幕間 ゴンドリアの光
これはセボリー達が中等部に入学後、ユーリが加入してから直ぐの話である。
ゴンドリアはまだ薄暗い部屋の中でふと目が覚めた。
「流石に今まで数人で過ごしてきたのに急に一人で過ごすとなると寂しいわね」
ここは中等部の男子寮。
ユーリが女子寮に移り、ゴンドリアは中等部入学以来2人部屋にひとりで過ごしていた。
「ユーリも女子寮に移っちゃったし、また別の子が入ってくるのかしらね?あー、楽しい事ないかしら」
ベッドに腰掛け昨日途中まで編んだ編み物見つつ、ゴンドリアは自分しかいない部屋でひとり呟く。
「セボリーやルピシー達の部屋に突撃しても良いんだけど、他の同室の子に迷惑掛けちゃうかもしれないから微妙だわね。今日は午後から授業を入れてるから大人しく編み物でもしてようかしら」
そう言ってゴンドリアは編み掛けのカーディガンをベッド脇の机に置いてから、ベッドの端にあるぬいぐるみを抱きしめた。
ゴンドリアことゴンドリック・リアード・サンティアスは生粋の女装家である。
あくまでも恋愛対象は女であり、体も中身も男のためトランスジェンダーだとも思っていない。
口調も格好と合わないという理由だけで女口調にしているだけであり、実はその中身はメンバーの中でもかなり男前な性格をしている。
ゴンドリアを良く知らない者から見れば一見イレギュラーな人間に見られがちだが、付き合いの長い者から言わせれば、彼は個性派揃いのサンティアスの養い子の中でも比較的常識がありまともな人間だと認識されていた。
ゴンドリアは自分が周りからどう思われているか良く理解している。
しかし変える気もなければ変えようと思ったことさえない。
サンティアスの家族や職員、学園の教師達から何も言われないし、許容されている。
留学生や他国人には苦言を呈される時もあるが、そんな物笑って流しておけば済む事だと思っているし苦にもしない。
思慮深いが楽観的な彼にはそんな者達の言葉など気にする事もしなかった。
記憶の奥底に残る実親からの罵声と暴力に耐えた日々、実親に捨てられ聖育院に来て悲観していたことは覚えていたが、預けられてから毎日が楽しくそんな事さえもつい最近まで忘れていた位だ。
しかし、ゴンドリアは寂しがり屋であった。
常に一人を嫌い、誰かとつるんでいないと不安が込み上がってくる。
その生い立ちゆえか寂しがり屋が多い養い子の中でもそれが顕著であり、積極的に周りの子を集め一緒に遊んでいた。
それ故、いつの間にか同年代の中でも仕切り屋でリーダー格だと認識されるようになっていた。
「寮監さん。あたしの部屋の同居人はまだ決まらないんですか?」
「あー、ゴンドリック君か。実は今皆部屋が決まっててね、転校生もいないから暫くこのままだと思うよ。一人部屋も全て埋まってるからそのまま二人部屋で過ごしてよ。部屋を広く使えてラッキーだと思うけどね」
「…そうですか。分りました」
そんなある日、寮で再び一人部屋になって寂しそうにしているゴンドリアにセボリーがこう言って来た。
「お前もう一人部屋で良いんじゃね?どうせあそこに帰るの寝る時だけだろ?それ以外は商会の事務所にいれば良いじゃん。寝る時に寂しかったらこれやるよ」
そう言ってセボリーの使い魔のピケット、コーセーの姿を模したぬいぐるみを手渡してきたのだ。
「お前がビビリなのは良く知ってるからさ、これがあったら寂しさも少しは紛れるだろ?だって公星って可愛いじゃん。そんな公星の姿に似せたパブリックスター特製のぬいぐるみだぞ、安眠できないはずがない!な?公星」
「モッキュー!」
