第九十三話 重ねられた歴史(2017.12.12修正)
「色々酷い目にあった…」
「モッキュー!!!」
「ああ!もう分ったから!今日のおやつは増量してやるから!機嫌直せって!」
「モキュキュモッキュー♪」
「この前から踏んだり蹴ったりだ…」
あの妙にリアルな悪夢を見た流れで無意識に公星を放り投げた事で、公星は俺に物凄くお冠りだ。
いや、悪かったとは思うよ?でもね、体当たりに頭突き、仕舞いには噛むこと無くね?
謝り倒しても許してくれる様子が無かったので、朝食の量を多くしたら少し機嫌が直った。
ふ…チョロいな。
あ、今公星に攻撃された腹をさすりつつ、アルティア司教座大聖堂から商会事務所まで歩いている最中です。
朝のあの悪夢の衝撃と公星による攻撃で大声を出しまくったので、煩いと言う理由で追い出されました。
って言うかさ。今更じゃね?
俺今までアルティア司教座大聖堂で静かにしてた事ってないんですけど?
あのおっさんに嵌められるような形で強制的に聖職者登録したところから始まって、今日の今まで訪れた中で叫ばなかった事なんて唯の一度も無かったんですけどぉ?
「モキュ!モッキュー!モキュキュ!」
「ん?何だ?朝市の屋台の食い物が食いたいって?お前さっき朝食食ったばかりじゃん」
「モキュキュ!!モッキュ!モキューーーーー!!」
「あ~。わかった、わかりました。買えばいいんだろ、買えば」
俺の肩に乗って嬉しそうに頬ずりしてくる姿は、先程まで怒って攻撃していた姿とは違いとても可愛い。
そんな公星の姿に癒されつつ数件の屋台を梯子する。
辛い物から甘い物、食べ物だけではなく見世物系の物まであり、まだ朝は始まったばかりなのに大勢の人が広場から道へと行きかっていた。
エルドラドの屋台も美味いものがたくさんあったが、やっぱり学園都市の屋台が俺にはしっくり来る。
まぁ、今世での俺の行った事のある都市ってこの二つだけなんだけどな。
「美味いな。俺は朝食まだ食ってなかったから丁度良かったが…本当にお前のその体の何処にその量が入るんだよ…」
「モキュ?」
知らないと言わんばかりに首を傾げる公星に、俺はこいつの胃袋自体が無限収納鞄と直結してるんじゃないのかと思った。
だってさ、こいつ年々酷くなるんだよ。昔は食うと言ってもこんなのじゃなかったのに。
特に甘いものが大好物だから気を付けないと延々と食べ続けてるしさ…
俺がブドウ糖不足を解消するために買い置きしていた飴ちゃんやラムネなんて、机の隠し空間に隠していても直ぐに見つけて食い尽くされてしまう始末だ。
だから買ったら直ぐに無限収納鞄に収納する癖が付いてしまった。
ポケットの中には常に飴ちゃんがにストックしてあるがな。
「つーかさ。さっきから屋台のおばちゃんおっちゃんがお前の姿見たら何故かおまけくれるんだけどさ…お前もさも当たり前のように飛びついて貰ってるが、もしかしてお前俺が授業受けてたり研究でひき篭もってたりしてる時、町に出て飯貰いまくってるんじゃねーのか?おっちゃん達が妙にお前に慣れてたし」
「………モキュ?」
「今の間は何だよ!?それに分り易く目をそらすんじゃねーよ!」
「ム…ムオギュー…」
数秒の間をおいて目をそらし惚ける公星の両頬をつまみ左右に伸ばす。
短い足をバタつかせて抵抗するが、全く効果は出ていない。
「おー、そうだ動かせぇ。そしてダイエットするのだぁ」
「…ムオギュギュギュー!」
そんな俺達のやり取りを生暖かく見ている人達の中に数名、俺の事を眼を見開き見てくる者がいたのに首を傾げつつ朝の日差しを受け歩いていった。
「ただいま」
「「「おかえり」」」
商会事務所に入るとヤンとルピシーとユーリ以外のメンバーが揃っており、皆俺に心配と労わりの言葉をかけつつお茶を進め、俺はくちくなった腹に追い討ちでお茶を啜った。
ヤンはヴァン君とカレー店の開店準備で外へ、ルピシーも相変わらずの様子らしい。
「あの後の俺が倒れてからの情報は?」
「大聖堂でオルブライト司教様に聞かなかったのかい?」
「全然。あのおっさんから出て来た話って言えば…」
そこまで言いかけて、俺は助祭に叙階された事を話そうかどうか迷ったが結局口にはしなかった。
話してもどうしようもないと思ったからだ。
