外話 ウィルブラインの憂鬱二(2017.12.22修正)
あの事件後もあいつは何の気負いも無く、いつものように俺に話しかけて来た。
俺はあの時のあいつの顔が頭に過ぎり大分引いていたと思うが、それでもあいつは何も気にする事は無く俺に話しかけ続けた。
そんなあいつにお礼と謝罪の言葉を言うときょとんとした顔をされ「え?何に対してのお礼と謝罪?」と返ってきた。
その言葉に今度は俺が呆けた顔をしてしまうと同時にちょっとした怒りも湧いてくる。
いじめの件で助けてくれた事、俺がお前を避けていた件だと言うと、あいつは心底不思議そうな顔をして「え?僕避けられてたの?全然気付かなかった。それにあの馬鹿達の件は僕が好きでやった事だから気にしなくていいよ。あの後僕も色々な人に注意されたからちょっと堪えたけど」と言ってまた暢気に笑っていた。
そのことに俺は心底驚いた。
それから俺はあいつと距離を置く事をやめた。俺自身が馬鹿らしく思えたのだ。
俺が悶々と悩んでいるうちにあいつはひとりでどんどんと前に進んでいく。
あいつ自身努力はしているが、それと同じ位自分の好きな事をやっているじゃないか。
俺もそうしよう。それで結果が伴わなくてもそれで良い。そう吹っ切った。
吹っ切った後は何であんなことに悩んでいたのかと思うほど楽だった。
毎日が楽しく好き勝手生きていたら、逆にあいつに窘められる事もあった程だ。
そんなあいつが小さな動物を抱えて歩いて来た時は驚いた。
灰色の毛並みにまるまるとした青い瞳の動物で、俺が頭を撫でようとすると牙を見せて俺を威嚇している。だが良く見るとガリガリにやせ細っており、体も震えていた。
「そいつはどうしたんだ」と聞くと、「拾った」の一言で片付けられてしまったんだけどな。
あいつはその動物にカイザーと名づけ可愛がっていた。
俺も可愛がっていたはずなのだが、どう言う訳かその動物は俺には懐く事は無く、いつも俺を威嚇してきた。
それからまた時は少し流れ初等部卒業の時、俺はあいつとホーエンハイム公爵が話しているところを目撃してしまった。
俺はうまく隠れているつもりだったが、あいつとホーエンハイム公爵は俺のことに気付いており、直ぐに話を終わらせると俺に手を振ってきた。
笑顔で歩み寄ってきたあいつにどういう事なんだと質問するが、のらりくらりとはぐらかすばかりで埒が明かない。
そんなムッとする俺の後ろに親父が姿を現すと、あいつが親父の名前を呼んで挨拶をしたのだ。
それで。ああ、やっぱりこいつは俺の出自を知っていたのかと確信した。
あいつはいつも問題を起こす俺に「好き勝手するのは良いけど親に心配はかけちゃだめだよ」や「そんなことしたら色々煩い人が出てくるんじゃないの?」などの諫言を言ってくる事が度々あった。
サンティアスの養い子は異常なほど家族や仲間を大事にする。だからあいつも俺に心配をかけるなと言う意味で言っているのかと思っていた。
だが、良く聞いてみるとそうでは無いと言う事に気付く。
その都度流してはいたのだが、余りにも言うので一緒に馬鹿をする友達への対応を見たのだ。
観察してみるとあいつは俺以外にああいった諫言を言うことは無い事に気付いた。
それでもしかしたらあいつは俺の出自を知っているのではないかと思っていたのだ。
俺の出自を何処で知ったかは分らないが、ホーエンハイム公爵と話すあいつは全く気負いが無く、俺の親父と話す姿も全く緊張と言うものが見受けられない。
親父もあいつの事を知っているようで元気そうだなと言って頭を撫でていた。
その後、親父にしつこく聞くと「これを聞いたらお前は後戻りできなくなるぞ」と言われた。
親父の雰囲気に青ざめた俺だがどうしても気になった。
覚悟を決めて聞くと「あやつは聖下のお気に入りだ」と言われ身震いした事を覚えている。
中等部に入ると直ぐにあいつは教師達に推薦を貰い迷宮冒険者の資格を取りに行き見事に合格した。
それに俺は物凄く驚いた記憶がある。
あいつは中等部では普科に入っており、俺はてっきり才能の有る魔法で魔科か、努力して臨時職員までなった料理で技術系が学べる芸科に進むのだと思っていたからだ。
しかしそれも少し考えてみれば分った。
