第百十二話 魔法薬(2017.12.22修正)
俺は魂の絶叫の後、疑問に思った事をロイズさんに説明を求めたが、その結果得られた答えはあの瓶の中身くらいしかなかった。
あの瓶の中身どうやら魔法薬と言われる回復薬の上位版で、一線で活躍する迷宮冒険者でもそう簡単には手に入れることが出来ない代物のようだ。
普通迷宮冒険者は怪我を回復魔法か薬で傷を治す。
回復魔法は知ってのとおり回復系の魔法を使える者に掛けて貰う事で治す方法だ。
この方法は自分が回復魔法を使うか、回復魔法が使える魔法使いを仲間にするか、迷宮で他のPTに頼んで回復魔法を掛けて貰うかだ。
それ以外だと迷宮内で商売をしている回復魔法使いか、迷宮事務所や聖堂などにいる回復魔法を使える人に有料で治して貰うしかない。
迷宮の中で商売をする回復魔法使いは資格が必要であり、厳しい審査や試験をパスしなければならない。彼等はプロだ。回復魔法の腕は折り紙つきであり、もし腕などの部位を失ってしまっても再生修復することが出来る腕前を持つ者さえいるのだ。それ故彼等は繁盛していた。
ただデメリットは高い金を払って頼まなければいけない。
彼等もそれが商売なので値引きなどしないし、頼む方も値引きされるとは思っていない。
次に迷宮事務所や聖堂に居る魔法使いだ。
彼等は聖職者が多く、貧しい者からは治療代はとらないが普通に稼いでいるものからはそれなりにお布施と言う形で料金を頂いている。なので貧乏な初心者などはこちらを良く利用する。
但し回復魔法をかける聖職者によって斑がある。
何故ならこういった冒険者を治す事を行う聖職者は大抵修行僧の身であり、得手不得手の問題でどうしてもばらつくのだ。
それにどちらかと言うと聖職者は、風邪や熱などの簡単な病気を治す事が多いので慣れていないと言う理由もあった。
それに最大のデメリットはその場所に行かなければ回復魔法をかけて貰えないという事だろう。
なので大怪我を負った緊急時は全くといって良いほど充てにならない。
どちらも一長一短だが大怪我は迷宮のプロに、小さな怪我は聖職者にが多いのだ。
そして薬。こちらは魔法薬と呼ばれており、安いものから高いものまで存在する。
安いものなら栄養剤やサプリメントとして愛飲している者も居れば、風邪薬や女性の月の症状緩和はたまた腰痛などの痛みを抑える鎮痛剤として飲まれる。
フェディが良く作っているのはこちらのほうだ。勿論違うものも作れるのだが、こちらのほうが需要があり稼げるらしいのでこちらを作っているのだと言う。
高いものだと欠損した体の一部を再生修復させたり内臓疾患や癌などの病気にも有効なものがある。
安いものなら前世の日本で言うドラッグストアで取り扱っているように売っているのだが、高いものは何処にでも売っているような代物ではない。
安い魔法薬は聖帝国でならそれなりの数は出回っているが、それ以外の国の人が魔法薬を手に入れようとするなら大変な手間とお金が掛かる。
魔法薬の殆どは聖帝国で作られており材料も聖帝国で取れるため、他国では一部の富裕層でしか買うことが出来ない。
魔法薬だと言われて飲んでみたら、ただの水だったり毒だったりする詐欺も頻繁に起きているらしい。
迷宮冒険者だと安く小さい傷を治す程度の魔法薬を常備して、少しの怪我ならば回復魔法を使わずにそちらを使う。
だがやはり回復魔法のほうが迷宮ではメジャーであり、あくまでも魔法薬は回復魔法をかける前の補助として使われがちである。
なのでお金も無く回復魔法をかけてくれる仲間も居ない初心者の迷宮冒険者が、聖職者に回復魔法をかけてもらう前に応急処置として使うケースが多いのだ。
長々と話したが分りやすく言うと回復魔法は怪我を、魔法薬は病気を治すために用いられる事が多いという事だ。
さて、ロイズさんが持ってきた魔法薬は多分値段の高いものだろうと思ったのだがどうやら違うらしい。
その高いものよりさらに高い物のようだ。
魔法薬の上の薬に精霊薬と言うものがある。
それはどんな病気や怪我でも治してしまうようなものらしい。
俺も聞いたことがあるだけで見たことも無かったのであまり信用はしていなかったのだが、どうやら本当に存在していたようだ。
