セルスの研究室
セルスの研究所の中はそれもう散らかっていた。だがそれは机の上の話だ。一応足場はしっかりとしている。散らかっている物は研究に必要そうな道具や何か書かれている紙があったり、あきらかに必要でないだろう物まであった。
そしてボク達はセルスの前に置いてある机の反対側のイスに座り、セルスとは反対の位置に座った。
「君達がいつ来るか正直セレクトと賭けてたんだけど、また僕の勝ちだねセレクト」
セルスの渦を巻いている右目がセレクトをとらえる。
「ぐぅ……。セルスはずるいよ。いつだって千里眼使って場所の確認と会話を読唇術で分かってるんだからさ」
「嫌だなセレクト。僕が千里眼使って無いって確認したのセレクトじゃないか」
「うぅ……」
セレクトは言い返せないようで握り拳を作るもどこへやったらいいか迷っていた。
「さて、リクさんは僕が開発した方法で開花させた魔眼の千里眼を知りたいんだよね?」
「はい。まだ、半ば信じれていませんけど……」
元々魔眼と言うのをあまり知りはしないのだが、魔眼で魔力などを扱ったり蓄えたりすることは知っているので魔法を元々仕える人が魔眼が使えるようになったりと言うのはあまり信用できない。
「ねぇリク君。千里眼って?」
「なんだか、セルスさんが作ったって言う魔眼みたいなんです」
「へぇ。……って、作った? そんな事が?」
ソウナも驚いている。どうやらボクと同じ見解を持っているみたいだ。
「作った、なんて誰も言って無いけどね。魔眼を開花させただけだから」
苦笑しながらイスから立ち上がり、近くの引き出しの中からいくつかの道具を出してきた。
注射器、歯に使うようなドリル、スポイトやらその他諸々のたくさんの道具だ。
「百聞は一見に如かずってことわざをお母さんの世界にはあるって聞いたんだけど、どう? 僕に君達の魔眼を開花させてみない?」
思いっきり肉体改造してみない? と笑いながら言われているんだけど、どうしたらいいんでしょうか?
率直に思った感想だった。
セルスってマッドサイエンティストなの……?
「セルス。簡単に魔眼をあげていいの?」
「問題無いさ。彼らは悪い事をする人達じゃないからね。今まで見ててそう見受けられたよ。今一番辛い状況なんだよね? ずっと見てたから分かるよ。君達が柾雪と戦った事もね」
ボク達が柾雪と戦った理由まで熟知している……。あの場に居なかったのに、やはり千里眼で見たのだろうか。
「セルスさん、だったわね。それってプライバシーの侵害よ?」
「ごめんごめん。もうしないから許してよ。お母さんが連れてきた人がどんな人か知りたかっただけだからさ。だからお詫びの印に魔眼を与えようかと思って」
「モルモットにはなるつもりは無いわね」
「モルモットかぁ。僕はそんなつもりは無いんだけどな~」
お茶を飲みながらのんびりとするセルス。ソウナは先程からお茶には口をつけずに睨んでいる。
ボクはその様子を見ながら、魔眼を作ったと言う場面を見たいとは思っていた。
「まぁ、僕が使っている千里眼はちょっとインチキ。つまり無茶苦茶な効果だから視力を失っちゃってね」
「視力を?」
「そう言えばリクさんは話していなかったね。僕はこの両目は見えないんだよ。千里眼を使ってくごとに失ったからね。でもこの目は元々見る目だったから、こうして君たちの顔もよくわかるんだよ」
セルスは当時の事を思い出しながら話していると、セレクトが笑いながら話した。
「な~にが良くわかるんだよ、よ! 最初はうまく使えなかったからいろんな所に体ぶつけてたじゃん!」
「そ、それは……そうだけど」
セレクトに言われてセルスは肩をすくめた。
「ま、失明して景色が見えなくなるんじゃなくて良かったって感じ。……あたしの事見えなくなるなんて万死に値するもん……」
横を向きながら、小さく聞こえないように呟くセレクト。だが……。
「あはは、これ以外だったら絶対に困っていたね。選んだ魔眼が千里眼でよかったよ」
「なぁ!? い、今の小言聞こえてた!?」
読唇術が使えると言うのは本当らしい。ボクとソウナには何の話をしていたのかさっぱりで、首を傾げていた。
「も、もう寝る! あなた達もあまり遅くならない内に寝なさいね!」
顔を真っ赤にさせて、セレクトはズカズカとドアを開いて部屋から出て行った。
遅くならない内にと言われて時計を見ると、先程からまだ十分ほど過ぎたぐらいだった。
「さて、それで魔眼欲しい? ホントはこんなの使わなくても魔法使えばいいんだけどさ」
道具を引出しにしまって白衣をひるがえしてイスへとまた座ったセルス。
「セルス君が魔眼をあげたいだけじゃないの?」
「あはは、そうとも言う。成功例は僕とお母さんが居るから完璧だよ。君達、力が欲しいんだよね?」
ピクッ。セルスのその言葉にソウナの肩が少し動いた。ソウナだけじゃない。ボクも動いた事は確かだ。
だけど、力と言うのはそんな簡単に受け取ってもいいのだろうか。
「あ、もしかして力が欲しいと聞いて、卑怯だーとか考えた? そしたらそれは大きな間違いだよ」
「「え?」」
ボクとソウナの言葉が被る。
「元々魔眼を得れるかどうかは正直分からないよ。それと、効果が選べるはずが無いじゃないか。成功確率はおよそ一万人中に一人だからね。それと、魔眼を得ると言う事はね。少なからずリスクを負うんだ。僕の場合は視力だった。奇跡的にプラマイゼロだったけどね。運が悪いと命と引き換えになる可能性だって捨てきれない。その代わり、お母さんのように本当に魔眼に選ばれた人はなんのリスクも無いんだ」
お茶を飲み、そして机に両肘を付いて重ねた両手の上に顎を乗せるセルス。
そんなセルスに僕は質問をぶつけてみた。
「さっき、セレクトさんが魔眼を簡単にあげてもって言ってましたけど、あれは……」
「だってセレクトは魔眼を開花するやり方なんて知らないからね。僕がやった人が二人ともたまたま成功したから必ず成功するって思ってるんだと思うよ」
じゃあ、正確にはセルスとユミしかその方法を知らないと言った所か。
「後は、君達が来る前にキリさんが来ていたよ。ボクとリクさんが話していた内容を聞いていたみたいだったね。彼も魔眼取得に挑戦して行ったよ。そして彼はその一万人中の一人に選ばれた。まだ使いこなせていないけど、確かに魔眼を得ていったよ。……リスクは、ちょっとだけ高かったけどね……時間で解決できると思う」
キリさんが!?
