第百十一話 闇市(2017.12.22修正)
はぁ~い。皆、元気?実はね。今俺物凄くギスギスした場所に居るんだ。
あれぇ?何で皆俺達の方を見てくるの?いや、俺って言うか何でロイズさんの方を一瞬見て直ぐに目をそらすのかなぁ?
あ。あそこで見えもしない空に祈りつつ土下座しながら泣いてる人がいるぅ。
俺がロイズさんに連れられて強制移転してきた場所は薄暗いところで、空気が少し淀んだ感じがして、地下空間のように思えた。
俺が何処かと尋ねてもロイズさんは楽しいところとしか答えてくれず、俺は黙って前を歩くロイズさんについていくしかなかった。
暫く歩くと人が話す声や威勢の良い掛け声が聞こえてくる。
どうやらこの奥が市場のようだ。
「市場ですか?」
「そうだよ。楽し~い市場だよ」
……あれ?なんだろこの嫌な予感。
この人がこういった笑顔をする時ってさっきもそうだけど碌な事がなかったような…
いや、でも流石に違うだろう。この短時間でこの人の事そんなに分るはずもないし。
俺もどんどんと毒されてるな。もっと素直な気持ちを持たなきゃな。
「安いよ安いよ!今ならこちら400Zぽっちだ!」
「ジュルミテの実が今ならなんと10個で840Zだよ!」
「お兄さん!今ならおまけもつけるぜ!」
ロイズさんが市場へと出る布の幕を暖簾のように潜ると、そこには人の喧騒が溢れていた。
「ほへぇ……ここがシルヴィエンノープルの市場ですか」
「そうだよ。シルヴィエンノープルの闇市だよ」
「って!闇市かよ!!!」
「……………………………」
俺の叫び声に辺りが静かになり。
ッヒィ!
あ、あれは…
…………ゴクリ…
…黒夢だ…
……あれが…
ザワザワザワザワザワザワ
そして一瞬の間を置いて引きつったような叫び声が聞こえ、明らかにさっきとは違う質の喧騒の波が生まれた。
そして商人達は皆ロイズさんを見て冷や汗を流していたり涙を流しながら命乞いをしていたり、動かずに固まっていたりしている。
客も客で真っ青な顔で驚愕の顔をしながら目を見開いていたり、明らかに逃げ腰になって後ずさっていたりしていた。
そんな人達を気にせずロイズさんは足を先に進める。
「あの、ロイズさん?」
「何かな?」
「何で皆ロイズさんを見て恐怖と警戒をしているんですか?」
「さぁ?何でだろうねぇ」
男も女も皆歩くロイズさんを見ながら恐怖している。
そんなロイズさんは歩きを止めて、先程客引きをしていた店の前で足を止めた。
「ジュルミテの実…ねぇ。あれは確かご禁制になったはずなんだけどねぇ。特殊な方法で調理して食べると色んな感覚が敏感になりすぎて幻覚が起き、幻覚から醒める事も無くそのまま死んでいく。売るほうも買うほうも、そして作るほうも罪に問われる品物だよ?ねぇ、本当に売ってるの?どうなの?ねぇ、店主」
「そ、そ、そ…れは…」
そう問われた店主の顔が異常なほど汗をかいていた。
その体は震え、まともに受け答えが出来ない様子である。
今にも逃げ出したいが、体がいう事を聞いてくれないのだろう。
ロイズさんは動けない店主の奥にある露天を見つめ手を翳す。
そうすると一見こぶし大のカカオの実のように見えるモノが浮いてきた。
「うわぁ。本当にジュルミテの実だね。君はコレを何処で手に入れたんだい?」
「う、うぁ…」
「教えてほしいな」
ロイズさんの雰囲気がヤバイ。
後姿だけしか見えてないけど、先程の帝佐さんのような威圧感がある。
攻められていない俺でも全身に冷や汗を搔いてきた。
「黒夢の、済まないがそいつの始末はうちでする。ここは手を引いてくれ」
だがその時何処からとも無く声がして、その方向に顔を向けると一人の中年の男が立っていた。
その男もロイズさんを見る顔は酷く引きつり、そしてロイズさんからの質問に逃れられたはずの店主だが、その様子は先程よりもさらに悪化していた。
「僕は前に言ったよね。ちゃんと取り締まれって。君達は一体何をやってるのかな?」
ロイズさんの声が変わった。
正確に言うのなら声色の他にロイズさんから醸し出される雰囲気だ。
先程はまるで大蛇に締め付けられるような圧を感じたが、今度は押しつぶされそうに成る程の重いプレッシャーを感じた。
それは直接向けられていない俺でさえきついものだ。
直接問われている中年の男はさぞかし辛いだろう。
「……ぐ……頼む……」
中年の男はそれに耐えるようにロイズさんに懇願した。
その時。
「うちの衆を勘弁してやってくれるかい。こちらの落ち度は認めるし罰も受ける。が、ここは一旦引いておくれ。あたし等もあたし等で一応面子ってものがあるのでね」
妙齢の女性が人の波の中から出てくる。
黒紫のドレスは胸元が大胆に開いており、深いスリットから見える足は男心をくすぐった。
「おや、お早いご登場だね。アデーレ」
「あんたが来たって聞いて出ないわけには行かないだろう?」
「僕はそんな大物じゃないんだけどね」
「それはあんた自身の評価だろう?え?黒夢の」
「さーね。でも、ふ~ん。面子ねぇ。店子の締め付けがなってない元締めに面子なんてあるのかな?」
「無いものはあるように見せれば良いだけだよ。あんたの常套手段だろ?」
一体何の話をしているのか分らない。
この人達は一体なんのやり取りをしているんだ。
唯一分るのはここにいる人達の中で唯一張り詰めていないのはロイズさんだけと言うことだ。
「言うね。しょうがない、今回は譲るよ。まぁ定期監査のつもりで久しぶりに来て見たらいきなりだったからねぇ」
「ありがとさん。感謝するよ」
その瞬間、ロイズさんのプレッシャーが無くなった。
「おい!その馬鹿を連れて行きな!」
「はい!お嬢!!」
「イヤダァア!助けてくれぇええ!!」
女性がそういうと人の波から幾人もの男達が歩み出て店主を掴み連れて行く。
必死で縋り抵抗する男にロイズさんが笑顔で手を振っていた。
その顔は甘い言葉を人に囁く悪魔のようで、誰しもが息を呑む。
「さて、ここで話もなんだ。招待するよ。茶くらい出そうじゃないか。そっちの坊やも含めてね」
「そう。じゃあそうさせて貰おうかな」
「………え?俺も?」
坊やって俺のこと?え?それよりも俺今ここに着いたばっかりなんですけど?
