第百四話 馬子にも衣装(2017.12.19修正)
再び気絶したウィルさんは父親であるアライアス公爵にまた蹴り起こされた。
気絶から回復したウィルさんは、アライアス公爵は勿論ここまで拉致って来たロイズさんに向けて文句を口にする。
「おい!ロイズ!!お前何て事してくれてるんだ!!こんな事になるんだと分ってたら絶対お前のところなんか行かなかった!!」
その言葉にロイズさんはウィルさんのほうを見つつ唯笑顔で手を振るだけであった。
「さて、言いたい事は済んだか?では早く着替えろ。こんな姿では格好もつかん」
「はぁ!?俺の普段着馬鹿にすんな!!」
ウィルさんの本日の格好はTHE普段着そのものである。
いつもなら動きやすそうな軽装備でいるのだが今日は完全に遊ぶつもりだったんだろう、剣と無限収納鞄らしきウエストバッグ以外何も持っておらず、見ようによっては少し身なりの良い行商人のような格好をしていた。
「服は用意してやったからとっとと着替えて来い。帝佐殿も待っているんだ、早くしろ!」
「知るか!!何で着替えなきゃならねーんだよ!!」
「良いから早う着替えて来い!もう良いわい!ここで着替えろ!!」
「おい!やめろ!脱がすなぁあああああ!」
そう言ってアライアス公爵はウィルさんを脱がしに掛かり、はめている腕輪から煌びやかではないが作りの良い礼服のようなものを取り出した。
必死に抵抗するウィルさんだがアライアス公爵の押しが強いのか既に上半身は裸である。
え!?何?あの腕輪!もしかして無限収納鞄の腕輪版!?なにそれ!
ぶっちゃけウィルさんの生着替えショーなんてどうでも良いからそれ見せて!!
ちょっとお借りして見させてもらいたいんですけど!
大丈夫ですよ、解体はするけどちゃんと組み立てますから。さぁ。さぁ!さぁ!!
「アライアス公爵。正直言って男の着替える姿など見たくないので違う所で着替えさせてください。
逃亡が心配ならばまた拘束の魔法を掛けて貰えば良いだけの事」
宰相らしき初老の人が実に不快そうな顔でそう意見してやっとアライアス公爵の手が止まり、すでにズボンまで脱がされにかかっていたウィルさんは必死でベルトを締め、何故かもう脱がされた服を両手で抱えて蹲っている。
その姿はまるでか弱い女子のようであった。
「ウィル、早く着替えたほうが良いよ。このままご当主方や大司教様の前でご開帳する気だったら止めはしないけど」
「うるせー!!こんな状況を作り出した原因の一つのお前に言われたくないわい!!」
「そう。じゃあご開帳いっとく?」
「しねーよ!!!」
うわぁ。ロイズさんの顔が超悪どい。
ぶっちゃけドン引きレベルなんですけど。
「ゲェ!つーかその服!正礼服じゃねーか!!そんな着るのに時間が掛かるような服着てられるか!!それに着たら何か戻れなくなるような気がする!!まず何でそれを着るのか説明してくれよ!!」
「つべこべ言わんと着ろ!説明はその後でしてやる!!!」
あ~、正礼服か。そう言えばこの前ちょっとその話してたわ。
あれって確か着るのにも順序があってすっごい面倒くさいんだよな。
俺も一回着たこと有るけどアレは着るの億劫だった。
前にゴンドリアが注文を受けて作ってたんだが、良いマネキンが居ないからって何故か全く体の大きさが合わない俺に着させた事があった。
実は俺はその時それが正礼服なんて知らなかったけど、この前の話の流れで「あんた着たことあるでしょうが!」と言われ、アレが正礼服だと判明したわけだ。
なんでもゴンドリア曰く正礼服は紳士淑女の鎧であり、俺達の制服と同じようにその服自体に魔法構築式が組み込まれている。
なのできちんと順序を追って着ないと構築式がバラバラになって効果が薄れてしまう。
タイの結び方や袖のカフスの付け方によっても効きが変わってくるらしく、慣れている人は良いが慣れていない人だと着るのに一時間以上掛かることもある。
なのでその正礼服を着させるための職業も存在する程などだと言っていた。
現に俺もゴンドリアに体を練習用の玩具にされて一時間以上身動きが出来なかった覚えがある。
そう思い返しふと周りを見る。
良く見てみると今ここに居る人の中で正礼服着てないの俺とロイズさんとウィルさんだけだわ。
24家の女性当主も女性の正礼服を着ているし、大司教らしき人も聖職者の正礼服着てる。
アライアス公爵が恨めしそうな顔をしたウィルさんを連れて隣室へと向かい、歩いている最中にも関わらず親子喧嘩は続いており怒鳴りあっている。
しかし大きな音を立て隣室の扉が閉められた瞬間にその声が聞こえなくなった。
「正礼服を着るって事はそれなりの場所に行くって事ですよね?」
「うん。そうだよ。聖下のところ」
俺がロイズさんに話しかけるとロイズさんが行き先を述べた。
俺もなんとなく予想はしていたんだが、やっぱりそうか。
最終段階って聖下にお目通りして当主にふさわしいかどうか決められるんだもんな。
ん?待てよ。と言うことは聖下って今この近くに居るの?
