第八十八話 悔しさと情けなさ(2017.12.7修正)
「帝軍ですって!?聖帝国軍は基本的にはこの学園都市にはノータッチのはずでしょ?」
「アルゲア教が国に依頼したらしいんだ。帝軍と言っても調査隊らしい。でも帝軍には変わりないからね」
「え?学園都市にいる迷宮の警備の人たちって帝軍の人じゃなかったのか?」
俺は何で皆が驚いているかわからなかったが、みんなが説明してくれて納得した。
この学園都市は前に話したように教団と国の共同管轄であり、迷宮は国が管理を行っている。
しかし、警備としての人員は軍の人員削減の一貫か何かで教団に一任されているらしく、アルゲア教団が依頼を出さない限り余ほどの事では帝軍は動かないのだそうだ。
それを聞いて俺はある人の顔がよぎった。
「……ゼクシオン卿か?」
「ゼクシオン卿?誰よそれ?」
「アウディオーソ伯爵の兄上のゼクシオン・アウディオーソ准伯爵だ。この前副院長のところに行った時に副院長と話し合ってた。なんでも儀式魔法の専門家らしいんだが、もしかしたらゼクシオン卿と教団が連名で嘆願を出したのかもな」
その時、商会事務所のポストに何かが落とされた音がした。
俺は公星に頼んでそれを取ってきてもらう。
「公星、ありがとう。ほれ、駄賃だ」
「モッキュー!」
「あ~俺宛だわ」
「誰から?」
俺が差し出したオイルシードを俺の膝の上で一心不乱に剥いて食べている姿に癒されるつつ、公星から受け取った手紙の差出人を見てみると副院長からであった。
沈んだ気持ちがより沈んだ気がした。
「副院長からだ………え~っと。はぁ!?」
「副院長は何だって?」
「明日から試しの迷宮を一時閉鎖するらしい。帝軍の調査隊が入って安全確認をするまで潜る事は禁止するとかかれてる。それとこの件に関して俺が副院長に聞きに行くのも禁止するってさ…」
「うん。なんだろうこの今更感、うん」
「まさか国もここまで問題が大きくなるとは思ってなかったんじゃないか?」
「初動が遅すぎない?あたしが国の中枢だったら即やってるわよ?」
「………もしかしたらワザとかもしれないね」
「ワザと…ですか?」
額に手を当て、もう片方の手でティーカップを持っているシエルが何かを考えるように上を向いている。
その顔は何か苦渋の決断をした時の顔をしていた。
「この前セボリーが話してたけど前からこんな事件が数件起きてたんでしょ?」
「ああ、そういえばゼクシオン卿のことは言わなかったがそれは伝えたな」
「ワザと放置して大きくした後で膿みを出すつもりなんじゃないかな?迷宮事務所の職員も関わってた節もあるんでしょ?」
「つまり関わってる内通者と敵国を同時に潰すって言うのか?」
「もしかしたら内通者や首謀者は聖帝国籍や敵国の人じゃなくて聖帝国内の奴隷の可能性もあるけどね」
シエルによると、昔から他国が聖帝国にちょっかいを仕掛けている時は大抵聖帝国籍の者が繋がっている事が多いらしく、聖帝国は味方にはとことん甘いが、裏切り者の内通者と他国人には厳しいので一緒に処理してしまえ的な事を昔からやって来たのだと言う。
「被害者の冒険者が聖帝国籍じゃなかったしね。様子見でもしてたのかな?残酷なようだけどこの国って他国にはほぼ気を使わないからね。それに元々外国籍の人間がこの国に来る事すら余り歓迎していない気風があるし、入国だってそれなりの審査が必要だ。まぁ知っての通り孤児には優しいけどね。だから基本的に好き好んでこの国に入ってくるんだからそれなりの覚悟はして置けってことだよ」
「帝軍が動くと言う事はあらかた犯人を特定しているのかもね、うん」
「俺のあの必死の努力は何だったの?いつもは毎日潜らない試しの迷宮に潜って調べものをしてたのに…」
「ん~……敵を騙すなら味方から的なかんじ?」
「悔しい……いや、やりきれない。いくら他国人とはいえ人を生贄みたいに…」
「そう言った優しい所がセボリーの良い所かもしれんが、私も小よりも大を選ぶな。生贄と言うわけではないが、国を存続していく事は生易しい事は言ってられない。多少の犠牲は必要だ。それがいくら自国の民でもな。それにそれが許されるほどに聖帝国の力は絶大だ」
そう言ってヤンは困った顔をしながら悔しくて俯いている俺の肩に手を乗せた。
分ってはいる。だが割り切れないのだ。
ヤンは将来自分の母国を背負わなくてはいけない地位にいる。
だから甘えや贔屓、そして同情から感情を動かしてはいけない事も分っている。
それでも俺はヤンのようには割り切ることが出来ない…
握った拳の手の平が白くなるほどの悔しさと熱くなる目頭に、体だけではなく心も痛みを伴った。