少しバックグラウンドと言うか状況を説明して頂けませんか?
って言うかこれって買出しだよね?買出ししようと思った瞬間に違うイベントに巻き込まれたんですけど?
「で、ジルストさんはお元気?」
「………………」
どうやらここは本当に地下空間のようで、先程の闇市を抜けてまた下に潜る。
狭い通路を歩いていると女性が手で壁を触ったと思ったら、そこに入り口が出現したのだ。
その入り口の奥はまるで事務所のようになっており、俺達はその奥の応接間のようなところに通された。
そしてロイズさんと俺が座り、女性も座った瞬間にロイズさんがそう女性に問うたのだった。
「……あんたの事だ。全部知ってるんじゃないのかい?え?黒夢の」
「まぁ、ぼちぼちね。これお土産。親父さんに飲ませてあげな」
「っ!!これは…………済まない。先程の事と言い感謝する」
うん。まるで何がなんだか良く分らない。
まず黒夢って言うのは多分ロイズさんのことだと思う。
だけどロイズさんが女性に渡したリ○ビタンDサイズの瓶を、女性が後生大事に持っていることからかなり高価なものなのだろ。
だけど話が全く見えてこない。移転してきた時から全く情報が無い状況でもどかしい。
「だから僕は前から言ってたでしょ?親父さんにもしもの時があった場合に備えて準備して置けって」
「………もしかしてあんた全部読んでたのかい?」
「まぁ一応。今日来たのは本当に気まぐれだったけどね。ぶっちゃけこの件に関して足突っ込む気無かったし。これで無様な結果だったら頭替えれば良いと考えてたしねぇ」
「……憎憎しいね」
だから勝手に話進めないでくれません?ここに連れて来られた俺は刀の無い侍のような気分なんですが?
「あのぉ…」
「何だい?」
「一体この状況は何なんでしょうか?」
「ああ。この女性、アデーレの父親がこの闇市の頭目なんだけどね。でもその頭目がこの前倒れたんだ。一応命はあるんだけどかなり弱っててね。脳性麻痺で半身不随状態ってかんじかな?で、娘のアデーレが奔走してる姿を冷やかすついでにセボリーを連れて買いだしに行こうと思ってたんだけど……余りにも店子の質が悪くなってたから潰してやろうかなぁって思ってたわけ」
おい。今さらっと言ってたが、何で俺を連れてそんな事する必要があるの?
一人で行って一人で解決して来いや。
……ああ、そうか。ロイズさん俺を巻き込む気満々だったんだな…
だから枢密院の議会場やあの部屋でのらりくらりと俺を自由にさせなかったんだろう…
完全に誘導されてるわこれ。
「言ってくれるじゃないか。黒夢の。ところでその可愛い顔した坊やは誰なんだい?この状況でも冷静さを保ってられるだけでそこいらの砂利とは違うとは思うが…」
「ああ、この子はセボリオンって言ってね。サンティアス学園の生徒でオルブライト司教の秘蔵っ子だよ」
「へぇ。この坊やがねぇ」
「ついでに言うと僕とウィルの弟子でもあるね」
ああ、そう言えばそうだった。確かに弟子にしてくださいって言ったの俺だけど、どうやら受理されたらしい。
でも受理しなくてもOKです。直ぐに破門してください。
「陽炎と黒夢の弟子………かわいそうに…」
「いや、結構図太いよ。僕も結構気に入ってるから」
「哀れね…まぁでも黒夢に気に入られてる位だから相当な変わり者に決まってるわね」
「おい!!会って間もないいたいけ少年に何言うてんの!?俺はこんなにまともで真面目な少年だよ!?」
「…………………やっぱり変人ね」
「だから違うっつーーーーのぉぉおおおお!!!」
シルヴィエンノープルの何処かの地下に俺の魂の叫びが木霊するのであった。