第百十五話 夢(2017.12.23修正)
「うぉっ!目がぁああ!目がぁぁあああああああ!!」
今日一日怒涛のような出来事を体験し、ロイズさんの作った晩飯を食べていた時。
行き成り光りだした指輪に驚き俺は咄嗟に手で目を覆った。
「眩しいのは分るけどさ、眩しい原因の指輪が付いてる手を目に当ててる時点で逆効果だと思うよ」
一緒に晩飯を食べていたロイズさんが冷静に突っ込んでくる。
「これは……もしかして」
「叙爵決定ってことかな」
未だに自業自得で開かない目を労わりながらロイズさんに質問すると、その渾名と言うか通り名に相応しい笑みを湛えて口を開いた。
「………ウィルさん大丈夫かな」
「大丈夫でしょ。さて、これからが本番だよ。楽しくなってきた」
口では心配しているように言ったが、実は全く心配していない俺はもうこのまま流れに乗る事に決めた。
抗っていても俺に出来る事は無いし、邪魔したらロイズさんに何をされるか堪った物ではなかったからだ。
そのロイズさんは楽しそうに笑った後、小さな声で独り言のような声で。
「……ウィルもそろそろ年貢の納め時だな。何時まで経っても今の状態じゃ埒が明かないし、見ているこちらがもどかしかったからな…」
と漏らした。
その顔は何時に無く真剣な顔をしている。
「何の話ですか?」
「…ああ、いや。こっちの話」
「すっごい不安なんですけど」
何?もどかしいって何が?
ロイズさんがこんなに真剣に考えている案件って何よ。物凄く気になるんですけど。
「大丈夫だよ。セボリーには全く被害はないから。まぁ、言っても良いんだけどねぇ」
「じゃあ聞かせてくださいよ」
「ん~…ぶっちゃけ僕が今回の話をアライアス公爵に聞かされた時はさ、叙爵の件だけだったら受けるつもり無かったんだよね。そんなの公爵が無理やり拉致して縛り付ければ良いだけなんだから。あの人かなり強いしね。だけどその先。ウィルが爵位を承った後の話があってね。それで僕はこの計画に乗ったんだ」
どんな計画なの!?
さぁ!聞かせてください!
きっとウィルさんがてんてこ舞いになりながら慌てふためくような計画に決まっている。
人の不幸は蜜の味と良く言ったものだな。
「でも。やっぱり話さないことにする」
「何で!?聞きたい!聞きたい!」
ここまで焦らしといて話さないなんて卑怯だぞ!
メッチャ気になるじゃないか!!
「明日になれば分る事だから楽しみにしてれば良いよ」
「ええーーーー!?」
「面白い事は後に取って置く方がより一層面白くなるよ」
そう言われ俺は渋々引き下がった。
その日は色々な事が起こりすぎて疲れたので夕飯を食べた後お風呂に入って直ぐ床に付いた。
そして俺は夢を見た。
―ウィルさん。いえ、アライアス公爵、おめでとうございます―
花が咲き乱れる庭で、俺が立派な服を着たウィルさんにお喜びの言葉をかけている。
イングリッシュガーデンのような雰囲気の庭では豪勢な料理や酒が振舞われ、出席者も一同皆その顔をほころばし喜びを表す。
俺の周りにはロイズさんやウィルさんの父である現アライアス公爵やシエル、そして今日であった24家の当主達が並んでいた。
―やっとだね。早く腹を決めたらよかったのに。何時まで待たせてたと思ってるんだい?―
―全くじゃ!この馬鹿息子が。こんなにもぐずぐずしおってからに!―
―これからは余りふらついてちゃ駄目だからね。あ、ふらつけないか。だって領主だもんねぇ―
ロイズさんとアライアス公爵がウィルさんに向かって呆れたと言わんばかりに話しかけている。
しかしその顔はとても嬉しそうに見えた。
―うるせーなぁ!俺だってそろそろだとは思ってたんだ!それに分ってる事一々口にすんなよ!!―
ロイズさん達の言葉にへの字のような口で反論するウィルさん。
―ウィルさん。お目出度い席なんだからその顔は駄目ですよ―
―ウィル兄さんは恥ずかしがり屋だから仕方ないよ―
ウィルさんの表情にケチをつける俺にシエルが口に手を当てて笑いを堪えながら言う。
―お前等こんな時まで俺をおちょくるなよ!―
その言葉に周りの人達は一斉に笑い出した。
―はいはい、そんなに不貞腐れない。あ、来たよ。さぁ、今日の主役の登場だ―
ロイズさんのその言葉に一同一斉に同じ方向に顔を向ける。
顔を向けた先には光の加減とヴェールで顔が分らないがウェディングドレスだろうか、純白の綺麗なドレスを着た女性が階段から降りてくるのが見えた。