「それにこれ光るんだぞ!お前暗闇が嫌いじゃん。だからどうやったら光の量の調節と維持が出来るかフェディとヤンが研究して、光魔法が得意なシエルが魔法構築式を書き込んで、俺が作ったぬいぐるみの中にいれた一品だぞ!あ、ついでに材料の魔石はルピシーが試しの迷宮で採って来た。見よ!この愛くるしい姿を!!」
「モキュキュー♪」
満面の笑みでぬいぐるみを手渡し、自分の使い魔と戯れるセボリーの姿を見て少し呆れつつ、ゴンドリアはぬいぐるみを無限収納鞄の中へと仕舞い込んだ。
そんなセボリーとゴンドリアが出会ったのはお互い3歳の時であった。
セボリーは自分より先に聖育院にいた男の子で、いつも無表情で常に一人で過ごし、話しかけてもほぼ無反応な子だったと記憶している。
ゴンドリアも最初は意固地になり話し続けていたのだが、その内諦めて他の子供達と遊んでいた。
それがある日を境に変わったのだ。
茶色一色だった枯れ木が急に極彩色の葉に色づいた様であった。
それからは話しかけても普通に返してくるし、表情も百面相の様に変わり馬鹿話しもできるようになった。
一緒に遊んだり、何処で覚えたのか分らない裁縫や飾り付けの技法まで教えてくれ、現在では腐れ縁の仲である。
「でも寂しいものは寂しいわ。やっぱり同居人って大切ね」
「いや、俺からしてみたらお前の同居人は皆可哀想だぞ。お前美少女顔で格好もそれだからさ、同居人はどうしてもびっくりするだろうが」
「確かに初等部の3~6年次の同居人達は皆最初はびっくりしてたわね。でもそれに負けない位の心構えを持って欲しいものだわ」
「無茶振りすんな!お前の存在の正体知った時に驚かなかったらそいつは賢者認定しても良いぞ。って言うかお前はどんだけ犠牲者生み出すつもりだよ!!前お前にストーカーしてた留学生の人、未だに部屋から出てこないって話聞いたぞ!!」
「それこそあたしが知ったこっちゃないわよ」
「知れよ!!」
「セボリーだって面白がってたじゃないの」
「最後のほうは哀れすぎて目も当てられなかったわい!あれは反省してる…」
そう言って目を瞑り手を合わせながら何やら唱えているセボリー。
そんな二人を見つけて次々と他のメンバーが笑いながら入ってきた。
「おはよー。また何か面白い事やってるの?何それ?新手の祈りの手法かい?」
「おはよう。セボリーの事だから新しい遊びでも開発したんだろ?」
「うん、おはよう。もしかしたら何かのお呪いかもしれない、うん」
「あ、おはようございます。今日も一日よろしくお願いします」
「おう、おはようさん。お前等の俺に対する評価は良く分った、今月の給料明細楽しみにしてろ。明細出すのゴンドリアだけど…さて、今日も元気に働きますか。ルピシーはまだか?」
「おはよ!腹減ったぞ!」
「来て直ぐそれかい!お前は何時もそれだな」
「「「ルピシーだから(以下略)」」」
「ちょっと待っててくださいね。今からお茶入れます」
「…ユーリ、あたしも手伝うわ」
「モッキュー!!」
「お前さっき朝食食っただろうが!!」
「モキュキュ!」
「コーセー安心しなさい。ちゃんとあなたのも出してあげる」
「モッキュー♪」
最初は深い闇の中だった。
暗闇の中で一人もがいて泣いていた自分は今、たくさんの光が自分の周りを照らしてくれている。
ひとつひとつの光は小さいものかもしれないが、その存在が自分を深く暖かく安心させてくれている。
そう思うと大嫌いだった暗闇も少しは怖く無くなった気がした。
仲間から送られた光の一つをベッドにそっと置き、ベッドから起き上がり着替えて商会事務所へと向かう。
そしてゴンドリアは今日も世話を焼きながら仲間のために服を作る。
それが自分を見守ってくれている周りの光たちに今自分が出来る最大の恩返しだから。