底
視点、リクちゃんです。
「う……うぅ……」
暗い……。ここ……どこ……?
崖から落ちた事は覚えている。だけど、それからは覚えていない。途中で雷の直撃を受けたような気がするけど、記憶が曖昧だ。混乱している。
ボクは、一体どうしたのだろう。もしかして、死んじゃった?
そう言えば、静かだ。ここは確か、『雷鳴の峪』だから雷が常時鳴り響いているはずだが。
手を握る。すると冷たい黒い土を抉った。
震える体を起こしながら辺りを確認が、全てが真っ暗闇なので何があるのかさっぱり分からない。
「と……〈灯火〉」
ぽぅ……と優しい音がしながら炎が付き、辺りを照らし始めた。光と違って、炎はあまり明るくならないと思いながらも先程よりはよく見えると思った。
すると、この場所には岩などはいくつか確認する事が出来た。光系統の魔法ならもっとたくさんの岩を確認する事が出来るだろう。
そしてもう一つだが、石は確認する事が出来なかった。今ボクが手をついている所はただの土。と言うよりも、粘土に近いほどに細かい物であった。
そして手をついている場所から汚い丸の範囲で粘土を濡らしているのは大量の血だった。黒い土によって鮮血では無く黒い汚れた血だ。よく見えなかったし、それどころでは無いから吐くことはなかった。
そしてそれは、たぶんボクの血だ。
(よく……生きてた……ね、ボク……)
普通致命傷ではないだろうかと思うほどの量に驚きながら何処から出ているかすらわからない傷口からまだまだ出てくる。
案外底が浅かったのか? そんなことは無い。明かりを照らしても上は見る事ができなくて、深い闇が包んでいた。
それならば無意識に魔法を放つ事が出来たか? いや、意識が無い時点で魔法など放つ事は不可能だ。
後考えられる事があるとすれば、誰かに助けられたと言うことだ。
しかし、ライナは好き好んでこんな場所に人など来ないと言う。
先程見回した時に魔力粒子の残留など無かったし、人が来たと言う証拠は無い。
(とにかく……移動しなきゃ……)
そう思って立とうとするも、力が入らずに立つ事が出来ない。仕方なしと、ボクは近くにある岩を背もたれ代わりにしようと、少しずつ、少しずつ這いずりながら到達できた。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ、く……。はぁ……はぁ……」
まずい。意識が朦朧としてくる。このままだと本当に死んでしまう。
確か……ソウナが魔法を発動する時の魔力の動き方は……。
「はぁ……はぁ……治癒の……〈治癒の……光〉……」
光が放たれ、ボクの出ているだろう傷口や内出血などを全て塞ぎ、これで出血多量で死ぬ事を免れる。
初めにこうしておくべきだった。そんな考えすら思いつかなかった所を見ると、ボクは相当混乱している。
(ルナ……シラ……)
頭で呼びかける。だが二人とも頭の中で返事をする事なく静かなままだ。
(サオ……ツツ……ソメ……)
ダメだ、どれだけ呼びかけても返事をしてくれない。
まさか、さっきの魔物の仕業?
そう言えば、相当な速度で突進を受けたはずなのにその時は苦しさどころか痛みすら感じなかった。体にボクの魔力でない虹色の粒子が纏わりついている。そうか。あの場所にあった魔力粒子は、あの魔物の物だったんだ……。
せめて、ルナがいれば解除出来るのに……っ。
そのルナが封印されているんだが。
(誰も……いないなんて……)
ボクはとにかく、魔力が練れるかどうか手に集める。自分の魔力がその右手に集まる。大丈夫なようだ。先程魔法使えたから特に調べる事も無かったが、心配だったのだ。
(そう言えば……ここ、底なんだよね……。キリさん、いないかな……)
そう思ったボクは膝に手をついて何とか立つ。立つ際に倒れそうになって岩に体を預けてしまったが。
その時、カランとポケットから何かが落ちた。
「あ……」
それは小さくて、丸い輪っか、そして楕円の赤い宝石が嵌められている――指輪。
性転換する指輪だ。今は行けていない為に男の姿だが、これを嵌めれば女になるボクにとって忌まわしい指輪。
…………。確か、ヒスティマでは性別を魔法で変えたりすると全て治るって話しだよね?
男の体が完全に治るまで、女となるか。欠片の男のプライドを守るか……。
(……だ、大丈夫。魔物と会ってないんだから、女にならなくても……)
そんなボクの願いはかなう事は無く。
「「「ガルルル」」」
狼が見える範囲で三匹、その奥にも何匹かいるのがわかる。
仕方ない。そう思いつつ、ボクは指輪を嵌める事にした。
体が変化し、男から女へとなる。その時、服が盛り上がって、胸が少しつっかえる。でも今はそれを気にしてる余裕は無い。今すぐにも狼が襲ってくるのだ。
体の痛みは無い。やはり、キリが言っていた通りだったみたいだ。
自分から女にならなければいけない日が来るとは思わなかったが、これは緊急事態。だからしょうがない。そう思ってボクは腰に手を伸ばす、が。
(そうか! 今はルナが使えない。まだ虹色の粒子が纏ってる!)
