頬を撫でる風
「ライム君、寝てる……よね?」
中に人が寝ていると言う事も考慮して、ボクはそっと扉を開けて中へと入った。派手に開けて起きてもらっては困る体。体は休みたがっているだろうし、起こしちゃったらたぶんまたはしゃぎそう。休ませなきゃいけないと言う事で部屋の奥に行くまでも足音をあまり立てずにゆっくりと入った。
中まで入って行くと、風がボクの頬を撫でる。
(あれ? 部屋の窓、開いて無かったはずなんだけど……)
ボクはそう思い、ベッドが見える場所まで来たその時。
「ォォォォォッ!!」
「!?」
とっさに後ろに回避。目の前を黒くて大きい魔物が通り抜けた。
その後を目線で追うと、壁で見えなくなり、ボクはすぐに前に出るのは危険と判断して後ろに下がった。
だけど、姿を見ずとも何が来たかぐらいはすぐにわかった。
「これ、まさか雷鳴の峪に居た魔物!? 何で!?」
理由は分からずとも、ここで倒さなければ危ないと感じたボクはすぐさまルナとシラを展開。ツキは万が一のためには展開はしなかった。
黒い魔物がのっそのっそと部屋と扉を繋ぐ一本道の前へと進んでくると、その足を少し曲げた。
中身はバッタだと聞いた。なら、あれは跳ぶ前兆なのだろう。
ボクは鞘を左手で持ち、柄をしっかりと右手で持つ。一撃で倒すために魔力をその鞘と刀にしっかりと込める。
「ォォォッ!」
黒い魔物が跳び出したと同時、ボクはその鞘を抜き放つ。
「〈一刀両断〉!」
ギャリッという堅い感触を味わいながら、ボクはその突進を回避してすれ違いざまに一刀を入れた。真っ直ぐ直線に飛んで向かってくるだけなのにその速度に合わせるのが難しく、当てた時に腕を持って行かれるかと思うほどだったが、何とか斬り裂いた。
「ゥゥゥォォォッッ!!」
悲鳴のような声を聞き、ボクは振り向くと、そこでは黒い魔物が倒れ込んでいた。ボクに斬られた所が大きく裂け、しかし両断までは行かなかった。オリハルコンを切ろうとした時ほど魔力は入れてはいないがそれだけ堅い事がうかがえる。
「堅い……。なら……〈二の太刀 雪麗〉!」
ボクはすぐさま近づくと、その刀を何度も同じ場所に斬りつける。何の抵抗もしないのかと思った瞬間、黒い部分から触手のような攻撃が仕掛けられたのを感じて、避けながら刀でカウンター気味に斬り裂く。
それから、今度は刀を両手で持ち、十分に斬れ込みを入れた場所に向かって突き刺した。
「ォォォォォ!! ォォォ……」
ズンッと音を響かせて頭を倒すバッタ。黒い魔物もそれで息絶えたのか、その場にゆっくりと溶けていった。
確かに、最後に残ったのは緑色の、みんなのよく知るバッタだ。だけど大きさがケタ違いだ。
「これだけ大きいと、返って気持ち悪いかも……」
そんなことを思いながらも、ハッとしてすぐさま部屋の中へと走った。
ボクのベッドを見ると、そこではライムが安定した呼吸をしながら寝ていたのだ。
「よかった……」
心の底から安堵し、ボクはルナを納めて近づいた。
あんなバッタがいて、ライムが心配だったのだ。どうしてこんな場所にあんな眷族が来るのかと思ったのもそうだが、それと一緒にライムが目を覚ましてしまっているかどうかも心配だった。
しかし、あれだけの音がしながら寝ていると言うのは、相当疲れが溜まっていたのだろう。ボクはライムの頭を撫でながら、窓を見る。
そこでは丸い、大きな穴が開けてあり、窓を突き破った形跡が見られる。おかしい。こんなにも近づいたならば、セルスが何か言うはずなのだ。彼はいつでも何処に居ても見る事が可能なのだから。
もしかして、見る事が出来ない物もあるのだろうか。
と、その時、この部屋の扉が勢いよく開けられた。
「リクちゃん、大丈夫……みたいね」
声からするとユミだ。ここからだと死角なのでわからない。
「一応、ライム君も寝ていますよ」
「ありがと。でも、こいつどこから……」
「窓からです。窓に割れた後が」
ボクがそこまで言うと、ユミが奥まで入って来た。
それを見たボクは真っ直ぐ、窓の所を指差した。
「これ、か……。丸い形。なんだかこれ、丸く切り抜かれたような切り方されてるね」
「でも、窓の破片は散らかってますよ?」
その窓の近くには、窓の丸い部分の破片がバラバラになって散らかっている。踏むとガラスを踏む危険性がかなりある。そのため、ユミは少し魔法で浮いて作業をしている。
「姫さん。こいつはどうする?」
扉の方で柾雪の声がする。一緒についてきたのだろう。
「必要ないから外見データ取って燃やして処分」
「了解」
「え? 何も、必要が無いんですか?」
ボクは少し驚く。あのバッタから、何か情報を得ようとするのかと思ったら、そうではなかったからだ。
「相手の国も、敵の名前も知ってるのに他にどんな情報を知ろうっていうのよ。力なら戦ってわかる。他にあのバッタからデータなんて取れようも無いよ」
「そ、それもそうですね」
それだけわかっていれば、特に何も要らないと言うことなのだろう。
バッタは喋れないのだし、すでに死骸のバッタを残しておいたらむしろ臭くてかなわないだろう。
「防弾ガラス。もっと強くした方が良いかな」
「それ、防弾ガラスだったんですか……?」
「そうだよ。結構強い奴だから、こんなふうには割れないと思うんだけど……」
割れない。なら、誰かが丸く斬った?
そんな考えがよぎったが、どうせ違うだろうと考えてボクは首を振った。
「さて、それじゃあお昼の時間までこの窓の修理と強化を行っておきましょうか」
「頑張ってください、ユミさん」
「……少しも手伝おうとせんのかね」
ユミがジト目で見てくるも、ボクは苦笑しながら指を差した。
「?」
その場所を見ると、そこではライムが横に座るボクの袖をしっかりとまた握っているのだ。少し離そうとしてもむしろ引き込まれる。
そんな様子を見てか、ユミがくすっと笑った。
「ちょ、笑わなくても良いじゃないですか!」
「しー」
人差し指を口元に当てて、ニヤニヤしながらボクを見ていた。
一体何がそんなにおかしいと言うのか。
「しょうがない。その子の隣でリクちゃんも横になって休んでれば?」
「え?」
「そんな態勢だと、返って疲れるでしょ」
ユミが近寄ってくると、ほらほらとボクをライムと一緒の布団の中へと押し込んだ。
そうすると、ライムがボクの袖から手を離し、今度は胸元の部分の服を掴んで離そうとしなかった。
「あ、えっと……これ、もっと離れなくなったんですけど……」
「いいじゃない、いいじゃない。リクちゃんも一緒に寝ちゃえば?」
何でそう簡単に言うのだろうこの人は。
特に疲れてもいないのだが……まぁ仕方ないと、ボクはライムの背中に腕を回しながら、少しだけ目を瞑った。
そうすると、一気に強烈な眠気が襲ってきた。
まさか……と思ったのもつかの間、ボクはすぐに眠ってしまった。
「〈スリープ〉。なんちゃって♪ きゃー♪ この絵取っときたい~♪」
ボクが眠ったその後では、ユミがしっかりと魔法を発動をしていた。
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