あれ?そう言えばここって何処よ。
「そう言えばここって何処ですか?」
「ここはシルヴィエンノープルの水晶宮の中にある枢密院議会場だよ」
「水晶宮?」
『言うなれば国会議事堂の事』
「ああ、成る程」
ロイズさんが直接頭に語りかけてくれた言葉でその場所の意味が分ったよ。
つか俺のファーストヴィズイテッドキャピタルが国会議事堂ってなんぞ。
つまり前世で言うと、イギリスのロンドンヒースロー空港をすっ飛ばしてウエストミンスター宮殿に来てその中のビッグベンの中を見に来てましたぁ、みたいなもんじゃん。
いきなり飛ばしすぎだろ。少しは観光とかさせてくれ。
じゃなかった、それ以前に俺を巻き込まないでくれ。
ロイズさんと話をしていると大司教らしき人が静かに歩いてくるのが分った。
大司教らしき人は俺の前で立ち止まりいきなり頭を下げる。
え!?なんで!?なんでぞ!!?
俺何かこの人にやったっけ?
「初めましてですね。愚僧はアルゲア教大司教のクランベル・イリーナ・フォン・ラ・サンティアス・アウディオーソと申します。セオドアールが色々迷惑をおかけいたしました」
ああ…成る程。あのおっさんの尻拭いですか。大司教も大変ですな。
「あ~、初めまして。セボリオン・サンティアスと申します。いつも知らない間にお世話になっております」
聖育院は聖下、つまりアルゲア教団の庇護で成り立っている。
なのでその実質トップの聖下の部下、アルゲア教ナンバー2の大司教には一応お礼を言っておかないと申し訳が立たない。
「あのおっさんの事は色々文句はありますが大司教様も色々苦労されているようなので、まぁ…」
その言葉に微笑む大司教、そしておっさんと言う言葉に笑う帝佐さんと宰相さんらしき人。
24家の当主も何人か笑っている人がおるで。
「そう言ってもらえると助かります。あの子もあれで大分落ち着いたんですけどね。昔は本当に…本当に…本当に!」
「………心中お察しいたします」
色々と溜め込んでいることもあるのか、昔を思い出しヒートアップする大司教にドン引きつつも同情した。
本当にあのおっさん昔何やってたんだろう…
そんな話をしているとアライアス公爵がウィルさんを伴い扉から出てくる。
その姿はいつもの無精ひげは剃られており、ぼさぼさだった頭は後ろへと撫で付けられていた。
早いな、おい。着慣れてたんだろうな、流石は24家の出だ。
うわ!正礼服着ているウィルさんやばいくらいカッコいいんですけど!
ワインレッドに近いえんじ色のジャケットとスラックスに黒のベストに白いタイ、靴もピッカピッカに光るマホガニーブラウン。
服の装飾もいやらしくない程度の物だけど、高級ってのが一目見ただけで分るし、アクセサリーも華美な物ではなく上品だけど恐ろしく綺麗で、価値が分る人なら釘付けだろう。
ゴンドリアが見たら興奮しまくるだろうな。
って言うかさ何あれ!?いつも無精ひげでだらしない格好してるのに服を変えて髭を剃って髪形変えただけでこんなに雰囲気変わるもんなの!?
まるでレッドカーペット歩いてるハリウッドセレブじゃん!
やっぱり元が良いと違うんだろうな。
「あ~うざってぇ。正礼服ってうざってーから嫌いだ」
「それ!じゃあ行くぞ!」
「まず説明しろよ!!」
「これから聖下に会いに行く」
「…………………………はぃ?」
「ワシは大公位を賜るために、お前は爵位を…公爵位を賜るためにな。これで全てが決まる。おい!コラ!逃げるでない!!」
「放せ!はなせぇぇえええええ!!!」
逃げようとするウィルさんをしっかりとホールドするアライアス公爵。
そんな二人の事を生暖かい目で見つめるオーディエンス。
そんな中俺はウィルさんの正礼服姿を見て、またゴンドリアに自分の正礼服をこさえて貰おうかなと悩んでいた。
それほどまでにウィルさんの正礼服姿に衝撃を覚えたのだ。
あのウィルさんが正礼服着てあんなに格好良く見られるって事は、俺も正礼服着たら少しはモテるかもしれん。
帰ったらゴンドリアに相談してみよう。
俺のピンク色の青春時代計画のために!!!
しかし、その悩みは直ぐに解決することになる。
デビュエタンへ参加する服装は必ず正礼服で無ければいけないと言う事を前に聞かされていたセボリーだが、その時はツッコムだけで採寸してはいなかった。
故にこの出来事が終わってから数ヵ月後、ゴンドリアからダッシュで逃げるも捕らえられ、デビュエタンまでまだ一年近くあると言うのに強制採寸されることになるのであった。