ボクとソウナが目を見合わせる。
そう言えばボクがお風呂を出るまでかなりの時間があった。二十分ぐらいはあったんじゃないだろうか。
その間にキリはセルスの所へと行って魔眼を得ていったのだろう。もしかしたらボクが部屋に行ったときに寝ていたと感じたのはリスクの影響だったのかもしれない。
「試してみる? 僕の予想では二人とも魔眼を取得できるよ。ただし、ハイリスクの可能性は考えておいて」
セルスの声がまるで悪質の囁きに聞こえる。
頭の中ではそのハイリスクの言葉が残る。もし取得したおかげで戦えないような体になったら? もし命を無くしてしまったら?
そんな思いが頭の中をよぎる。
「ところで、時間は頂けるのかしら?」
「時間? いくらでもどうぞ」
セルスは微笑んで、飲み干してしまったお茶を注いでいた。
ソウナもようやく入れてくれたが冷えてしまったお茶を飲んで、立ち上がる。
「だったら、今日は考えさせてもらって返事は次回でも良いかしら?」
「わかったよ。リクさんはどうかな?」
ボクも、そう簡単には決める事は出来ないだろう。
「ボクもそれでお願いします」
「了解。それじゃあ僕はもう寝るよ。四六時中、いつでもおいで。僕が起きている最中だけね」
セルスが立ち上がるのを合図にボクもソウナも立ち上がった。
「でもこれだけは覚えておいて。魔眼を得ると言うのは少し語弊があってね。元々その人は魔眼を開花することが出来たんだ。後天性の魔眼はある。それを僕は開花させるのを手伝っているだけだよ。誰かに手伝ってもらわないと開く事の出来ない花なんだ」
後天性の魔眼はある。
セルスにハッキリとそう言われた事によって、魔眼の事を知る事が出来た。
「それじゃあ、おやす――」
「ちょっと待って」
白衣をイスにかけて夜の挨拶をするときに、ソウナが口を挟んだ。
それから……。
「客室の家具ってもうちょっと無いかしら? 例えば、ベッドの隣にドレッサーが欲しいわ」
さっきまでの話とは全く関係ない話を切りだした。
その事にセルスも目を丸くさせて、苦笑した。
「それじゃあ、お望み通りドレッサーを置いておくね。化粧道具は必要かな?」
「私は化粧水しか使わないわ」
「わかったよ。じゃあ化粧水と後は櫛を用意しておくね。部屋に入って右手の所に洗面器を用意して歯ブラシとかも置いておくよ。何か必要な物は他には無い?」
「今のところ無いわ。ごめんなさい」
「ううん。こっちもお客さんを何日も泊めると言う事はなかなか無いからね。準備不足でごめんね? それじゃあ、今度こそおやすみ」
セルスは研究室のドアを開けて、微笑みながら去って行った。
残されたボク達もセルスの後を追うようにして研究所を出た。セルスの姿はもうすでになかった所を見るとどこかの部屋に入ったのだろう。
「ソウナさんは、どうしますか?」
「……そうね。私はなるべく、開花させたくは無いわ。ハイリスクが怖いもの。でも……もしもそれを使わなければこれ以上強く慣れないなら……なんて思うわ」
感想を聞いて、ボクもその事には頷いた。
ボク達はその後深く考えながら転移陣を使い、四階の客室へと戻った。
ソウナがセルスに頼んだドレッサーがすでに用意してあり、他にも窓側にまた新たにテーブルが設置されてその隣にソファーも用意されてあった。肩に羽織ったカーディガンをクローゼットに戻すと、セルスが言った洗面器へと向かって、歯を磨いてからベッドの上へと移動した。
おやすみの挨拶をして、ボクもソウナも、布団の中に入ったら一分と立たずに夢の世界へと旅立って行った。
――そして、ボクはまたあの夢を見た。
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