第百六話 暴露大会(2017.12.19修正)
ウィルさん達が悠久の扉へと入っていくと、扉がまるで巻き戻しをしたかのように消えていく。
まだ帝佐さんの気の衝撃から抜け出せない俺は、扉の残像を探すように扉があった場所を見続ける。
そんな中ロイズさんは帝佐さんの気に全く影響を受けてないらしく、マイペースに質問を投げかけた。
「そういえば僕この24家の当主選定の儀って初めて立ち会うんですけど、一体どれ位で終わるんですか?」
「……私の時は一日がかりだった。朝からはじまって終わったのが日が変わる頃だな」
「ワシもそうだな」
「俺もだ」
「皆同じか」
その質問に次々と答えを返す24家当主達。
どうやら本当に一日かけて見極められるようだ。
どの当主もこの選定で何か嫌な事があったのか、顔を歪めながら遠くを見つめている。
そうか、じゃあウィルさんは今日はずっと休まる事はないな…
と言うか今危うく流すところだったんだけどさ、ロイズさん。
…………こんな仰々しい事に何回も立ち会ってられっかぁああ!!!
しかも何の心構えも無しにこの場に拉致された俺は大迷惑だっつーの!
何当たり前のように軽く言ってくれてんの!?
「あ、そうなんですか。じゃあ僕はどっかでふらふらしてようかな」
「お前は本当に自分の流れを崩さないな…」
「フレイおじさんもやってみたらどうです?人生楽になりますよ?」
「出来るものならやっている!」
うわぁ。ホーエンハイム公爵ロイズさんとの会話で頬が痙攣気味ですよぉ。
そう言えばロイズさんってホーエンハイム公爵のことおじさん呼ばわりしてるけど血縁なのか?
でもロイズさんってサンティアスの養い子だよな?
「成人したら幾らかはマシになると思ったが…お前は本当に自由に生きているな」
「だってそのほうが楽しいですし、聖下も好きにしろと仰って下さいましたよ」
「聖下…私等には厳しいのに何でこやつには甘いのですか…」
「日頃の行い?」
「…もう良い」
うん。やっぱりすごい気安いよね。
俺もかなり無礼なほうだとは思うけどロイズさんは無礼通り越して清清しいわ。
よし、体のほうも調子が戻ってきた。
「あのぉ。ロイズさんとホーエンハイム公爵って仲がよろしいんですか?」
「やめろ!寒気がするではないか!」
「酷い言いようですねぇ。ホーエンハイム公爵は僕の導き手だよ」
導き手?なんぞそれ?
「簡単に言うのならセボリーとオルブライト司教の関係」
「ホーエンハイム公爵様。ご愁傷様です」
ごめん。咄嗟に言葉が出ちゃった。
いやだってさ。俺の場合はあのおっさんに振り回されているだけだが、ホーエンハイム公爵の短い話を聞く分には公爵がロイズさんに振り回されていたんだろう…
ああ!何て不憫な!!
「え~。セボリーも酷くないかい?公爵だって結構楽しんでたんだよ?」
「楽しんでたのはお前一人だ!!」
ああ…公爵の声が悲痛だよぉ。駄目だハンケチーフは何処か!
「だって僕が中等部卒業した時に、僕が連れて行ったお店で随分楽しんでたじゃないですか。シシリーが最近フレフレが来ないから寂しいって呟いてましたよ」
「………………」
「でもおかしいですよね?僕が中等部卒業して15年ほど経ってるのに、シシリーがあのお店の入ったの6年前ですよ?あれ?どういうことなんだろう?ねぇ?フレフレおじさん」
フレフレ?フレフレって誰ぞ?
つか、ホーエンハイム公爵が連れて行ったんじゃなくてロイズさんが連れて行ったんかい。
あるぇ?ホーエンハイム公爵の顔がおかしいんですけど?何?あの汗。
周りの他の当主達が笑ってるよぉ。
あ、でも女性当主の人達は殆ど笑ってない。
それにホーエンハイム公爵の事を虫でも見るかのような目で見てるぅ。
「フローラに言うか…」
「待てアディスソロモン!!」
おお!あの褐色の爆乳女性がアディスソロモン辺境伯か。
「そう言えば明日辺りフローラに文通の返信を送る予定だったわ」
「やめい!ノインシュヴァク!!」
ほほぉ。あれがフェディの伯母さんのノインシュヴァク伯爵か。確かに少しフェディに似ているな。
肌の色と髪の毛の色がそっくりだわ。
「情けねーな。おい、ホーエンハイム。ご落胤とかの問題はちゃんと綺麗に片付けておけよ」
「そんな者おらぬわ!!お前こそ身辺を綺麗にした方が良いのではないか?ロマノフレールよ」
「いるわけねーだろ!!お前俺のカミさんがどんだけ怖いか忘れたのか!?」
ふむふむ、ロマノフレール伯爵は恐妻家……と。
「それに本当に身辺綺麗にした方が良いのはベルックスブルクの爺さんだろうが!」
「確かに。それに異論は無い」
「こら。ワシを引き合いに出すな」
「だってあんたこの前シルヴィエンノープルの花町に消えたの俺の従者が見たって言ってたぞ!?」
「ぬぅ……」
へぇ。ベルックスブルク伯爵は高齢だけどお盛ん……と。