どうやら虹色の粒子はボクの体に関係は無く、ルナ達自身に関係がありそうだ。
ボクはすぐさまどうするか考え、手を握った。
「〈クリアブレード〉!」
「ガゥッ!」
一匹が襲ってきた所を真正面から斬り伏せ、二匹目は避けて前と後ろに両断。何匹も同時に襲ってきたのでボクは一度後ろに跳躍して狼が着地した所を狙って思いっきり跳躍。擦れ違いざまにまとめて一閃。
だが、また狼はいたのだ。
「多いッ」
また一匹。また一匹と襲ってくるもまた同時に襲ってくる事はしなかった。そのために時間がどうしても掛かってしまう。同時に襲ってきてくれれば良いのにッ。
まだこの透明な剣は一分、二分しか持たない。
数十匹目を斬り裂いてから残り何十秒かと不安になりながらボクはまた新たな狼を斬り伏せる。
自分の魔法をもっと種類を増やせればと思った時、そう言えばユミからいくつか覚えさせられている。
風は、ダメだ。壁を破壊する可能性がある。なら破壊する可能性の少ない魔法。
「〈ファイア〉!」
ユニゾンレイドを発動したら絶対に壊してしまう。だからボクは一段階の、魔力を抑えた魔法を発動した。
火がそこらを明るくさせながら燃やしていく。
だが――。
「嘘ッ!?」
その時見た狼の数。およそ五十以上。いや、それよりもっといるかもしれない!
その時、ボクが握る剣が震えた。
「ッ!」
限界時間だ。ボクは後ろに大きく跳躍して魔法を解除した。
そして、まるでそれを待っていたかのように狼が同時に飛びかかって来た。
魔力がたまらないッ!?
襲ってきた狼の数は半端ではない。逃げる場所が見当たらない。ルナがいればいくらでも発動できるのに。
ボクは襲ってきた狼たちを避けながら斬る事が出来ずに蹴ったり殴っするもそれがいつまでも続かずに何体かの牙がボクの体に突き刺さる。
「く、〈クリアブレード〉!」
ザンッ! 狼を斬り裂くと、また狼が遠くへと離れて一匹ずつ攻撃しに来た。
この狼……知能を持ってる!?
まさか、これが高位の魔物? いや、それにしては一撃で倒せるなんて思えない。
「誰か、統率してる魔物がいる?」
いつの間にか火が消えている。これではまったく見えない。ボクは急いで火をつけた。
「〈灯火〉」
それをたくさんの量を振り撒き、ここらを全て明るく照らす。
そして、目の前に襲ってきていた狼を斬ると、視線を巡らせて全ての狼を一巡する。
その時、狼たちの一番奥に居る一際大きい魔物がいた。
確かのそれは狼だ。だが背中に剣のような物が生えていて、その刃は中間ぐらいの背中から頭より先へと延びている。
あれが、おそらく統率魔物。だけど、その間に居る狼が多すぎる。
強化魔法を仕えていない今のボクではいけそうもない。特異魔法を使えば壁が崩れて埋もれてしまう可能性があるし、どうしたら――。
――埋もれる? 必ず? どんな特異魔法でも?
その時、とある人の魔法を思い出した。
そう言えば、悪魔と契約した時の特殊能力はたった一つだと聞いた。あの人は二つ使った。もしそれがありえ無くて、特異魔法であったなら?
ボクはそう考えた時、魔力を振り撒いた。
それはここからその狼の所まで繋がっている。
あいつが使った魔法。あれならこの狼の大群を相手にする事なく、且つ壁を壊せずにいける!
あれは、ユミの〈次元刀〉と少し似た魔力の放出の仕方だったのだから、使えないはずが無い!
「〈インフィニットゲード〉!」
同じ魔法は使えない。なら、竜田が使った〈浸透真〉に似た魔法を放てばいい!
ボクの視界の中の景色が変わった。
その手に握った剣を振りかぶり、目の前に居るハズの剣付きの狼に向かって振り下ろした。
――パキンッ。
「っ!?」
ボクが振り下ろした剣が接触の直前、魔力が揺らいで一分と立っていた事を知り、それと同時に狼の剣と接触。割れて粉々となった。
そして、狼がそれに気がついて剣を突き出して突進を開始。
その間は十センチと無く、零となった――ザシュッ。
「い……っ!」
寸前で体を捻った結果。剣がボクの左肩を斬り裂いた程度で済み、ボクは急いで距離をとった。
その所為で辺りに居た狼たちがボスを守るべく一斉に飛びかかって来たので、やむなく更に後退する事となった。
そして、狼たちが先程のボクの魔法の対策だろう。ボスの周りに屯うようになってしまった。
「狼の癖に、知能が高いんだね……」
その所為で二度と同じ魔法が使えなくなってしまった。
「こんな時、ルナやツキがいてくれたら――」
さっきの時に必ず倒せていたかもしれないのに。そう言おうとした時だった。
左の腰では無く、右の腰に違和感。
まるで何かを持っているかのような感覚を覚えて、視線をやった。
するとそこには……。
「え……? 〝セレネ〟……ツキ!?」
『は~い♪ 月の女神のツキちゃんだよ~♪ ……って、何であたしこんな所に居るの!? ってかノリでツキって言っちゃったけどあたしの名前?』
元気な声が、頭の中で響いた。
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