「お代は払う」
「いらないよ。差し入れとして持ってきただけだからね」
「……随分と高価な差し入れだ」
アデーレさんは瓶を強く握り締めてロイズさんにそう言うが、ロイズさんはお金を受け取ろうとはしなかった。
「ジルストさんはサンティアスの養い子だから僕にとっては兄貴みたいなものだし。それにさっきは頭をすり替えるだけで良いって言ったけど、今あの人に倒れられたら僕としてもまだ困るんだよね。シルヴィエンノープルの裏社会の首領みたいな人だし、あの人からもそれなりに情報は貰ってるからね。まぁ後継を育ててる途中なのは分るけど、倒れてから一ヶ月もしないうちにあんなのが出て来るってのはねぇ…もうちょっと厳しく指導したほうが良いと思うから、下に喝を入れてもらうためにその餞別だよ」
その言葉にアデーレさんは無言で頷き、先程から俺達の様子を部屋の外で伺っていたらしい人達は小さな悲鳴を上げて戦慄した。
「まぁ、その薬僕が材料を採ってきて作った薬だからそんなに費用掛かってないってのも理由だけどねぇ」
「あんたが作ったんかい。ロイズさんって薬の調合も出来るんですか?」
「出来るよ。料理も調合もそんな変わらないし」
「いや、大分変わると思いますけど…」
そこで俺はふと気付いた事があった。
ここは闇市なのにご禁制のものを取り締まっているんだなと。
「ロイズさん。闇市なのに取締りってあるんですか?」
「あるよ。…ああ、成る程。セボリーの言っている闇市とここは少し違うんだよ」
そしてロイズさんが直接俺の頭に語り出した。
どうやらこの闇市、半ば政府公認の市場になっているらしいのだ。
俺が思う裏社会とは犯罪組織のことなのだが、このシルヴィエンノープルにいる犯罪組織はこの何千年も居ないのだと言う。なぜかと言うと直ぐに潰されてしまうから。
シルヴィエンノープルに蔓延るこの裏社会の裏組織と言うのは実質非公認の政府の諜報部員のような物で、この首都で新しく出てくる犯罪組織を監視してお上に報告し潰す役目を負わされているのだという。
一般市民には知らされていない組織なので非公認と言う形をとっているが、政府から少しだが謝礼も出るしご禁制の物以外の少しやば目の品を売っても良いとほぼ公認されている。
そしてその悪の芽を潰している人達の首領が、この闇市の経営者たるアデーレさんの親父さんのジルストさんで、宰相さんの部下らしい。
ロイズさんは苗木剪定の儀の前に宰相さんからジルストさんの事を聞かされ、大っぴらに会うことが出来ず多忙もあり仕事の依頼としてロイズさんに頼み、そのロイズさんは冷やかしと差し入れを装ってこの場所へ俺を連れてきたのだと言った。
いや、だから何で俺を連れてくる。
「ジルストさんの容態結構やばいんでしょ?早く飲ませて来たら?」
「……はぁ。そうさせてもらう」
そう言ってアデーレさんは部屋から出て行った。
「ロイズさん。だから何で俺を巻き込もうとするんですか…」
「色々面白いから」
「俺は全然面白くないわい!」
「まぁ、それもあるんだけどねぇ。でも本当は顔合わせのため」
「顔合わせ?」
「そう。セボリーは多分これから色んな厄介事に巻き込まれると思うんだよねぇ。だからそのために色んな人に顔合わせして置くのが良いかなぁと思ってね。きっと将来役に立つ事もあるからさ」
そんな心配せんでも厄介事なんで巻き込まれる前に逃げるわ!!
逆に俺の顔を知られてとんでもない事に厄介に発展しそうで嫌なんですけど!?
「ああ、その顔だと厄介事起こる前に逃げるとか思ってるでしょ?絶対にそれは出来無いと思うね。だってセボリーだもん」
「………俺を何だと思ってるんですか」
「面白い子」
「何処がやねん」
「ぶっちゃけあのオルブライト司教の秘蔵っ子で聖下のお気に入りって時点で平穏な生活送れると思っているほうが可笑しいよ。僕も色々苦労はしてないけどあったしねぇ」
「苦労してないのかい!!」
「それに僕の弟子らしぃし~」
「今すぐ破門にしてもOKですよ?」
「こんな面白い子を破門にするなんて勿体無い。弄って弄って弄り倒すよ。楽しみだねぇ」
「…………おい。誰か助けろ」
その瞬間まだ外で部屋の様子を伺っていた連中がその場から離れていく音が聞こえた。