「まぁ、良いや。で、まずロゼは今どうしてる?」
俺がロゼの事を聞くと、ゴンドリアとフェディが眉間に皺を寄せ渋い顔で話し出した。
「あの子、今回の事がかなりショックのようで寝込んでるわ」
「仲の良かった友達だったらしいから仕方が無いと思う、うん」
「セボリーが倒れて直ぐにロゼも気絶したのよ。翌日には目が覚めたんだけど、ショックでご飯も食べられない状態で…他の友達とユーリが面倒見てくれてるからまだ大丈夫だとは思うんだけどね。本当はあたしが行って色々世話やいてやりたいんだけど、あたしじゃ長時間女子寮には入れないからもどかしいわね」
「うん。恐らく後見人のオルブライト司教様からエルストライエ侯爵夫妻に連絡が行ってると思うから心配はいらないとは思うけど、うん」
案の定ロゼは寝込んでいるか…まぁ、そりゃあショックだろう。
心配しながら探していた友達との再会が最悪の結果で終わって、あんな変わり果てた姿で対面したんだ…誰だって寝込むだろうさ。
試しの迷宮に潜っててスプラッタに慣れてきた俺でもあの光景は厳しかったのだからな、いくら他国で育って荒波に揉まれていようともきつい事には変わりない。
しかも、あの穢魂霊の圧に当てられて肉体と精神が削られたのだろう。
今は気が済むまで寝込まして置くほうが良いのかもしれない。
「シエル、お前も体大丈夫か?」
「大丈夫だよ。流石にあの日は疲れ果てて直ぐ寝たけどね。起きたら回復していたよ」
「そうか、良かった。で、今回の事件の情報はどうなってるんだ?」
「まだ表に出るのは先だと思うよ。もしかしたら握りつぶす可能性も無きにしも非ずだしね」
「こんなに大きな事になってるのに握りつぶせるのか?」
「迷宮内のだからね。問題が起きた管理している国も、潜る僕達も皆それを承知で潜ってるんだよ。それだけの価値がこの迷宮にはあるってことだよね。迷宮内で起こった事は余ほどの事がない限り管理してる国が動かないからね。今回の件は穢魂石があったからほんの少しだけ国が動いたっていう珍しい事件って訳」
そうなのだ。
迷宮内で起こった事は殆ど自己責任なのだ。だから例え死んでしまっても保証など一切無い。
今回犠牲になった人達も身元が分っただけ良いと言うしかないのだ。
何故なら遺骨は母国の親元へと返されることになるから…
あの職員が隠したであろう犠牲者など迷宮冒険者認定資格を取っていなかったらしく、未だに身元さえ分かっていないらしい。
あのカードは軍隊のドッグタグのように、こういう時のために作られたものなんだろうなと改めて思う。
そして、今回の件に関しての俺の行動を俺自身かなり反省している。
ぶっちゃけ一人で突っ走り過ぎた。まさに独りよがりとしか言いようが無い。
俺一人の感情で周りを巻き込んで迷惑を掛け、心配もさせてしまった。
今度件で心配させた人にお礼周りしなきゃ…
あのおっさんは除くがな。
その数日後無事に迷宮事務所が再開し、試しの迷宮の閉鎖も解禁になった。
そしてシエルの言うとおり、事件の事は何の発表も無く有耶無耶で終わらせられた。
解禁後も前と同じ大変な盛況ぶりであり、事件の事など微塵にも感じさせない程である。
俺としてはなんともすっきりしない事件解決だが、迷宮冒険者達にとってはそんな事はどうでも良いのであろう。
彼等の迷宮に潜る目的の多くは一攫千金と名声なのだから。
今日も学園都市では活気のある人の流れと笑い声が溢れ、迷宮では荒くれ者達が夢を追いかけ戦っている。
この何千年も前から繰り返し続く歴史の流れ中では、今回の事件など取るに足らない事なのだろう。
人の行きかう街を歩きながらそう思い自分のちっぽけな存在に溜息を流したが、その溜息もやがて空の青さと街の喧騒の中で人知れず消えていった。
「だから俺のポケットの飴ちゃん勝手に食うんじゃねーよぉおおお!!!」
「モッキューーーー!!!」
四章終わり。
皆様、このような稚拙な文章読んでくださって真にありがとうございます。
現在感想返しをしておりませんが、全て拝見させて頂いております。
厳しいお言葉から暖かい励ましの言葉全てが私の糧になっております。
不出来な物語ではありますが、暇がある時に読んでやってください。