第百話 美味しん坊(2017.12.18修正)
「ありがとう…ありがとう。やっと出会えた………卵かけご飯に…!!!」
お椀の上の卵の黄身に突き刺さる約束されし爪楊枝に涙しながら俺はロイズさんに感謝の意を述べた。
「うん、食べたいよね。僕も昔そう言うのに飢えてたからその気持ちは分るよ」
「ああ!この納豆も何と言う粘り気!何と言う芳しき香り!!お味噌汁の味噌も合わせ味噌を使ってらっしゃる!!そして具は油揚げとお葱!!しかもちゃんと出汁で溶いている!!!」
「これ作るの結構苦労したんだよねぇ。分ってくれて嬉しいよ」
「なんでお前等こんなテンション高いの?ロイズのこんな嬉しそうにしてる姿久しぶりに見たんだけど」
うるせー!やっぱりお前にはまだ早い!
この伝説級至高の料理の素晴らしさが分らない貴様は人間失格だ!
見ろ!公星だってこんなに一心不乱に食ってるんだぞ!?
ロイズ様が自ら公星のために作った至高の卵かけご飯を公星はハフハフ言いながら食っている。
ああ!俺も卵かけご飯がアツアツのうちに食わなければ!
もし何かにかまけているうちに冷たくなってしまったらそれは精霊への冒涜に決まっている!!
「生卵が食べれるなんて…!聖育院に居た時何度も挑戦したが止められて、稼げるようになってやろうと思ったら鮮度があまりよろしくない卵ばっか…鮮度がよくても普通の卵じゃなかったり色がやばかったり血が混じってたり…意を決して挑戦したら腹は壊すは……うう…生きてて良かった…!」
「うんうん。わかるわかる。最初は出汁巻き卵にしようかと思ったんだけど、こっちで正解だったらしいね」
「出汁巻き卵!!砂金の如き輝くほかほかの卵かけご飯様も最高ですけど、あの黄金色の小判の如く輝くふわふわの出汁巻き卵殿も捨て難し!!」
「塩だけの卵焼きも捨てがたいけどね」
「卵一つでなんでこんなに盛り上がれるんだ?つーか生卵なんて気持ち悪くて食えないから茹でるか焼いてくれよ」
おい、小僧。お前は新鮮な卵の有り難さが分ってないようだな。
この卵かけご飯は今日からご本尊様として崇めたいほど貴重なものなんだぞ!
それに火を通せだとぉ?貴様は卵の殻だけ食って生きていろ!!!
「うまい!美味い!美味である!!この干物も油が乗ってて塩加減が丁度いい!!身のホクホク感が堪らない!」
「これ迷宮の海で取れる魚なんだけど結構取るの難しいんだよね。射頭魚と言って弾丸のように飛んでくる魚で直ぐ逃げちゃうからさ。取って直ぐに捌いて濃度が強い塩水に浸した後一夜干ししたんだ」
「おい。それって名前の如く冒険者の頭を串刺しにして襲ってくる魚じゃねーか。普通食おうって思わねーよ」
あぁん?なんか分らんチンがほざいてるが無視だ無視。
大人しく黙ってありがたく食ってろ。
「おお!普通の海苔かと思ったら味付け海苔でござんした!!この海苔香りが良い!磯の香がちゃんと残っていますぞ!」
「この海苔も迷宮の海で頑張って養殖した海草を成型した後に乾かして味をつけたんだ。どちらも塩加減の調節が難しかった」
「この魚食べづらくね?なんで態々本みたいに開いてるんだ?味は良いけど頭が付いてて怖いんだが。つか何だよこの黒いシート」
だから貴様は黙ってろ!
頭が怖い?何を言っている!その頭の周りの肉が一番美味いんだぞ!?
特にこの目の周りなんて絶品だ!
しかも伝説の味付け海苔様を侮辱したな!!?
お子ちゃまは黙って骨だけ食って大きくなってろ!!
「この白和えも何とも滋味深い…昔は当たり前だと思っていたこの薄い胡麻の味も今では甘露の如く体に染み渡るぞぉ!!」
「白和えって薄味だけどちゃんと出汁とか薬味入れないとおいしくならないんだよね。豆腐自体も水から拘ってみたから結構自信作なんだ」
「これあんまり味付いてねーぞ。折角の彩の多い野菜使ってるのにこの白いので台無しじゃねーか」
ギルティ。お前はギルティだ。精霊たちよ!ウィルブラインに天罰を!!
