第百十七話 薬(2017.12.23修正)
魔法陣が光り終わると帝佐さんが立っていた。
その姿は背筋がピンと伸び、年を感じさせないほどの立ち姿。
しかしその傍らではアライアス公爵とウィルさんが蹲っていた。
「ウィルさん!」
どうしたのだと心配になり駆け寄る俺。
しかし、俺は慌ててその場から距離をとった。
「酒くさ!!」
そう。物凄く酒臭かったのだ。まるで全身酒かすを塗りたくったような強烈なアルコール臭。
前世では誘われたら飲む程度だった俺は、この匂いに驚きすぐさま距離をとった。
「ああ。やっぱりこうなったかぁ」
暢気な声でそう告げたのはロイズさん。
「聖下ってお酒好きだからねぇ。アライアス公爵も断れなかったんだね」
「………………」
ロイズさんのその言葉に他の24家の当主達も沈痛な顔でアライアス親子を見ていた。
もしかして公爵様達が聖下の事を話している時にいつも辛そうな顔をしてたのって…
これかぁああ!!酒を浴びるほど飲ませられるのか!!?
だから公爵様達の反応があんなだったのか!!?
「しかもお酒は美味しいんだけど、アルコール度数が高いのばっかりなんだよねぇ」
「ロイズさんは多い時は月に一回会ってるっていってましたけど。もしかしてその時も飲まれるんですか?」
「うん。飲むね。初めてお会いした時は大変だったよ。昼前に飲み始めて朝方に睡眠休憩、お昼に起きて朝方に解散みたいな感じだったね」
「時間系列が明らかにおかしい!俺の換算によると2日は飲んでる計算じゃねーか!!」
「そうだよ。しかもグラスが空になった瞬間に注ぎ足して来るんだよねぇ」
「わんこそばじゃねーんだぞ!!」
「もういらないって言ったら何故飲まないと聞かれるしさぁ」
「結婚挨拶の時の父親か!!」
俺の酒が飲めぇのか。じゃねーんだぞ!!
ハッ!!そうか!成人してから聖下に呼ばれるってそう言う事か!!
酒が飲めるようになってから来いと言う事だったんだな!!!
「最初は自己紹介する前に飲まされたしねぇ。言おうと思った瞬間にグラス持たされて乾杯だったよ」
「新歓かよ!!!」
今日日の新歓だって軽い自己紹介から始まるわ!!
「こっちがいける口だと分ると際限なく飲ませてくるからねぇ」
「………下戸の人はどうしてたんですか?」
まだ上戸だったらわかる。酒が好きだから飲むのも飲ませられるのも問題ないだろう。
でも下戸だったら拷問だぞ。つーか死んでも可笑しくないわ!
「今までの当主の中で下戸の人いないって言ってたけど」
おい。まさか24家の当主の決め方って酒が飲めるか飲めないかで決めてるんじゃねーだろうな。
もしそうなら本当にこの国終わってるぞ。
「当然今まで下戸のお客様もいらしたらしいですよ。その時は無理に勧めずにご自分だけ鯨飲していらしたようです。私が旦那様にお仕えしてから今まで下戸のお客様はおりませんが」
帝佐さんが答えを言ってくれた。
良かった…それくらいの良識はあるようだ。
そこで俺はアライアス親子の方に視線を下げる。
ウィルさんはまだ動こうとしないが、アライアス公爵は必死で起き上がろうとしていた。
あの酔っ払いのウィルさんがここまで酔いつぶれるとは…
昨日からの酒が残っていたのかもしれないが、それにしても酷い。全然動かないし。
「本当に大丈夫ですか?」
「放って置け。そのうち回復する」
アライアス親子に話しかけたが帰ってきた声は違う。
その声の主は昨日初めて見た宰相らしき人であった。
「アライアスは泥酔すると人にチョッカイを出してくるから面倒くさいぞ」
「うん。迷惑千万だわ」
そういえば前世にもいたな。酔うと他人様に絡んで散々迷惑掛けてくるのに、素面に戻るとその記憶がないって奴。
アライアス公爵もそんな感じなのだろうか…
「きちんと二日酔いの薬は飲ませましたよ」
「あの薬は効くからな…少し譲って欲しいくらいだ」
その言葉に24家の当主達が深く頷く。
相当効くんだなその薬。
「だ、そうですよ。ロイゼルハイド」
「その薬調合したのロイズさんかい!!」
昨日の精霊薬の話を聞いてて、もしかしたらとか思ってたけどまさかかよ!