「全く汚い言い争いだ。もっと清らかで落ち着いた話をしたいものだね」
「うるせーよボルヴォシュタウゼン!昔散々浮名を流しまくってたお前さんが言えた口じゃねーだろ!それにお前さんの性癖知ってんだからな!!」
「うっ!」
ボルヴォシュタウゼン伯爵は変態……と。
出るわは出るわ。もう何この高貴な暴露大会。俺の心のメモ帳にいらない情報まで書き込まれちゃいましたよ。
ロマノフレール伯爵良いぞ、もっと言ってやれ!面白いから。
「まぁ、他にも24家当主の弱み色々握ってるんですけどねぇ」
『………………』
会話がヒートアップするなか、ロイズさんが放った一言で当主達が凍りついた。
おい。この人絶対自由にさせてたら駄目な人だと思うんですけど。
今まで腹黒さで言ったらおっさんとかシエルが一番かと思ってたけど、そんなの生ぬるいわ。
この人がナンバーワンだ。
いや。腹黒いとかそれ以前の問題だろ、この人。
「ロイズさん。そのうち闇討ちされますよ」
「え~怖いなぁ。怖いから僕が死んだら直ぐに24家ご当主方の弱みが家族の元に届くような魔法を作らなきゃ」
魔王だ。この人は魔王だよ。いや、それ以上の大魔王だわ。
しかも強さと言う実力があるから実力行使も出来ないし、聖下のお気に入りっぽいから24家の当主達も手が出せないの分ってて言ってやがる。
恐ろしや恐ろしやぁ…
「そろそろ行こうかな。セボリーも付いて来る?」
「あ、はい!お供します」
このままここに居たらやりきれない空気の中で過ごさなくてはいけなくなる。
そうなればそのストレスの捌け口はきっとこのか弱い俺であろう。
そうならないためにもロイズさんに付いて行かなければ!!
「じゃあ行こうか。確か明日の朝、ここに集合ですよね?それでは皆様ごきげんよう」
「ごきげんよー」
ロイズさんは誰しもが見とれる程の礼をして大司教や宰相らしき人、24家の当主達の様々な感情を映した目を気にすることも無く後ろを振り返らず歩いていく。
そんなロイズさんの後ろを親鳥を追いかける雛鳥宜しく歩いていく俺であった。
議会場の外へ出る扉が開かれ部屋の外を見てみると、そこも先ほどの場所と変わらない白で統一されていた。
但し廊下には赤く長いカーペットが敷かれており、その壁には立体的な絵のようなものが所狭しと飾られている。
どんな絵画が飾ってあるのか近づいてみようとしたが。
「っ!!!ヒィ!!」
しかしその瞬間俺は驚き恐怖することになった。
廊下に飾ってある絵のようなものを良く見てみると、人の顔から上半身が浮き出ていたのだ。
「あ、驚いた?これは戒めの胸像画って言うんだ」
「……戒め?」
「そうだよ。良く見てごらん」
そう言って俺をその胸像画の前に立たすと…
「っ!!!」
胸像画の顔の目が動き俺を見つめ声にならない呻き声を上げたのだ。
「ロ、ロイズさん!!」
「うん、生きてるよ」
「なんで!!?」
「この人はね大凡70代ほど前のロマノフレール伯爵だよ」
「………え?」
「元ロマノフレール伯爵と向かい合ってるのが元ヴァイルゴート辺境伯」
「…………」
「嘗て二人はいがみ合っててね。本気でこの2家で戦争をしようとしたんだ。つまり内乱だよ。それが聖下の逆鱗に触れてこうなった。以来数千年以上この姿で永らえさせられている。後に家を継ぐ者への戒めとしてね。この戒めの胸像画はこの回廊だけに沢山飾られてるんだ。枢密院の議会場に行くにはこの回廊を通らなくてはいけない。通る度に自制心を強く保てと促してるのさ」
「…………」
「24家の人達は一見仲が悪そうに見えるかもしれないけど、あれはじゃれ合ってるだけだからね。だって……本気で争いごとを起こしたら自分達がこの回廊に飾られることになるって知っているから。……セボリー。この絵、彼らの事かわいそうだと思うかい?救ってあげたいって思う?」
「…………………思います」
初め見た時は本当に怖かった。
でも今は何故か同情ではない何と言うか、そう。囚魂を見た時と同じような気持ちになった。
助けてあげたい。救ってあげたいと。
そう思った瞬間に先程まで涙交じりに声にならない呻き声を上げていた絵が沈黙し、眠ったように安らかな顔になった。
「それは良かった。実はね、この回廊は戒めの回廊って呼ばれてるんだけどね。正式名称は慈悲と救済の回廊って言うんだ」
「慈悲と……救済?」
「そうだよ。この回廊を通る者が哀れな魂を慈しみ救いたいと言う思いがあると、この戒めの胸像画の苦しみが和らぐようになっているんだ。セボリー。君はその気持ちを忘れちゃ駄目だよ。それは僕等サンティアスの養い子にとって一番大事な気持ちなんだから。そして僕等の前世持ちの一番大事な物の一つでもある」
「はい」
そう答えるとロイズさんは俺に優しく笑いかけ、また回廊を歩き出した。