「モキュキュー」
「もうおやつの追加は無いぞ」
「モキュー…」
しょぼくれる公星の下顎を撫でつつ俺は溜息を吐いた。
その翌日、手紙の通り試しの迷宮は封鎖され帝軍関係者以外は入れないようになっていた。
封鎖されている現場を苦々しく見ていると、一人知っている顔をした人物が立っていた。
これは声をかけなくてはいけないとその人へと歩み寄る。
「こんな場所でどうしたんですか?ラングニール先生」
「ああ、セボリーか。おはようさん。帝軍が来てるから借り出されたんだよ。お前みたいな聞かん坊が入るといけないからな」
「否定はしませんけど、どうしてまたラングニール先生が?」
「形だけでも否定はしろよ。俺は元々教団出身なんだが一時期帝軍に籍を置いていたんだ。で、また教団へ戻ってきたんだよ。その関係で何かと潰しが利くからこうやってこき使われているって訳だ」
「あ~そういえばエルドラド大公が帝軍時代の部下とか言ってましたもんね」
「その名を出すな、嫌は思い出が溢れ出てくる。特にあのおっさんとのコンビは最悪…更にあの人を入れたトリオは極悪だった…」
「トリオ?あんな厄介なのがまだもう一人居るんですか?副院長と大公なにやらかしてたのやら…」
「ああ…」
「モッキュー!」
「お、コーセーか。久しぶりだな。ほれ、餌だ」
「モッキュキュキュー!」
「ラングニール先生勝手に餌付けしないでください!それにお前もさも当たり前のように食うな!」
「モッキュキュー!!」
浮き上がりラングニール先生の頭の上に降りた公星は、その場所で貰った餌をゆっくりと食べ始めた。
「ハァ…」
「おい、溜息付くな。幸せが逃げるぞ」
「考え方が古いですよ。どうせ出るのは空気だけなんですから。そのうち成長した娘さんにパパマジでダサ~い、くさ~い、うざ~い。とか言われている光景がこの目に…」
「嫌な事言うな!!それになんだその気の抜けた喋り方は!?ロベルトかお前は!つーかこいつ地味に重いんだが、首が凝りそうだ」
「公星の体重は年々増加の一途を辿ってますからね。それもこれも無断で餌をあげる人がいるからです。全く、後先考えない人がいるから周りが苦労するんですよ…」
「お前は野良に餌を上げるおばちゃんを説教する町内会長か」
「まぁ、それであの二人がどうしたんですか?」
「ハァ…急に話題を変えるのはお前の専売特許だな」
「溜息ばかりしてると幸せどころか妻子が逃げますよ」
「だから嫌な事言うなよ!!」
ラングニール先生が言うには、副院長とエルドラド大公は聖職者になりたてのラングニール先生を帝軍に引きずりこみ、色々な悪さに巻き込んだらしい。
その悪さがどんな悪さなのかはラングニール先生が口を割らなかったため分らないが、どうせ碌でも無い事だろう。
副院長は元よりエルドラド大公も好々爺に見えてぶっ飛んだ人だからな。
ついでにもう一人の人の事は相当トラウマなのか頑なに首を振って話す事を拒否された。
「で、それはそうと犯人は特定できたんですか?」
ラングニール先生の纏う空気が変わった。
「お前、何処まで知ってる」
精霊を感じる時とはまた違う痛いほどのピリピリ感が俺の全身を襲う。
「ワザと犯人や内通者を泳がせた後頂きますって事くらいです」
「エルトウェリオン公子からの入れ知恵か?」
「良く分りましたね」
痛いほどの威圧感が無くなり全身の力が抜ける。
「お前の交友関係でそう言った事を熟知していて、尚且つお前に言いそうなのはエルトウェリオン公子しかいないからな」
「アライアス公爵家次男のウィルブラインさんかもしれませんよ」
「いや、それは無い。あの人は軽い性格に見せようとしているが、根っこの部分は完全なる貴族だ。いくらお前のことを気に入っているとしても解決するまでは口を噤むだろう。自分の口が原因で国が計画している事が壊れたら家の責任問題に発展するからな。エルトウェリオン公子はそれを理解しつつ、お前が納得しないと思ったから教えてくれたんだろう。大事にして置けよ」
「それは勿論」
と言うか、何で俺の交友関係を知ってるんだよこの人。
「シエルは最初から分っていたんですかね?」
「それは俺にはわからん。だが、お前のことを思った結果がそれだったんだろう」
それを思うと、俺は胸の中にシエルに申し訳ない気持ちと感謝の気持ちが同時に混ざり合い情けない気持ちにさせられた。
そして帰ったらシエルにお礼を言っておこうと決めるのであった。
それから帝軍の調査隊が入ってから2日後、最近会っていなかったロゼが商会事務所へと物凄い剣幕で走りこんできた。
「大変です!お願いします!助けてください!!」