽隠居の身。これからの人生楽しく生かさせて頂く」
正に重荷が取れたといわんばかりの満面の笑みでベルファゴル大公はそう返した。
「え?大公様って半世紀以上も公爵位持ってたんですか?」
っていう事は今何歳だよこの人。
「ああ、ワシが爵位を継いだのは35歳の時だ。今ワシは96だ」
「96ぅぅうううう!!?待って!?ウィルさんって確か今31歳だよね!?という事は65歳の時の子供ぉ!!?」
爵位次いで半世紀どころか60年越えてるじゃねーか!!
それに65歳の時の子供って…ベルファゴル大公どんだけパワフルなんだよ!!
確かに魔力持ち、特に高い魔力を保有している人間は見た目も通常に人よりも若いよ?
寿命も魔力持ってない人よりか倍以上って言われてるけど、これは異常だろ!!
ベルファゴル大公どう見ても見た目還暦前、下手すると50代前半くらいだぞ!
「最初の妻はワシが40の時、長男を産んだ後に天に召されおった。その後、後妻を娶ってウィルが生まれたがその妻もワシより先に天に召された。それからはもう娶っておらん。この馬鹿助が色々荒れてた時期は母親の死の直後からだからな。ワシも強くは言えなんだ」
言われたウィルさんの顔が明らかにふてくされている。
成る程なぁ。ウィルさんが色々はっちゃけてたのって母親の死が関係してたのか。
「お袋の死とあの時の俺は関係ねぇよ。俺は好きに生きたかっただけだ。こいつの言動見てたら今まで自分を律していた自分が馬鹿らしくなっただけだ」
そう言ってロイズさんを指した。
「え?何?僕のせい?僕はてっきりあの馬鹿達にぼこぼこに殴られて頭がおかしくなったからだと思ってたよ」
「元から頭おかしいお前に言われたくねーよ!お前サンティアスの兄弟からも変人扱いされてたじゃねーか!」
「え?ごめん。全然覚えてない」
「覚えてろよ!いつも突っ込まれてたじゃねーか!!」
「僕都合の悪い事って覚える気ないんだよね」
流石はロイズさん。
都合の悪い事は忘れたや覚えられないじゃなく、覚える気が無いと来たか。
色々諦めた俺もそこまでは言い切れないわ。
俺も見習おう。
あ、俺は変人扱いされてないよ?ちょっとお茶目なシャイボーイなだけだ。
「覚えてないんじゃ無くて、そもそも覚える気ないのかよ!!」
「だって、一々覚えててもしょうがないでしょ?」
「その前向きな性格が羨ましいわ!あいつら今でも会うとお前の愚痴と称して変人変人いってるぞ」
「え?嘘?僕は至ってまともなつもりだったんだけど。そうか…あいつらそんなこと言ってたのか。この件が終わったら会いに行こうかな」
うお!ロイズさんの後方に黒いものが見えるよぉ。
「んっんっ!」
「あ、お話止めてしまってすいませんねぇ」
「すみませんでした」
話が脇に逸れすぎたのか、それとも何時までも続く話を終わらせたかったのか大司教が咳払いをした。
ウィルさんはしまったという顔だがロイズさんは全く気にしていない。
ついでに話の切っ掛けを作った俺も謝っておいた。
「ベルファゴル大公。暫くは新当主の手助けをしなければいけないでしょうが頑張ってください」
「こいつをどやすのは慣れておりますからな。ワシはこうして大公になれて良かったですわい。ベルックスブルクやウィンデルノットなどまだ前が支えてますのでな。あの歳なのにまだ奮っておる」
え?という事はベルックスブルク伯爵やウィンデルノット侯爵の親はまだ生きてるの?
ぶっちゃけべルックルブルク伯爵なんて見た目80以上だぞ!?
「親の長生きは喜ばしいことだが、先代はまだピンピンしているからな。今年で136歳だ。うちも早く大公になりたい」
ウィンデルノット侯爵が溜息交じりにそう吐き出す。
「ワシのところなど152歳だぞ。本人は何時お迎えに来てくれるんだと言っておるが、まだ死ぬ気はないようじゃ。早く死んでくれないとワシが大公になる前に代替わりしそうだわい」
「それで花町で若いの食ってるのか」
「うるさいわい!」
ベルックスブルク伯爵はそう呟くとロマノフレール伯爵のツッコミが来た。
「まぁ、兎にも角にもお疲れ様でした。さて、ウィルブライン卿。いえ、ウィルブライン。アライアス公爵ウィルブライン・エリック・ガウェイン・ライオニール・フォン・ド・ベルファゴル・アライアス」
ウィルさんの名前に終に貴族称号の『フォン』が付けられた。
大司教に名前を呼ばれたウィルさんは真剣な顔を作り背筋を伸ばした。
「あなたは第548代アライアス公爵となりました。それ故、国を支え民の憂いを取り除く事を期待します」
「承りました」
「ウィルブライン。これはお前の物だ。これをもって民を導け」
ベルファゴル大公がそう言うと、何処からとも無く冠と真紅のマント、杖と盾を取り出した。
冠は様々な宝石が散りばめられ正に王の頭に載る宝冠のよう、深紅のマントには金糸と銀糸、そして紫の刺繍が施されており、アライアス公爵家の紋章の盾と様々な草花の紋様が刺繍されている。
杖と盾には素晴らしい彫刻が彫られており、それを彩るように大小様々な宝石が散りばめられていた。
ウィルさんはそれを受け取るとマントを羽織り盾と杖を持った状態で屈み、そしてベルファゴル大公は冠をウィルさんの頭へと載せた。
「では挨拶を」
その言葉にウィルさんは前に一歩出た。
「今回新たに聖下よりアライアス公爵位を承ったウィルブライン・エリック・ガウェイン・ライオニール・フォン・ド・ベルファゴル・アライアスと申す。聖下のため国のため、そして国民のためにこの身を粉にして励みまする。至らぬとは思うが宜しく頼み申す」
そう言って誰もが見蕩れるほどの礼をする。
昨日までのちゃらんぽらんな態度を知っているだけに違和感しか覚えないが、その姿は俺が知っているどんなウィルさんよりも威厳に溢れ格好良かった。
『新たなる苗木に祝福を!大木となりて国の礎とならんことを!!』
その瞬間、議会場が光に包まれ嗅いだことも無いような素晴らしい匂いが鼻を抜けた。
眩しくて目を閉じていた俺はその匂いに驚き薄く目を開けると、精霊達がウィルさんの頭上を飛び回っている。
まるでダンスを踊っているようだ。
そして次の瞬間、俺の耳にまるで賛美歌のような歌声が聞こえてくる。
その歌声は光と共に暖かく感じ、何故か目頭が熱くなった。
「これは珍しい。精霊の歌が聞けるとは…」
「ああ…どうやら今代のアライアス公爵は相当聖下に気に入られたらしいな…」
「そうだな。聖下の魔力を感じる。聖下が精霊と共に祝福を贈っておる」
「この感じ…父上と母上に抱かれていた幼子の時を思い出す…」
熱くなった目頭を押さえ、俺は前世の両親を思い出した。
厳しかったがいつも俺を見守ってくれた父。
いつも笑顔で逞しく優しかった母。
真面目で融通が利かないがいつも俺を助けてくれた兄。
いつも楽しそうにしていた妹。
俺等兄弟妹にはとことん甘かった祖父母。
ああ…この光景を家族にも見せてやりたい。
そしてこの光のように俺を照らしていてくれた家族にも、こんな幸せな光が降り注ぐようにと祈りを捧げた。
何度も…何度も。




