第十話 学園都市内にて
その後まだ用事があるからと、先生がゴンドリアを引き摺りながら俺たちを連れて店を出た。
「さぁ、次は学園指定の教材を買いに行くぞ」
「服もそうだけど51人分の教材費ってすごい大金が飛び交いそうだな…」
「ええ、確かに大金は飛び交うわよ。でも私たちのお金じゃないけどね。」
「え?どういうことですか?」
「そういえば教えて無かったな。サンティアスの子供に掛かる費用は生活費から何まで全て聖帝聖下がご負担してくださっている」
「へ?全部ですか?」
「ついでに言うと私たち院の職員の給料も聖下から出ているわ。アルゲア教のトップは聖下ですもの」
「サンティアス聖育院と養老院はアルゲア教団と国の共同経営だが、学園は国が経営しているのだよ。フェスモデウス聖帝国の国庫とはすなわち聖下の財布のことだ」
「国庫が財布…?」
それ国としては危なくないか?
「聖下が自ら運営してる施設もありますからね。表に出てくるのは帝佐さまですが」
「首都のシルヴィエンノープルにある帝立と付くものは大体そうだな。帝立シルヴィエン博物館や帝立ハルティスフリーゲン美術館、帝立ベルハランポリス大図書館に帝立トランサイード動植物園などは聖下の趣味のコレクションの一部だと言われている。それらの職員は国が雇った公務員ではなく聖下お抱えの職人や知識人たちで一種の使用人だな」
「まぁ、その職員たちは国家公務員よりもかなり待遇はよいらしいですが。帝佐さまもちゃんと国立と聖立と帝立で財布は別にしてるようだと仰ってましたけど、規模が大きすぎてわけが分からなくなります」
「良く知ってますね、そんなこと」
「職員のほぼ全員が聖育院の出だからな、情報は回ってくる。現に私の同期の兄弟が博物館の館長で、2つ上の姉が美術館の館長、4つ下の妹が図書館の館長で10下の弟が動植物園の園長だ」
「完全なる縁故採用ですね…」
まるで家族経営型の大企業だな。
「本当にお前は難しい言葉を知ってるな」
「ようするに俺たちはサンティアスの養い子と言うか聖下の養い子なんですね」
「そういうことだ。お前は本当に中身が達観していると言うか、アレだな。他の子達は私たちの会話に興味も無い様子なのに、アレだ。」
「アレとはなんですか!?アレとは!!」
「そら、到着したぞ。」
教材屋に到着し教材を買った後、特にこれといったことも無く終わった。
「後は入学手続きだけですよね?」
「ん?手続きならもう終わったぞ」
「…へ?いつのまに?」
「あなたとゴンドリアがロディアスの工房で寸劇をしていた時です」
「寸劇言うなし!そういえばあの時副院長の姿があったような無かったような…」
「受付でお前たちの必要書類は全て提出してきたよ。もう寮の手続きもやっておいたしな」
「え?先生!寮ってどんな感じなんですか!?」
「僕も聞きたいです!」
「わたしも!」
やっと興味がある話題になったのか、後ろでずっと違う話をしていた兄弟たちが話しに加わってくる。
「初等科の寮は男女別で基本的に一部屋6人で生活をする。もちろん同室に兄弟もいれば留学生もいるかもしれない。2年に一回部屋割りが替わり、最後の2年は一部屋で3人になる」
「えーー!!知らない奴と同じになるの!?俺仲良くできる自信ない!!」
「知らない子と一緒なんて苛められそう…」
「そう言うな、授業での集団行動でもその6人で固定することが多いのだぞ。同室の者が問題を起こしたら、その同室のメンバーは同罪にはならないが罰則はあるので良く覚えておきなさい」
「「「「わかりました!」」」」
「よろしい、ではこれから菓子屋に行こう。皆好きなものをひとつずつ選びなさい」
「「「「やったーーー!!!」」」」
兄弟たちは嬉しさで大はしゃぎしている。俺も久しぶりに甘いものが食べたくなってきたぞ。
この世界のお菓子って結構美味いんだよな。前世の駄菓子みたいに着色料や保存料が入っていないから、自然な甘さでエグくもなく食べやすいし。
「モッキュ!モキュモキュ!!」
「お前まだ食うのかよ!さっきクッキー食ってただろうが!!っていうかお前お菓子まで食べるの!?本当に何なのお前の胃袋!!」
「まぁ、特別にコーセーにも買ってやろう」
「モッキューーー!♪」
公星は興奮して副院長の周りを飛び回る。
「先生、あまり公星を甘やかさないでください」
「モキュ!?モキュキュ!」
「お前が一番甘やかしているがな」
「セボリーが一番甘やかしてます」
「うっ!」
先生二人同時のツッコミに撃沈する俺であった。とほほ。
「あっ!リュピー危ない!!」
お菓子屋さんに向かう最中に、リュパネアが嬉しさの余り駆け足になって走っていたら人の集団にぶつかってしまった。
どうやら迷宮冒険者らしい、厳ついおっちゃん5人に女性2人の7人組の集団である。
うわぁ、見るからにガラが悪そうだ……どうしよう…
「うわぁーーーん。いだいよぉー!」
「「……………」」
先生たちは成り行きを見守っていた。
え?すぐ助けたり仲裁しないの?なんで?
