第九十話 囚われた魂(2017.12.11修正)
それから一日経ち、朝早くから試しの迷宮に訪れてみるとラングニール先生が迷宮の入り口の前に立っていた。
俺がロゼの友達の話をすると、やはりラングニール先生も知らないようで首をかしげ、更にはシルヴィエンノープルから来た調査隊について驚く事を聞いた。
「調査隊と言っても迷宮にどんな変化が起きているかの調査をしているだけだ。だから行方不明者の探索はしないぞ」
「え?」
俺が今潜っている調査隊たちに混じって捜索保護できないかと聞くと、他国人が迷宮に潜る時は自己責任だからと捜索も保護もしない。
分ってはいたが冷たいと改めて思ってしまう。
やるせない気持ちを隠しながらその日は素直に商会の事務所へと戻った。
その2日後、調査隊が試しの迷宮の調査を終えて出てきたとの情報を聞いた。
俺はルピシーにロゼにそのことを伝えて欲しいと言うと、試しの迷宮へと足を急がせた。
試しの迷宮に到着する前に迷宮事務所を通り過ぎようとすると、たくさんの兵士達が迷宮事務所を囲っている。
何事かと近づいてみると…前に俺を呼び出した迷宮事務所の女性職員が、兵士達に拘束されながら歩いてくるのが見えた。
前に見た時とは顔の表情や雰囲気が全く違うが、あれは確かにあの人だと思う。
両腕を兵士達に拘束されながら必死に抵抗している姿は、見ている俺にもわかるほど鬼気迫っていた。
「はなせ!はなセェエエエ!!」
「おい、暴れるな。お前は書類偽造罪と殺人ほう助罪、国家転覆罪の疑いで拘束されているんだ。もし無実だと確信しているのなら大人しくしていろ」
「ハナセェエエ!彼が助けて出してくれるわ!そして一緒に幸せになるんだ!そのために私は!ワタシハァア!!アァアアァアアアアーーーーーー!!!」
女性職員は必死の形相でそう叫びながら兵士達に小型の魔車に詰め込まれ、何処かへと走り去っていった。
「これでひと段落は着いたな」
「それであの犯人の冒険者はどうなったんだ?」
「実行犯の数人は逃げたらしい。どうもマジックアイテムを持っていたらしくてな」
「あの女まんまと騙されて嵌められたわけか?」
「まだ詳しくは分らないがな」
「コラ!貴様等!こんな所で駄弁るな!!」
「「申し訳ございません!!!」」
迷宮事務所を囲い、女性職員が移送されていく姿を見ながら話をしていた兵士達が上官らしき人に怒鳴られていた。
まだ良くは分らないが犯人はやはり冒険者だったのか…やるせないな…
なんとも言えない感情が俺の胸の中に渦巻いた。
それからその感情を押し込め、直ぐに試しの迷宮の入り口へと向かうと、既にルピシーとロゼ、ゴンドリア達が入り口の前に集まっていた。
入り口前には迷宮事務所と同じく兵士達が道を塞いでいる。
その中に見知った顔の男性、ラングニール先生がいた。
「ラングニール先生!!」
「…ああ、お前等か」
俺が先生の名前を呼ぶとラングニール先生も俺達に気付き、俺達のほうへと気だるそうに歩いてきた。
「今どんな状況なんですか?」
「詳しくは言えん。だが数日内には試しの迷宮が閉鎖が解かれる事は間違いない」
「と、言う事は解決したんですか?」
「すまんな。今の状況じゃ何も言えん」
そう話している内に試しの迷宮の入り口から担架のようなものを持った兵士達が出てきた。
ラングニール先生はそれを見て苦虫を噛み潰したような顔をしている。
担架に乗せられているものは布で覆われていて何か分らない。
しかし、俺の目にはその布の上の空間におぞましいモノが見えてしまった。
《ゥア……アア…タ…スケ…》
茶色い髪をした二人の人間が血まみれの状態で苦しがっている。
そして、まるで何か電子音を通して発せられているような音が俺の耳に聞こえてきた。