その女性の姿を認めたウィルさんは、今まで見た事の無いような甘い表情をしてその女性のもとへ歩き、そして女性の側へと歩み寄り女性の手に触れた瞬間、片膝立ちの状態になり女性の手にキスを贈った。
まるで御伽の世界に迷い込んだような素晴らしい光景。
―悪い。待たせた―
―本当にね。でも幸せにしてくれるんでしょ?―
―ああ、するさ…いや、俺を幸せにしてくれ―
―全く。仕方ないんだから。きっちり幸せにしてあげる。それよりも何か他に言う事があるんじゃないの?―
―……○○○。綺麗だ。世界で一番綺麗だよ―
―よろしい―
そのやり取りに口から砂糖が出るかと思ったが、周りの人間は良いように囃し立てている。
そんな観客を苦笑する主役二人はお互い甘く見つめあった後、熱くキスを交わした。
「おめでとうございまーーーーす!!!……って、あり?」
盛大に拍手をかましつつ大声で叫んだ俺はそこで夢から覚めた。
「…あ、夢か。まさかウィルさんのウェディングシーン。しかもキスシーンを見ることになろうとは…つか今何時だよ」
時計を見てみるとまだ日付も変わらない時刻。
時計を確認して今日一日気持ちが昂ぶっていて眠りが浅かったんだなと思いつつ、俺は再びベッドの住民と化した。
ゴォーン…カラァーン…ゴォーン…カラァーン…
鐘が鳴る音が聞こえる。
―おめでとーう!―
幾人もの人のお喜びの言葉と眩しい光を感じて目を開ける。
そこには今よりも随分と年を取った仲間や友達、おっさんやラングニール先生達の姿が見えた。
―お前もやっと身を固める気になったか。いや。目出度い。真に目出度い―
そうおっさんが俺の肩に手を置き目に涙を溜めつつ語り掛ける。
―お前も年貢の納め時が来たな、セボリー。これから色々大変だけど頑張れよ―
その言葉に振り返るとウィルさんの姿が見える。
口には立派な口髭と顎鬚を蓄え、今より体にもいくらか貫禄が出ていた。
―ウィルさん、何人生の墓場みたいなこと言ってるんですか―
―いやぁ。俺もあれから色々苦労したからなぁ―
―嬉しい苦労の間違えでしょ―
―あはは!そうだな。俺の時も盛大に祝ってくれたからな。俺もお前を盛大に祝ってやる―
その言葉に自然と笑みが零れる。
―お!やっと来やがったな!遅いぞ!―
ウィルさんが大声を出して俺の後ろの方角へ手を振る。
それを見て俺も振り返ると、そこにも知っている顔が現れた。
―セボリー、おめでとう―
―あ!ロイズさん。来て下さってありがとうございます―
―弟子の晴れ舞台だからねぇ―
ウィルさんとは違ってロイズさんの姿は今と全く変わっておらず、相変わらず王子様のような笑みを浮かべて俺に話し掛けて来る。
―あ、君の仲間も到着したらしいよ―
その言葉に振り向くとそこにはヤンやフェディ、ルピシーにシエル、そしてロベルト達の姿もあった。
あれ?ゴンドリアはとユーリは?
あの二人はどうしたんだ?
ああ、そうか。もしかしたらあいつら服の製作に必死で遅れてきてるんだな。
全く困ったものだ。
ん?そう言えばロゼも居ない。
―ゴンドリア達はどうしたんだ?―
―今ロゼ達と一緒にいるよ。流石に僕等は女子達の輪にはちょっと入りづらい。でもそろそろお出ましだよ―
シエルの言葉に納得し他のメンバーと話し始めると
ゴォーン…カラァーン…ゴォーン…カラァーン
また鐘の音が響き渡り周りが一瞬にして静かになる。
そして鐘のある建物の扉が開かれ、俺は皆と共にそちらの方へと歩いていく。
その顔は皆一様に嬉しそうだ。
―セボリオン。いよいよだな。余り緊張するなよ。花嫁も緊張している―
建物の中に入り俺が定位置に立つとおっさんがそう言いながら経典を開く。
あれ?もしかしておっさんが立会人兼進行役なの?マジで?
物凄く胡散臭い立会人ですね。
―さぁ、来たぞ。綺麗だな。あれがお前の花嫁だ―
その言葉に振り向くと、ウェディングドレスを着た女性が歩いて来る。
またもや逆光とヴェールで顔は分らないが、ゆっくりした歩みで俺の横へ並んだ。
―汝等は精霊に一生の愛を誓えるか?―
―はい。誓います―
緊張しながらも誓いの言葉を口にする俺。それに続き花嫁も頷く。
それを見ておっさんが満面の笑顔で頷くと、祝福の言葉を読み上げた。
―精霊達よ。この者達に愛の祝福を―
その言葉で俺は花嫁のヴェールを上げる。
ヴェールが上がりきる前に盛大に拍手が興った。
―一生幸せにしてね、セ・ボ・リー―
「ギィヤァアァアァアアアアアアア!!!ゴンドリアアァァアァアアアァァアアアア!!?」
俺の魂の絶叫が冷たく澄んで清浄な空気と朝露が覆う、空が白み始める時間に木霊するのであった。