第百五話 扉(2017.12.19修正)
「嫌だ!放せぇええ!ヤダヤダヤダヤダヤダァアアアアアア!」
「ええい!!往生際が悪いぞ!観念せい!!」
必死で抵抗するウィルさんとそれを抑えるアライアス公爵の図を見て、何故か時代劇におけるお色気お約束シーンの「お代官様ご勘弁をあ~れ~」的なシーンを思い出した。
まぁ実際は時代劇でクライマックスの物取りシーン的なシーンだけどな。
「セ、セボリー!助けてくれ!後で何でも奢ってやるから!!」
生暖かい目で見る俺の視線に気付いたのかウィルさんは俺に助けを求めてくる。
そんなウィルさんを突き放すように俺は口を開いた。
「ウィルさん。お気張りやすぅ」
「あ!こらぁ!見捨てんな!!しかもその口調妙にむかつく!!お前も来い!道連れにしてやる!!」
「え~。恐れ多いわぁ~。だってぼくちん一般人だしぃ?…うぷぷ」
俺を道連れにしようたってそうは問屋が卸さないぞ。
だってこれはウィルさんのお仕事なんだからな!
とりあえずウィルさん。三者面談頑張ってください。
思いっきりおちょくる態度で返した俺の言葉にウィルさんはコメカミに青筋が浮き上がらせた。
そしてなにやら短い詠唱を唱えた後、魔法を発動させようとしたが。
「糞!拘束!あれ!?拘束!!でねぇ!!魔法が発動しねぇ!!」
「馬鹿者!ここは水晶宮だぞ。発動するはずないだろう!!」
「じゃーなんでロイズは発動できてるんだよ!!?」
「だって僕は聖下から許可貰ってるもん」
「この場所で魔法を発動することを許可されている人間は、私とロイゼルハイドだけですからね。ああ、祝福などの精霊が仲介してくれるようなものは別ですが」
「不公平だぁぁぁああああ!!!」
何言ってるの?と言う顔をしてロイズさんが答え、それに続き帝佐さんも淡々と述べた。
うんうん。流石に国の中枢の国会議事堂で攻撃魔法や傀儡魔法発動されたら堪ったもんじゃないからな、そこんとこはちゃんと対策してるよね。
「それにこの水晶宮に魔法発動妨害の術を掛けたの僕だもん。宰相閣下から依頼受けたんだよねぇ」
「お前の仕業かぁぁああああ!!!」
「この術使える人って少ないらしいから。今までは帝佐閣下が掛けてたらしいんだけど、この数年僕のほうに依頼が回ってくるんだよねぇ。一年ごとに掛け直さなくちゃいけないからかなり面倒なんだけど」
「この術式は禁術に指定されているものですからね。おいそれとは使える者はいませんよ。それに水晶宮全体に掛けるので魔力は膨大に使いますし、緻密で繊細な作業も必要ですからね。この歳には堪えるので数年前から私から宰相閣下経由でお願いしてロイゼルハイドに回しているんですよ」
帝佐さんに狙われて後継者に一本釣りされそうな本命花丸はロイズさんっぽい。
ロイズさん。あなたそんな事やってるとそのうち俺みたいに強制的に役職につかせられますよ。
もしかしてら既に何かの役職ついてるかもしれないけど。
「そんな話どうでも良い!おい!ロイズ!お願いだから逃がしてくれ!つかお前!この前のゼノゾディア侯爵が代替わりするって話どうなったんだよ!!まず俺よりそっちのが先だろうが!!」
ああ。そういえば言ってた言ってた。
ゼノゾディア侯爵家の代替わりが近いってウィルさんから聞いたわ。
あれってロイズさん経由だったってこと?
と言うことはウィルさん自身ガセネタを掴まされていたってことか?
