外話 ウィルブラインの憂鬱(2017.12.21修正)
最悪だ。
その言葉しか出てこない。
俺は今何処とも知れない廊下を歩いている。
その廊下は落ち着いた雰囲気の廊下で、豪奢な装飾も無く、逆に殺風景な廊下でも無い、一目見ただけで一流の職人が丁寧に仕上げたのであろうと思われる正に質実剛健な造りの廊下である。
その廊下に取り付けられている窓から差し込む眩い光とは対照的に、俺の心は暗闇で翳っていた。
一歩歩くごとに処刑台へとあがる囚人の如く叫びだしたくなり、また一歩足を前に出すと今までの人生が走馬灯のように押し寄せてくる。
糞!それもこれもあいつのせいだ!
それは5日程前のことだった。
朝からあいつの店でセボリーの話をしつつ酒を煽っていた時、チラと姉貴と兄貴の話があいつの口から出た事があった。
俺にとって嫌な話だったので詳しくは聞かなかったが、どうやら今回の話をしていたらしい。
水晶宮に強制的に移転させられ苗木剪定の儀を開くと聞かされた時、嫌な思いを強制的に無くそうと気絶したが、あの時少しは意識があった。
親父達の会話をまとめてみると、この計画のためあいつに依頼を出し、あいつも暇つぶし程度のノリで依頼を受けたのだろう。
あの笑顔が憎憎しい事この上ない。
俺は翳る心のまま昔の事を思い出した。
あいつとの出会いは初等部の入学式の後、自分に振り分けられた寮で出会った事から始まった。
俺は出自が出自だからか色々警戒をしていた事は確かで、隠し通すためにとても緊張をしていた事を覚えている。
そんな俺が部屋に入ると、ちょこんと椅子に座り本を読んでいた奴があいつであった。
第一印象はナヨナヨしく物静かで、今とは違い少し青の混じった灰色の髪の毛に薄い鳶色の瞳が印象的な子供だった。
俺が魔法構築式に少し詳しいと知るや否や物凄い勢いで質問をしてきて、他の同室の奴等にもドン引されていた。
最初はこんな奴と仲良くできるのだろうかと思ったが、良く話してみると理知的で物知りだが一般的な事を知らないような変人だと認識させられる事になる。
それはあいつと同じサンティアスの養い子の兄弟でさえ、こいつは変わっていると口を揃えていたのだから間違いない。
それから時は少し経ち、初等部の3年になり寮の部屋は別々になった事もあり少し距離を置いた時期があった。
いや、俺自身が自ら距離をとったのだ。
その原因は全て俺にある。それは今でも反省している。
最初のうちは良かった。聞かれるまま魔法構築式の事を話していると俺も勉強になったし楽く、何を聞かれても良いように図書館に篭って勉強した。
すごいねと言う言葉を聞きたくて必死で文字を追う日々が続いた。
だが、その関係が逆転するのは早かった。
たった半年で俺の知識と技術はあいつに抜かれ、逆に俺があいつに教えられる立場となったのだ。
それが机の成績だけだったらまだ納得できた。しかしあいつは武芸や魔法の力でさえも俺を軽く凌駕していたのだ。
正直、悔しかった。憎かった。
俺はあいつの何倍も努力してるんだ!だが何故あいつのほうが上に行く!?凡人は天才には勝てないと言うのか!?じゃあ俺の今までの努力は一体なんだったんだ!!と。
あいつの暢気な笑い顔が無性に苛立ち、それに気付いた自分がとてつもなく惨めでどうしようもなかった。
だからあいつから距離を置いたのだ。
ふと昔を思い返し、閉塞した心に久しぶりの着慣れない正礼服に着られた自分の体は思う様に動かない。
心と同じく体すら締め付けられるこの状況に唇を噛むが、噛んだ唇が痛くなるだけで他に効果は無かった。
懺悔にも似た溜息をつき、また昔を思い返す。
あいつは初等部3年になると同時に、学園長と食堂の責任者に掛け合い食堂で働けないかと交渉をしにいった。
最初の結果は芳しくなかったようだが自分でコツコツ稼いだ金で食材を買い、食堂の職員達に味見を頼み、自主的に清掃などの雑用を手伝ったのだ。
その努力が認められ奴は学園最年少で臨時の食堂職員となり腕を磨いていった。
あいつの作る料理は正当なものから変わったものも多く、今でもあいつが考え出した料理が学園の食堂で並ぶ事も珍しくない。フォルクスの耳などがそうだと記憶している。
俺はそんなあいつの姿を見てますます自分が惨めになった。
天才が努力すれば俺のような凡人はどうなる?どんどん差が広がるばかりではないか!
暗い気持ちが沈殿していった。
だがあいつは誰が見ても分るほど距離をとろうとする俺に、何の気兼ねも無く話しかけいつもと変わらない顔で笑いかけてくる。
そんなあいつがより憎憎しかった。俺を馬鹿にしているのか!と。
だが距離を置き始めてから1年以上経った時、ある問題が起こった。
中等部留学生による大規模なサンティアスの養い子に対するいじめであった。
最初は同じ学年から始まったいじめだが、どんどんと下級生のほうに被害が及び、更には留学生だけではなく一部の聖帝国出身者の者もそのいじめに加わって行った。
最も標的にされたのがあいつと比較的仲の良かった養い子の一人と、その養い子と良くつるんでいた俺である。
最初はからかいから始まったいじめも日を追うごとに暴力となっていく。
抵抗しようとするが如何せん相手は中等部、力では絶対に勝てない。
そんな中その問題を収めたのもあいつだった。
いやアレは収めたと言って良いのだろうか。
俺達が学園の誰も使われていない教室に呼び出され暴行を受けている時、奴がいつもの笑顔で教室の中へと入ってきた。
脅す留学生グループ、怯える俺達。
俺ともう一人の奴が情けない思いで助けを求めた瞬間、俺は生まれて初めて本物の恐怖と言うものを体験する事となった。
いつもは暢気で温和な笑い顔のあいつが無表情で、何の感情も映さなくなった瞳は硝子玉の様に変わり、まるで極寒の氷の刃のような目で留学生等を見据えた。
そしてその瞬間、何が起きたのかわからなかった。
留学生達が血まみれになり倒れていったのだ。
俺は留学生が倒れていく瞬間、体が軽くなり痛かった場所も痛く無くなったように感じた。
あいつは足音を立てずにゆっくりと血まみれになり倒れた留学生の足元まで歩き、髪の毛を掴んで回復魔法をかけ、また留学生に暴行をし回復魔法をかける事を繰り返した。
何巡目であっただろうか。あいつは延々と続く暴行に飽きたのか、立ち上がりその場で静かにこう囁いたのだ。
「僕の大事な宝物を傷つけるのなら僕はそれ以上の苦しみをお前等に与えてやる」
結局その事件は大々的に表には出されず、留学生は退学して行った。
あいつはあれから表でも裏でも動いていたようだが、一体何をしていたのか全く分らない。
ただ一つ言えるのは怒らすと怖いと言う事であった。