幕間 知らぬは本人だけ(2017.12.16修正)
数多の精霊達が集い舞い踊り、精霊を見ることが出来る者には極彩色光景が広がる地。
ここは精霊の国と言われているフェスモデウス聖帝国の中でも特別な場所のひとつ、アルゲア教大本山アルグムン主教座大聖堂精霊殿。
その場所では悠久の時から絶やす事の無き祈りと信仰を捧げる者が今日も精霊達に祈りを捧げていた。
そんな中、一人の男が微笑を湛えながら現れた。
「大司教殿、おはようございます。今日も精が出ますね」
「…帝佐閣下。お疲れ様です」
聖帝聖下の手足となって動く男、帝佐アルフレッド・ガイナス・フォン・スペンサー・ド・ラ・サンティアスはアルグムン大聖堂の中でも最も神聖な場所の精霊殿で祈りを捧げる大司教に後ろから話しかける。
そんな帝佐に驚いた風でもなく、伏していた目を開きゆっくりと立ち上がって大司教は帝佐に微笑んだ。
「例の子、セボリオンが助祭の位に叙階されたようですね」
「ええ。あの聞かん坊のセオドアールがなんとも言えない顔で記帳しに来ましたよ」
大司教の目に映る教え子への諦めにも似た笑いに、帝佐も苦笑する。
「しかし、セディも酷な事をする。いくら才や資格があろうとも強引なやり方ですな」
「あの子もあれで心配性の気がありますからね。教団の聖職者名簿に名前が載れば色んな意味での抑止力になります。それに例の子はあの子の血縁でもありますから…」
「ああ、そう言えばそうでしたな。成人するまで名乗り出る事が出来ないのはもどかしく思っているかもしれませんね」
「あの子は成人しても名乗り出る事はないと言っていますけどね。伴侶を亡くし子供は反発して世界を見て回ると言い出て行ってから行方知れず、そんな状態で荒れていましたから聖育院にやったのですが…まさか自分の息子の忘れ形見が聖育院に来る事になろうとは思わなかったでしょうね」
「運命の悪戯とは面白いものですな」
「真に…」
そう言ってアルゲア教大司教クランベル・イリーナ・フォン・ラ・サンティアス・アウディオーソは聖印をきった。
「聖下のご機嫌はいかがですか?」
「いつも通りですね。今回の迷宮の件に対しても頷きはすれど何も仰る事はなさいませんでした。唯セボリオンの話については、彼にあまり干渉する事なかれと…そう楽しそうに仰っていましたよ」
「そうですか…」
「私が聖下の元にお仕えするようになって二人目です。二人同時に同じ時代にいるのは異例な事ですな。一人目の子でさえ驚きましたが、二人目となると…あのお方はご自分の血が濃い者以外は気に掛ける事はあまりしませんから。精霊の愛し子も名前を聞くだけで後は良きに計らえですし、もし間違った道に進むようなら力を強制的に力を封印した後、記憶を消してしまうなんて事もしていたようですしね。記録を調べましたが貴族に叙される以外で聖下が香玉を渡してまで気にかける者が現れるのは約七百年ぶりでした。香玉は祝福を齎す代わりに一種の鎖ですからね」
「彼等の動向は報告するようにとの思し召し…道を違えない様に導き手も指定する力の入りよう。聖下から彼等へのご執心の理由は何なのでしょうね」
精霊殿の空気が少し変わった気がした。
その理由は直ぐに分る事になる。
精霊達がこちらを気にしているのが分ったからだ。
「私にも分りませんが、二人とも面白い子には変わりありませんね。特にセボリオンのほうは見ても聞いても飽きませんな」
「ええ。愚僧としてはもう一人の子に聖職者になって欲しかったんですけど…中々良い性格をしているようですし」
「私ももう一人の子には聖帝家へ仕えて欲しいのですが、宰相閣下も昔から狙っているようですしね。現に宰相閣下は彼に依頼を出すことも少なくない。セボリオンのほうは一回拒否されましたが聖職者にならないと明言しているのですから狙い目かも知れません」
「どちらの者にしても嫌がると思いますけどね」
「確かに」
二人はなんとも困ったと言う顔で笑い合った。
その直後、大司教は思い出したと言う様にあることを口にする。
「ああ、そうでした…他国にいる修道僧達からの情報です。東南の属国に穢れあり、と」
「成る程…わかりました。宰相閣下に伝えておきましょう。それでは私はそろそろ」
「ええ。ごきげんよう」
目を細め頷き退出の礼をする帝佐に大司教が挨拶を交わすとその瞬間、帝佐の姿は精霊殿から消えていく。
それを見守った後、大司教は再び精霊達に祈りを捧げ続けた。
帝佐と大司教の二人が話し合っていた時、別の者達も話をしていた。
