微力の力
視点はキリです
「はぁ、はぁ、クソッ」
両腕が千切れそうなほど重い。
魔力が使えないとここまで息が上がるのが早いとは思わなかった。
武装型で、昔からいろんな奴にケンカ売って来たので体力はある方だと踏んでいたが……。
「もう終わりか?」
「まだに決まってんだろッ! 〈雷じ――」
魔法を使おうとした瞬間、クラッと視界が揺らいだ。
(クソッ。魔力が低くなったせいかッ)
それでも少しは体に魔力が通ったせいで息切れが治まり、地面を蹴る。
それを見たレインは。
「魔法使おうとしたって俺が無効化するから意味無いっての!」
体を捻って振り上げた拳から逃れ、足でレインの脇腹を狙った。
足がレインの脇腹に直撃。
だが、ピクリとも微動だにしなかった。
「――ッ」
「これで終わりにするか」
動揺する俺の腕を掴んだ瞬間、体中に微量ながら巡る魔力が完全に無力化された。体から一気に体中の力が抜ける。
そこに、レインの膝が腹に命中。
「うぷっ」
「しまいだ!」
両の手をしっかりと握りしめ、浮かんだ俺の背中へと振り下ろした。
「が――ッ」
ズシンッ!
背中だけでなく、体中に走る衝撃に一瞬意識を飛ばされそうになる。
「さすがにもう立てな――」
「ぐ……そ……が……」
震える手を地面へとついてその場に立ち上がる俺。
「…………柾雪さんがキリの事をタフだと言っていた事の証明が出来たよ」
「…………レイン。雪美さんは嘘をつくような人じゃないよ? でも、合計四百キロ以上もある重さの拳を耐える人が居るなんて思わなかった」
二人が冷や汗を垂らす。
俺は左手の手甲のベルトを外し、手に握る部分だけ取りつけておく。
だがこれでは今の俺が振るうと明らかに飛んでしまうだろうと考えるが、それで良い。
「まだやるのか?」
「わかり……きった事言うな」
もう持ちあがらない両腕をだらりと下げながら俺はレインを見る。
やれやれと言った感じでレインはまた拳を構えなおす。
「今日はもうさんざん動いたろ? 残り一回だけな。後、お前タフすぎるから自分の武器使うわ」
レインが手甲を捨てる。
それを見た理菜が両手を出すと、ポンッと白いポシェットが現れた。
手袋をつけたレインがそのポシェットの中に手を入れると、中から銀の手甲と何やら取っ手のついた金属製の棒のような物をとりだした。
「ンだよそれ」
「トンファーだよ。知らない?」
手袋を外し、そして手甲をつけてトンファーを持つ。格闘技の様に構える姿がとてもよく似合っていた。
「れ、レイン! ファイト……っ //」
トンファーか。今まで以上にきつそうだな。
だが重い腕は早くはあがりそうにない。
地面を蹴る。
「ふん」
回ったトンファーが襲い掛かるのを俺は急停止して避け、フェイントを使い、拳を出す。
しかし、俺の拳をトンファーで跳ね上げ――。
「ラッシュ百連でも受けて立ってたらまた明日付き合ってやるよ!」
強烈な痛みが首、腕、肘裏、胸、腹、膝裏、足と連続して襲い、最後に顔面に両のトンファーの平面の先が突き刺さった。
もうほとんど意識も無く、何も考えられなかったが俺は……。
「こん……なん……で……」
「おいおい……マジかよ……」
顔面に突き刺さっているトンファーを右腕で左に払い、左手に持っている状態だって手甲をレインに投げた。
「うお!?」
とっさの判断で避けたレインは上半身を後ろへと逸らしたせいでその場から動けなくなり……。
「一発貰っとけ!!」
俺の本気の右の拳を体の前でクロスさせて防いだ。
内心舌打ちし、レインが拳を弾く。
トンファーが目前に迫る。
――ズゥゥゥンッ!!