布の下から生えたように見える黒い鎖のようなもので体全体が拘束され、まるで希望の光でも求めるかのような形相で泣いている。
多分のた打ち回って苦しみを軽減させたいのであろうが、鎖のようなもので邪魔され身動きが制限されているようだ。
見ているこちら側が何か嫌なものに囚われそうになる焦燥感に苛まれながら、必死で消えそうなほど小さな声を絞り出した。
そうしないと俺自身が消えてしまいそうだ。と、そう思ったのだ。
「あ…あれは…」
急に体の水分が奪われたように喉が渇き、頭と胸が痛くなってくる。
今すぐにでも倒れてしまいたいと思える程の嘔吐感を押さえ込み腹に力を入れた。
「…やっぱりお前には見えるんだな…あれは人の魂だ」
顔を真っ青にした俺に、ラングニール先生があれの正体を口にした。
「…人の…魂…」
「そうだ。外法魔術に手を出し魂が汚れた奴等や、穢魂石に汚された者に手をかけられて死ぬと、死んでも魂が苦しめられる。自由になる事も出来ず、消える事も出来ず、ずっと苦痛を味うんだ。あれは穢魂霊、または囚魂と言ってな。肉体から離れることも出来ず、肉体が朽ち果ててもこの世を彷徨いながら苦しみ続ける。昔聖帝国で死刑判決以上の犯行だと裁かれた者が受ける最高刑、今は余りにも残酷すぎると言う理由で禁止された処刑方法の一つがこれだ。そしてこれが禁止になった理由のもう一つが」
「う…」
「ロゼ!シエル!」
いきなりロゼとシエルが苦しそうに蹲った。
二人を心配するように仲間達が背中をさする。
「禁止になったもう一つの理由が貴重な精霊の愛し子や、精霊を感じる事を出来る者がアレを見て連鎖して心を病み死んでしまうからだ」
ラングニール先生がまるで能面のような顔で、そう呟いた。
「魂を強く持て。多少なりとも精霊を感じることが出来る奴はアレに引き摺られるぞ。体の中心に魔力を集めるか、魔力を体全体の周りに纏わせるようにしろ」
俺はそれを聞き腹に力を入れるのをやめて体に幕を張るように魔力を出す。
先程よりもいくらかは頭痛と嘔吐感が楽になり、少し余裕が出来た。
シエルも何とか体に魔力を張り付け、辛い表情をしながらも顔を上に上げる。
しかしロゼはまだ魔力の操作が苦手らしく、ヒューヒューと言う息の音を立てながら手を地面につけた。
「モキュー!」
ヴヴヴン
このままでは危ないと思いロゼを連れてこの場を離れようとした瞬間、公星が俺の肩から離れロゼの頭上まで浮かんでいく。
そして一鳴きするとロゼを中心に結界のようなものを作り出した。
ロゼは自分の周りに結界が展開されると、まだ辛そうだがゆっくりと顔を上げて担架にのっているモノをみつめた。
「ロゼ大丈夫か!?」
「…は…い…なんとか…」
「無理はしちゃ駄目よ」
「ロゼさん、座ったほうが良いですよ。楽にしてください」
「シエルも大丈夫か?お前も座ったほうが良い」
「水持ってるけど飲む?うん?」
「ありがとう。大分楽になったよ」
仲間達がシエルとロゼに甲斐甲斐しく世話をしだした。
どうやら俺はあの二人よりも平気だと思ったのかスルーされているが…
「公星ありがとな」
「モッキュ」
俺が公星にお礼を言うと、公星が短い手を前に突き出して上下運動をしてくる。
「褒美のおやつ要求すんな!」
「モッキュー!!」
仕方ないと無限収納鞄からクッキーを取り出し公星に与えると、公星は嬉しそうにクッキーを貪り食った。
こいつは良くこんな状況で食うことが出来るな、こいつにもあれが見えているはずなのに…
いや、今はこいつより目の前のことだ。
「も…しかし…て、あ、あれは…あぁ…そんな…」
そんな公星を無視しロゼを見ると、まだ青い顔をしているロゼは担架の上のモノをじっと見つめ…
「アーニャ…アエジ…」
「まさか!」
苦痛の表情を浮かべながらロゼは…
「と…友達…で…す」
そう言って血色の消えた頬に涙を流した。