そうしていると冒険者の女性の一人がリュピーの前にしゃがみこみ
「ごめんね、痛かったよね。このおじさんにはお姉さんがキツく怒っておくから許してくれる?」
と言った。
「おい!俺はまだ29歳だ!!」
「この子たちからしたら29歳なんておじさんよ、おっさんやオヤジって言われなかっただけでも感謝しなさい。とにかくあんたも謝んな!!」
「…ああ、ごめんな嬢ちゃん。」
「ううん。わちゃしがわりゅかったの……走っておじちゃんにぶつかっちゃったから…」
「お互い謝ったんだからこれでおしまい!さぁ、お嬢ちゃん立ち上がれる?」
そこに漸く先生達が会話に加わってくる。
「うちの子が迷惑を掛けてすまなかったな。良く注意しておくから許しておくれ」
「すいませんでした。許してくれてありがとうございます」
「いえいえ、お互い様ですから。今年度から学園に入学ですか?」
「ああ、そうだ。」
「おお!嬢ちゃんたちいっぱい勉強するんだぞ!こんな風になりたくなかったらな!!」
と自称29歳のおにいさん(笑)は後ろにいた更に厳ついおっちゃんを指差した。
「なっ!それはお前のことだろうが!!」
「お前この前居酒屋で精算間違えしてただろうが!!」
「あれはしこたま酔ってたからだ!!お前なんて前の依頼の達成金減らされた癖に金貨1枚より銀貨90枚のほうが多いと喜んでただろうが!!どう見ても銀貨10枚少ないだろう!!」
「っ!!なっ!あれは浮かれてただけだ!!!」
何このレベルの低い会話…
て言うかさ、おっちゃん。あんたなに前世の幼稚園児が親戚のおじさんに千円札一枚より百円玉九枚のほうが量が多いからお得だよ。的な騙され方してるんだよ。
「お前ら小さい子達の前で恥の上塗りするのやめろ」
「本当よ!聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるし、この子達の教育的によろしくないからさっさと話し切り上げなさいよ!!」
かなりユニークな集団だな…前世でもお笑い界に打って出れるわ。
「っというわけで私達はもういくわね。お互いごめんなさい。」
「じゃーねー」
と手を振りながら離れていった。
「ずいぶん賑やかな人たちでしたね」
「そうだな」
「もし難癖つけられたらどうしてたんですか?」
「そのときは実力行使だな。現役を退いたとはいえあんな新人には負けん。それにこの学園都市内で騒ぎを起こしたらどうなるか知っていたら皆ああなるよ」
「どういうことですか?」
「ここはサンティアスのお膝元だ。住人の多くもサンティアスの出身者が多い、つまりお前たちの兄姉だ。下手なことをすれば物は買えないし、冒険者仲間からも白い目でみられ協力もして貰えない。冒険者としては死活問題だ。取引をしてくれても足元を見られることは目に見えているし、学園都市を出てもサンティアスの情報網で聖帝国にいる限り白い目で見られ続ける」
うわぁ、えげつない…
「なるほど。普通の神経していたら皆ああやってなぁなぁにするわけですね」
「そういうことだ」
その後泣き止んだリュピーは兄弟たちと手をつないで歩き、皆でお菓子屋さんへ行きお菓子を頬張りながら楽しそうに笑っていた。
「公星!だからお前はどれだけ食べたら気が済むの!?さっき自分で選んだ氷砂糖食ってたじゃねーか!!それになんで俺の綿飴を端から盗み食いしてんだよ!!」
移転魔方陣で帰宅した後、皆各々自由な時間を過ごしていた。
「あと1ヶ月、40日か…」
「モキュ?」
「なぁ、公星。お前と出会ってこの半年色んなことがあったな」
「モッキュ」
「これからもよろしくな……相棒」
「モッキュー!!」
そして1ヵ月後俺たちは院を後にし、学園へと足を踏み入れた。
第一章終了