「!?」
目前に迫っていたトンファーがいきなりズレて俺の頭の上をかすった。
何だよ、今の地震のようなもんはよ。一発ぐらい入れろってか。
だったら、望み通り入れてやるよ。
「〈雷剛拳〉!」
右の拳を握る。手とそれに触れている物に振れさえしなければ魔法は使える。
微力だが、俺はその微力の力を使って右の拳をすれ違いざまにレインの腹へと思いっきり入れた。
「ラァッ!」
「ごふっ」
レインの体が飛んでゴロゴロと転がってから倒れるような事はせずにすかさず立ち上がった。
初めて俺がレインの体を飛ばした事を知り、決して勝てない訳じゃないと考えるも。
足元がふらつき、そのまま床へと倒れた。
「やられた……まさかいきなりキリの床が下がるなんて……。どうなってんだ。…………?」
つんつん、と理菜がレインを突いて、その原因となる場所を指した。
「あれ……。ユミ様の〈次元刀〉じゃないかな……?」
「おいおい……マジかよ……」
(〈次元刀〉? そう言えば、初めてあいつと話した時もそんな魔法を使って……って、ヤベェ。意識が……)
レインと理菜が近寄ってくる気配を感じながら、俺は目を閉じた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
目を覚めたのは、客室の俺が夜に使っていたベッド。
――では無く、リクが使っていたベッドに横たわっていた。
(ヤベェ。寝ちまったか……)
なんだかいい匂いがする香りに目が覚めた俺は初めにレインの言葉を思い出していた。
ラッシュ百連をしても立って居られたら明日も付き合ってくれると言ったために、心配になる。
魔力は未だ解放したままのために少しずつ多くなっているだろうが、今はまだ分からない。
それにしても、雪美が言っていた事は本当だったんだな。
寝ることで魔力を解放したままでも魔力を回復できるって話。儀式とかしなくてももっと簡単な方法があったんじゃねぇか。
「い、つつ……」
上半身を起こし、被っていた布団をどかす。
その時風が起きて花の香りが俺の鼻孔をくすぐる。
「……あいつ、昨日は男の姿のままで寝たんだよな……。何でこんないい匂いがするんだ?」
「あ、あの……。そう言う事を真正面から言われると、どう反応していいのか分からないのですが……」
「り、リク!?」
一人しかこの部屋に居ないとすっかり思い込んでいたためにベッドの脇に座っているリクに気づかなかった。
髪の毛が床についているほど長くなっていて、服の上から小ぶりのサイズだとわかる盛り上がりがある。
完全に女の姿のリクだ。
男も女もあまり顔と体格と輪郭は変わらないがその部分でしか判断できないので困る。
「な、何でお前ここに……」
「えっと、ユミさんが地下三階の訓練室を壊してしまいまして……。自然に直るのは午後になりそうだからそれまで自由だって言われたんです。地下四階はともかく、地下二階は使えないって言われてキリさんが心配になって来たんです。まさか気絶していたなんて思いませんでしたけど……」
ぽつぽつと教えてくれたリクの話からすると、どうやら自分はレインにここまで連れられたそうだった。
地下四階は天井に断層が現れたぐらいだから問題ないそうだ。それだけで崩れる事の無い城だと。
元々使っている石が元の形に戻ろうとする特殊な石を使っているから戻るまで入ってはいけないと。
リクはずっと付き添ってくれていたそうだ。
「ま、まぁ……すまねぇな。もう大丈夫だぞ?」
「そうはいきません! キリさんから今魔力をほとんど感じません!」
リクの奴。魔力を感じられるまでは元に戻ったんだな。
「安静にしていてください。今お茶を入れてきますね」
立ち上がったリクを目で追って行くと、この部屋にある中央のテーブルの上に無かったはずのポットを使い、急須にお湯を入れて湯呑にお茶を注いで行った。
そのお茶を手で持ち、リクはまた戻ってきた。
「はい、どうぞ。朝食から何も飲んでいないんですよね?」
「お、おう」
湯呑を受け取る時。少しリクの指先に触れてしまって心臓が跳ね上がる。
(って、なんでだよ俺!?)
先程まで激しく戦っていたために癒しさが欲しいとか? ってか癒しさってなんだよ!!
「キリさん?」
「あぁ、いや、なんでもない」
湯呑に口をつけてグイッと一杯。
「あ、キリさん!?」
リクの静止する声が聞こえず、俺は変な気分をお茶と一緒に飲み込もうとした。
「あっつぅ!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
すぐさま湯呑を近くのドレッサーの上に置いて、ひりひりする舌を出して手であおいだ。
「沸かしたばかりなんですから当然ですよ。ちょっと待ってて下さい」
今度はリクはコップに水を注いで持ってきた。
「わりぃ」
受け取った直後、すぐさまコップを傾けて口の中に含ませてから飲み込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「お茶、冷ましますね。……って、今水飲んだから要らないですよね……」
リクがお茶に「ふー。ふー」と息を吹きかけてから思い出したようにした。
「そうだな……。わりぃ」
「いえ、初めに言わなかったボクが悪いんです。……でも、勿体ないですね……」
湯呑を持ったリクは少し残念そうに視線を落とす。
だけど……。
「じゃあ、ボクが頂いちゃいますね」
「は?」
「だって、残しちゃうのなんて勿体ないですよね?」
「あ、あぁ。そうだけど……いや、いい。俺が飲むからそこに置いておいてくれ」
俺が飲めるようにと、せっかく冷まそうとリクが息を吹きかけたのに、俺が飲まない訳にはいかないような気がした。
「わかりました。でも、熱かったらまた言ってくださいね?」
それはまた息を吹きかけるって意味だろうか……? って何を期待しているんだ俺は!?
「さ、横になってください。お昼ご飯になったらまた起こしますね」
「お、おう」
そう言えば、リクは俺が今魔力をほとんど持っていない事を魔力切れと言う方面で納得しているのだろうか。魔眼のリスクを知っていなければ良いが……。
あまり心配掛けたくはないしな。こいつだけには。
「?」
あまりにも俺がジッとリクを見ていたからか、リクがクエスチョンマークを浮かべていた。
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