未知の浴槽
ボクは乱暴に出て行ったキリを見送ると、この大浴場の中でたった一人になってしまった。
「あ!」
ボクは思い出したようにしてお風呂から出て桶をとってその中になるべく冷たい水を溜める。
「シラ」
ボクは名前を呼ぶと、体から光が出てきて傍で人型になった。
「あつさでしにそうでした」
「はい。水どうぞ」
ボクが水を入れた桶と水のシャワーを渡すと、シラはそれに気持ちよさそうに浴びた。
「は~。いきかえるです……。それにしても、ほんとうにあなたは『主』であることをしんじるしかないですね。『未来人』だということもありますし、わたしのあつかいをよく『心得て』います」
「あははは……。よく体の中でも暑いって言っていましたからね」
特に年号が七月八月だったからいつでも言っていたような物だった。
しかし、シラに掛かった水からどんどん冷凍化して氷になって行った。
その氷を枕にしたり氷の氷像を作ってお風呂のような物を作り、水と氷を入れてその中に入っていた。
「はぁ~。ごくらくです……」
頭についている氷のティアラがいつもより輝いているように見える。
そして、ボクは不思議に思う事があった。
(シラって……いつもお風呂場で足だけ浸かっていただけだよね? こんな事出来るんだったらなんで未来でも使わないのかな?)
「? どうかしたのですか?」
ずっと見ていたので不思議に思ったのだろう。シラは首を傾げていた。
「それにしても、『主』は――」
「ボクの事はリクでいいです」
「わかりました。『リク様』はどうして『魔力』をかんじないのです? 『未来』ではつかえていたのですよね?」
「う……。一応は使えてましたね……それもなぜか使えなくなってしまいましたけど……」
ほとんどルナが操作してボクは魔力を出していただけだけど。
「『リク様』、『契約』したわたしに『敬語』はおかしいです。ふつうにはなしてください」
「いや、でもボク元からこうだし……」
ユウと話す時はもっと砕けた話し方だが。
そう言えば、ユウ元気かな……。ユウだけじゃない。
アキはソウナが敵に連れて行かれてしまったと行ったが、何の情報も無いレナも心配だった。もしかしたら逃げ切れているかもしれない。
三人とも、無事だと良いけど……。
「どうかしたのですか?」
本日二回目のシラの問いだった。
「うん。未来でね、三人。ボク達の仲間はどうしてるかなって……。ううん。それだけじゃない。ライコウの国はどうなっちゃったのかなって……」
「どうなった、とは?」
「圧倒的な力差でヘレスティアって言う国にやられちゃってね……」
「『戦』、ですか」
シラの言葉にボクは静かに頷いた。
「でしたら、これ『幸い』とちからをつけたらいいじゃないですか。ここは『電光王国』。『神々』もちゅうもくしている『平和』のくにです。どうやら『リク様』はまだねむっているようですから」
「眠ってる? ボクが?」
「はい」
シラの真っ直ぐ見つめるその瞳は嘘をついていない。直感だがそう感じるほど説得力があった。
空白色の魔力はとても感じにくい。そして操りにくい。ツキが教えてくれたけど、あんまり分かっていない。
ルナが居てくれたらまだよかったのだが……。
「それじゃあ、そろそろあがろうかな。セルスさんにも呼ばれてるしね」
「だったらごはんたべおわったらすぐにいけばよかったではないですか」
「う……。そ、そのぉ……。あの時は覚えてたんだけど、キリさんと柾雪さんの事があってから……忘れちゃって……」
「…………」
「…………」
男湯の大浴槽に静寂が訪れた。
それから長い沈黙を保ってから、ようやく口を開いたシラの一番初めの言葉が……。
「だれでもわすれることはありますよ。……まさかほんのすこしまえのことをわすれるとはおもわなかったです」
グサッ
シラの最後の小声が心に突き刺さった。
「あの……シラ。わざと?」
「なんのことですか?」
気がついてないような顔をしてわざと首を傾げていた。
しばらく湯に浸かっていたら、頭がぼーっとしてきたのでそろそろ出る事にする。
「シラ、まだ水に浸かる?」
「いえ、『リク様』がでるならわたしもでます」
ちゃぽんっと音を立てて氷水から上がったシラ。その姿は一糸纏わない姿であったので、ボクはすぐさま目を逸らした。
光となってボクの体の中に戻った事を確認すると、残った氷に手を当てて全て溶かす。
振り返ると、やっぱり広いだろうと思われる大浴槽。
……ちょっと奥に行ってみても良いかな。
ちょっと探検してみても良いかなって思ってしまったボクは扉に向かうのではなく、奥の方に向かって歩いて行った。
ユウがもしこの場を見ていたら「やっぱりお兄ちゃんも家族だもんねぇ」とか面白がっている事間違い無い。
でも、たまにはこんな気持ちになってみてもいいではないかと、ボクは浴槽の奥へと入って行く。
『でないのですか?』
「ちょっと奥も見ても良いかな?」
『かまいません。とはいっても、おくもただのおふろですよ?』
シラはそう言うけど、ホントかどうかちょっと歩いてみたいと思っていた。契約しているシラのおかげで湯冷めして風邪をひくことは絶対にないから大丈夫だろう。
ボクは体にタオルを撒いて奥へと歩いて行った。
「曇っててあまり見えないけど、ホント広いよね……」
『そうですね。『十階』のさんぶんのいちが『男湯』なのですからひろいのはとうぜんでしょう』
奥へと入って行くと、初め入っていたお風呂の枠がそこで終わり、次のお風呂の枠があった。そちらでは先程のようなお風呂とまったく違っていた。
傍から見たらどちらも透明なお風呂なのだろう。だがボクの目には見えているのだ。
先程のお風呂のお湯は比較的透明な色のついたお風呂だった。だが今目の前にあるお風呂には赤色、青色、緑色、黄色の粒子が浮いていた。
「これ……なんだろ」
ボクは試しにそのお湯に手を入れてみた。
――ドクンッ
「!?」
すぐにお湯から手を抜く。
『どうか、したのですか?』
「今……」
急に心臓が跳ね上がったように感じた。何か、このお風呂がボクに何か……その時だった。
『なんじゃ……ここは……』
「!? ルナ!?」
光があふれた。
ボクの目の前に集まった光。それが人型となり、金の髪をなびかせる灰色の服を着た少女が立って――ザバーァン。
「い、いきなりなんじゃ!? お、おぼれ……って、普通に足付くし、立てるのぅ」
慌てたが足が付く事が分かったようで、落ち着きを取り戻す〝ヘカテ〟の断片、ルナにボクはそのお風呂に思いっきり入って行ってルナを真正面から抱きしめた。
「ルナ! ルナ!!」
「ななななんじゃいきなり!? と言うか何故妾はこんな所に居るのじゃ!? 確か、妾は神空間に居たはずなのじゃが!? と言うか、主は誰じゃ!?」
慌ててボクを話そうとするルナだが、ボクは決して離れまいとしてぎゅっと抱きしめていた。
『『魔術の神』〝ヘカテ〟ともけいやくしていたのですか……。しかし、なぜこのおゆにてをいれただけで?』
頭の中でシラがどうしてルナが繋がったのかを考えてたが、ボクはひたすら失ったと思っていたルナの感覚を味わうために、必死に抱きしめていた。
さすがにボクの様子がおかしいと思ったのか、はたまた逃げられないと考えたのか、ルナがボクを押す手を引っ込めてされるがままとなっていた。
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