そして味覚音痴は黙って雑草でも食んどけ!!!
「卵かけご飯本当にウマウマ」
「この卵昨日の夜に迷宮に潜って採って来たんだよねぇ。この卵黄金鳥って言う鳥の卵なんだけど昨日巣を見つけてさ、少し拝借してきた」
「最高だ!最高です!我が人生に一片の悔い無し!!」
「黄金鳥って幸運を運ぶ鳥で生きたまま売ると100万ゼアスはくだらねーってモンスターじゃねーか。お前卵より本体採って来いよ。あれは肉も美味いって噂なんだぞ」
新鮮な卵のほうが貴重だろ!このバカチンがぁああああ!!
「白米と卵とお味噌汁ならまだ余りあるけど食べる?」
「頂きます!」
「モキュー!」
ロイズ様のありがたいお言葉に俺と公星は即座に食いついた。
「生憎僕には育て方の知識が無いからお米だけは買ってるんだけどねぇ」
「俺栽培方法知ってます!今度教えますから!!」
「え、本当?じゃあお願いするよ」
俺の前世は農家の息子。
米の栽培収穫などお手の物である。
「聞いてる分にはこれ結構な材料費掛かってねーか?迷宮の中でもかなり深い所のモンスターばっかりだぞ?」
「大丈夫だよ。僕が自分で採りに行ってるんだから。それにこの朝食の御代はウィルのツケにしておくから安心しな」
「安心できる要素が何一つないわ!!」
「お箸で人を指すな、行儀が悪いよ」
「お前と長い付き合いしてるがこんな料理出されたの初めてだぞ?どうした、何か心境の変化か?」
「お店に出すメニューが違うだけで普段の僕の食事はこんなもんだよ」
「変だ変だとは思ってたが本当にお前も変わってるよな。セボリーもだが」
「僕から見たら君の方がずっと変わってるんだけどねぇ」
「それはねーな」
いや、お前の方が変わっている。
だってウィルさんだし。
外野が騒いでいるが俺は気にせず一心不乱に箸を動かし続けた。
だって久しぶりのちゃんとした日本食だもん。
これを逃すと何時食べれるか分ったもんじゃない。
この世界に醤油があるのは確認してたけど味噌があることは知らなかった。
多分ロイズ様の口ぶりから言うとご自分で作られているのだろう。
前にルピシーが寿司を出す店に連れて行ってくれたが、寿司は寿司でも少し雰囲気が違っていた。
稲荷寿司も食う事はあったけど美味しかったが俺の魂に突き刺さるような味ではなかったのだ。
ところがこの食事と来たら何と言う素晴らしさ、何と言う心地良さよ。
芳しき味噌の香り、郷愁を誘う出汁の風味、その全てが俺の前世を呼び起こさせた。
そう!俺はやっぱり日本人だ!!と。
「ご馳走様です。大変美味しゅうございました」
「はい。お粗末さまでした」
米一粒出汁の一滴も残さず食べ終わり、心地よい余韻に浸りつつ俺はロイズ様に感謝の意を述べた。
そんな俺にロイズ様はとても嬉しそうに微笑んでくれる。
あらヤダ。やっぱりこの人もイケメンだわ。
先程は色々余裕が無かったからマジマジと見てなくて顔は気にしなかったけど、こんな顔で微笑まれたらストーカーが増えます事よ?
しかし美味かった。俺毎日ここに通うわ。
ウィルさんの今までの失点は今日の遅刻と合わせて凄い数になっていたが、一気に清算させてやろう。
この店を紹介してくれただけで全てがチャラだ。
ここにはそれだけの魅力と価値がこの店にはある!!
「ロイズ様!師匠と呼ばせてください!そしてまた来ても良いですか!?」
「セボリーなら店開けてる時ならいつでも来て良いよ。御代はウィルにツケておくから気にしないでね」
「あざーす」
「オイィィイイイイイ!!」
再び固く熱い握手を交わしながら、お師さんと俺はウィルさんへと顔を向けて満面の笑みでスマイルを送るのであった。