アライアス公爵家次男のウィルことウィルブライン・エリック・ガウェイン・ライオニール・ド・ベルファゴル・アライアスは、学園都市のとある店で幼馴染と一緒に朝から酒を飲んでいた。
「でさ、セボリーって奴がまた面白いんだわ。なんつーかこう…変人?みたいな」
「君に変人認定されるなんてかわいそうに」
「いやお前が言うなよ。でも本当に変だぞ。異常なほどでかくて良く食うピケットを使い魔にしてるしな」
「………もしかして、街中を浮いているピケットのこと?」
「おーそれだそれ。コーセーって名前なんだけどな。俺の食事を良く横取りするんだ。まぁやらせてるのはセボリーなんだが」
「へぇ~」
「まぁ、お前の使い魔も十分おもしろいけどな」
「そんな事言ってるとまた齧られるよ」
「グルルルルゥ」
ウィルの幼馴染がそう言うとウィルの後ろからうなり声が聞こえてきた。
「うわ!カイザー!?いつの間に!!」
「君がその子の話をする少し前だよ」
「こら!噛むな!痛い!イタ!おいやめろ!お願いやめて!おい笑ってないで止めてくれよ!!」
「ほらやめな、そんなの齧ると馬鹿がうつるよ」
「誰が馬鹿だ!ってイタイイタイ!!」
良い具合で噛まれた後、幼馴染が使い魔に朝食を与えた事により解放されたウィルは静かにワインを煽った。
「セボリーはお前と同じくあのお方から香玉を授かってる」
「…へぇ」
ウィルは幼馴染の目の色が変わったことも気付いた。
昔から興味の無い事には関心を示さずおざなりな態度が多かったが、関心のある事にはその目は鋭く光輝き心理を追い求める。
「悩む事もあるかもしれないから相談に乗ってやってくれないか?同じく目を付けられた同士愚痴もあるだろうし、サンティアスの養い子だからお前にとっても弟だろ」
「わかった。その子が良ければ相談に乗るよ。まぁ僕としては何も悩んでなかったんだけど」
「…お前本当に繊細そうに見えて図太いよな」
「君が図太く見えて繊細なだけだと思うけどね。それに悩んだって仕方の無い事だってあるし」
「昔から変わらねーな」
昔退学一歩寸前だった自分を学園理事と学園長に口八丁手八丁で説得し、停学まで軽くしてみせた男の顔をワイングラスを傾けつつ盗み見る。
一見人好きするような笑顔だが、見る人が見れば身震いしたくなるような悪どい笑顔を湛えている。
昔からのほほんとして見えるが実はかなり腹が黒く、良く周りを引っ掻き回して楽しんでいた幼馴染に苦笑した。
学生の頃からお偉方からの勧誘や他国からのスカウトを悉く無視し、高等部卒業後ものらりくらりとソロで迷宮冒険者をやっていた幼馴染は現在、自ら狩って来た迷宮の食材を使って気の向いた時に店を開ける生活を送っている。
そんな幼馴染は青い色の付いた綺麗なグラスを磨きながら、ウィルに対していつものようにからかい混じりに毒を吐く。
「その言葉そっくり君に返すよ。次期公爵様」
「やめろって!俺は継がないぞ!」
「大丈夫だよ。聖下ってそんな悪い人じゃないから。多分聖下は君の事気に入ると思うけどな」
「…ハァ」
ウィルは溜息と一緒にカウンターに突っ伏した。
そんなウィルの様子を見て、床にうつ伏せになり欠伸をするカイザー。
「君、領地を統治して経営する能力はあるんだから生かさないと」
「お前だっていつもお偉いさんからの話を面倒くさいって言う理由で蹴ってたじゃねーか」
「ほら、僕って小心者だから」
「お前のような小心者がいるか」
「あれ?何処かで聞いたようなセリフだな?何処か知ってる?」
「知らねーよ」
「そっか。僕が勧誘断ってたのは面倒臭いってのもあるけど、本当はもっと大きな理由があったんだけどね」
「ぁあん?なんだよそれ?」
「秘密だよ」
「うざーい!」
こんなやり取りをして、こいつはセボリーと気が合いそうだと紹介することに少し躊躇する。
こいつとセボリーのこういう所はとても良く似ており紹介したが最後、俺へのからかいが一気に増すように感じられたからだ。
「君の姉上と兄上はもう君に押し付ける気満々だってこの前この店に来た時言ってたし、諦めって肝心だよ」
「何時姉貴と兄貴が来たんだよ!」
「え?一昨日だけど?」
「近々じゃねーか!!」
「まぁ、がんばってね」
「何をだよ!!!」
一方、その頃セボリオンはと言うと…
「ぶぇっくしょん!ふぇっくしょん!ふぁーくしょん!オラクソー!」
「モキュ!」
「ズビビー……誰か俺の噂してやがるな。うわ!しかもなんか分らないけど寒気がする!!!」
「モッキュー」
何かを感じ取ったのか身震いをしていた。