「あ~、あれかぁ。今は聖下家御用達みたいになってるけど。最初はフレイおじさんが余りにも二日酔いが酷いからって相談されて調合した薬なんだよね。それが帝佐閣下から聖下に話が伝わって数ヶ月に一回は良い値段で買ってくださってるよ」
みたいじゃなくて、そこまでいくと完全に御用達じゃん。
俺はそう思って驚いたのだが、他の人達は違うところに反応した。
「ホーエンハイム!お主が酒を飲んでも翌朝ケロっとしてたのはそれのせいか!!お主!ワシを年寄り扱いしてこれからは酒を控えるようにとほざいた事覚えておるか!?」
ベルックスブルク伯爵がそう気色ばむ。
「私もよ…私もホーエンハイムに千鳥足で見苦しいとか言われた事あるわ。あなたは薬の力借りてそんな大口叩いてたのね!」
ノインシュヴァク伯爵も続く。
「あたしも」
「俺も」
「うちも」
「我もだ」
次々と上がる被害者達の声。
そんな被害者達の目を見ることもせずに口笛を吹いている加害者がいる。
あれ?なんかこの二日でホーエンハイム公爵の威厳がどっかに退場したような気がするぞ。
最初会った時はあんなに大きいと感じたのに、今ではすっごい小さく感じるなぁ。
「兎に角ロイゼルハイド。あの薬を私達にも回してくれ。ちゃんと金は払う」
「別にいいですよ。一斉に送るの面倒くさいからこの議会場の円卓に置いて良いですか?使ったらその分の薬代回収しますから」
常備薬は大切です。富山の薬売りか!
しかし円卓に置かれる二日酔い薬ってシュールだな。
しかもこの様子だと直ぐになくなりそうだし…
「でもそれだと誰がどれだけ取ったのかわからなくなるんじゃないの?」
御尤もな事を言うノインシュヴァク伯爵。
「だからこの円卓の一人一人の机の上に薬箱置いておきますよ。それかお金を払うと薬が出てくる魔道具でも作ろうかな」
自販機かい!!
お薬売ってるベンディングマシーン態々作るの!?マジで!?
そういえばこの世界では考えた事なかったわ。
もしそんな魔法具作れるんだったら護符が良く売れるかもしれない。
帰ったら検討してみよう。
ああ、でもどうせロイズさんのが作るの早いと思うからロイヤリティは払わなきゃいけないのか…
しかし自販機と言うとどうしてもピンク自販機を思い出す。
俺が前世で中学生の時、畑の真ん中にポツンと光る自動販売機ではなくバラック小屋みたいなものがあった。
そこの中にはたくさんの大人の玩具や大人の絵本、そして怪しげな薬が売っている自販機が並んでいて、夜な夜な思春期の勇者達が集っていた覚えがある。
かく言う俺も勇気を出して勇者への道を突き進んだ事があった。
ああ……あの胸をときめかせて入った瞬間は今でも覚えている。
同級生とばったり会って気まずい雰囲気になったり、中の大人達が大人の階段を上る少年を温かい目で見て歓迎していたり、胸を高鳴らせ入った瞬間に全裸で前を大きくした男が一人で自撮りしていたり、と色々な事があったわ…
この世界でもそんな胸のときめきが起こる場所を提供しようか…同志達のために。
ああ、でも絶対に摘発されるからやめておこう…
「…うぅ……おぇえ………うっ!」
俺がそんな事を考えているとウィルさんが動き出し嗚咽声を上げる。
「ウィルさん!大丈夫ですか?」
「…大丈夫…そう…に…見え…るか?…おぇ……」
その顔はどう見ても大丈夫そうではなく、聖下の所に連れて行かれる時よりも顔色が悪かった。
そしてその側でウィルさんより先に復活の兆しを見せていたアライアス公爵が、
「…ロイゼルハイド……さっき言っていたあの薬もう一包くれ…うぇっ!!」
と言って倒れ伏した。