「それは間違いではない。すでに候補は数名決めておる」
ウィルさんの言葉に円卓に座る一人が静かに口を開きそう述べた。
この人がゼノゾディア侯爵であろうか…浅黒い肌に昔は金髪であったであろう短い白髪、立派な口髭とエメラルドのような緑の瞳が特徴的な老紳士で、ウィルさんを何処かに売られていく動物を見送るような目で見ている。
「あちらはあちら!こちらはこちらじゃ!!さあ!行くぞ!いつまでもそうしておると埒があかん!お待たせいたした帝佐殿。準備は整いましたぞ」
「はい。では行きましょうか。旦那様の元へ」
「いやだぁぁぁああ!!!助けてくれぇぇぇぇええええ!!!」
「……悠久の扉よ」
帝佐さんが短い呪文を口にすると、先程俺達が拉致られる瞬間に出たような魔法陣が床に浮かび上がる。
そしてその魔法陣の中心に古めかしい扉がまるで高速の3D印刷のようにして姿を現した。
「さて、行きましょうか。ご案内いたします」
「……この扉をくぐるのは何十年ぶりだろうか」
アライアス公爵はいまだに抵抗し続けるウィルさんをがっちりホールドしながら何処か郷愁的で、そして畏怖の混じった目で扉を見つめた。
他の24家の当主達も皆それぞれ違った表情で扉を見つめている。
そんな中ロイズさんがあの扉の説明をしてくれた。
「あれはね悠久の扉と言ってね。聖下のご住居に直接行ける扉だよ。僕や帝佐閣下はそのまま移転魔法で行けるんだけど、許可が下りていない人はあの扉をくぐらなければ聖下の元へはいけない仕組みになっているってわけ」
一瞬某国民的アニメのピンク色の扉を思い出したがここはスルーしておく…
「……ロイズさんなんでそんなに詳しいんですか?それに移転魔法でいけるって事は、もしかして良く聖下とお会いするんですか?」
「成人前は会ったことなかったんだけどね。成人してからはたまに会ってるよ。と言うか、お呼ばれして一緒に食事やお茶しながら話をするって関係。恐れ多いかと思うけど茶飲み友達みたいな感じ?君の話もウィルに聞く前に聖下から聞いたし」
「…ロイズさんが知ってる俺の情報って聖下経由だったんですね」
「うん、そう。そのうちセボリーも招待するって言ってたから。楽しみにしてなね」
「NOOOOOOOOOO!!!」
「大丈夫大丈夫。あの方のそのうちって数年後って意味だと思うから。多分君が成人してからだと思うよ」
「俺永遠の未成年で良いです…」
「じゃあセボリーが行きたいって言ってる店には入れないね」
なにぃ!だがそう言えばそうだ。
おピンクな店は成人しなきゃ入ることは許されない。それがこの国の法律だ。
デビュエタンは億劫だがそれがあるのならまだ我慢できると思っていた時期もあった。
だが成人すると聖下と会わなければならない…
平穏なエロくもない日常から一気に地獄のようなジェットコースターに飛び乗るか?
スッキリしたいけどスッキリ出来ない、エロを取るかヘルを取るか…
ああ…もどかしきこのエロのジレンマよ!!!
だが俺は気づいていたが気づかないふりをしていた。いや認める事を拒否していたのだ。
成人しようがしまいが、今の時点ですでに平穏という言葉自体無いようなものであることを…
そんなことを考えているうちに帝佐さんの手がドアノブへとかかり扉が開かれる。
気になって扉の向こうを見ようとしてみたが、扉の向こうは闇で覆われており全く様子をうかがうことはできない。
「さて、ここから先はこの国の最重要秘密が満載の場所です。ここに踏み入れたのなら強制的に口外できないように魔法が掛けられます。ただし、それは爵位を継承出来た者だけであり爵位を継承出来なかった者はこの苗木選定の儀で見聞きした事自体忘れてしまう。いや、忘れさせられる。君はどうなるのでしょうね」
「だったら最初から俺を選ぶような事しないでください!俺は最初から家なんて継ぎたく無いと意思表示していたはずです!!」
「しかしあなたは選ばれた。選ばれたのならそれ相応の覚悟を決めなさい。それが生まれながらにその身に高貴な血が流れる者の役目です」
帝佐さんが扉へと足を踏み入れる一歩手前、その瞬間ウィルさんへ顔を向けたと思うと凄まじい威圧感が俺のほうまで襲ってきた。
「宜しいか心して聞け。もし聖下の前で無礼な行いを見せた瞬間、この私が貴殿を罰することになる。私にはその権限が与えられている。弾劾断罪執行官としての権限を」
帝佐さんの表情と声色が変わり部屋全体が緊張感に包まれ、その言葉を聞いて今まで大声で喚いていたウィルさんが沈黙して震えだした。
今まで見たことのある帝佐さんの顔は温和で好々爺そのものであった。
しかし今の帝佐さんは違う。威厳がとかそういう代物ではない。
存在自体が恐怖と化したようで、その気を直接あてられていない俺でさえ立っていることが精一杯であった。
「聞け!これよりフェスモデウス聖帝国24家がひとつアライアス公爵家当主選定の儀にはいる!!異を唱える者はおらぬか!!?」
『否』
「祈れ!この者に礎の資格があるかを!!」
『我ら聖帝国の礎がひとつ!その者、新たなる礎たらんことを!!』
24家当主と大司教、宰相が立ち上がり各々が手に持った剣や杖を掲げ最高の礼をとる。
その姿を確認し帝佐さんとアライアス公爵は扉の闇へと消えていった。
まるで作り物の人形になったようなウィルさんを引き連れて。