最初はなんで魔科ではなく普科に入るのだろうと思っていたが、その時既にあいつの知識は高等部卒業並みで学ぶ必要性が無かったからだと気付いたのだ。
料理人になるための技術も既に中等科では習える事などとうに習得しており、知識なども先輩の料理人から教えてもらっていたので入る必要が無い。
だから一番自由にカリキュラムが組める普科を選んだと言うわけだ。
俺は俺で迷宮冒険者資格を取ったあいつに追いつこうと先生達に推薦を貰いに行った。
しかし、俺は成績は良かったが如何せん生活態度が良くないという理由で跳ね除けられてしまったのだ。
仲間には励まされたがあいつは一言「やっぱりね」と言うだけであった。
あの時はあいつの言葉の意味が分らなかったが、今考えると公爵家の息子に迷宮で死なれたら適わんと言う理由で、先生達が推薦を出さなかった事を読んでいたからあの言葉が出てきたのではないかと思う。
あいつが迷宮に潜るようになって直ぐ、俺はあいつの変化に気付いた。
あいつから匂いがしないのだ。
普通迷宮に潜っている奴等は臭い。
モンスターの血や油がつくだけではなく、肌や髪の毛に染み込み何ともいえない匂いを纏っているからだ。
だがあいつからは全くそんな匂いがしない。
迷宮者独特の匂いどころか料理をした後の匂いさえ無い。
それに髪と瞳の色がどんどんと変わってきたのだ。
最初灰青色だった髪の毛が日を追うごとに濃くなって、瞳が青に色づいてくる。
病気かと思い話を聞くとあいつは「ああ、これは精霊染めって言ってね。稀に起こる現象なんだ」と教えてくれた。
話はそこで終わったが、俺は学園の図書館で資料を漁り精霊染めについての記述を探した。
見つけた資料には精霊の愛し子がある一定の条件を達した事で稀に起こる症状だと記述してあり、その一定の条件はどんなに調べても何も出てこなかったが体に害がないようなので放置した。
あいつも変わっていく色を気に入っていたのも要因だろう。
その後もあいつに振り回されたが、あいつのおかげで何とか中等部を卒業する事が出来た。
学園で好き勝手やった事や試しの迷宮で泥酔事件などを起こし、親父にも殆ど匙を投げられていた俺だが、あいつが裏で動いてくれて最悪な事態にはならずに済んだ。それは本当に感謝している。
卒業してからも俺は自分の思うように生きた。
迷宮に潜って金を稼ぎ、馬鹿友達とドンちゃん騒ぎをする生活に明け暮れた。
俺とは逆にあいつは高等部へと進み、学業をしながら迷宮へ潜り、迷宮での功績が認められ在籍中に第三騎士の称号を授与され、そして稼いだ金で学園都市内に土地を買い自分のビルを建てたのだ。
仲間や周りの奴等は皆驚いていたが、俺は全く驚かなかった。
だってあいつのやる事に一々驚いていたら切りがないから。
その頃には俺より先に前に進むあいつを悔しいと思う気持ちはあるが、それ以上に嬉しいという気持ちのほうが強かった。
どうだこれが俺の親友だぞと、胸を張っていえる存在であり、憧れの存在になった。
帝佐閣下が足を止めた、それに気が付き視線を上げると帝佐閣下は俺と親父に視線を合わせる。
「こちらの部屋に聖下がおられます。くれぐれも失礼の無い様に」
乾いたノック音は何処か現実味が無く、俺の不安をさらに煽る。
扉を開けなくとも分る存在感。
俺には普段感じる事が出来ない精霊達の動きが感じられた。
ビリビリと肌を刺す雰囲気に喉を鳴らそうとするが、如何せん口の中が乾いてそれすら出来ないでいる。
「旦那様、アライアス公爵と公爵公子をお連れいたしました」
帝佐閣下の言葉の後にドアの鍵が開く音がする。
ゆっくりと開く扉の奥は俺の位置から見ることが出来ない。だが精霊達のざわめきが一気に高まり体が固まった。
怖い。恐ろしい。逃げたい。
「ウィルブライン」
体が固まって動けない俺に、親父が俺の名を呼ぶ声がする。
ぎこちない動きで親父を見ると、親父は微笑んでいた。
それは俺がまだ幼い子供だった時にいつも笑いかけてくれた優しい表情であった。
「さぁ、行こう」
「……はい。父上」
扉の横に立ち頭を下げ俺達を見送る帝佐閣下の姿を視界に捉えながら、俺は父上の後ろについて部屋の中へと足を踏み入れた。