カメリアの唇
「こんなところに、いましたか」
低く押し殺した呟きは。誰に聞かれるでもなく。静かに静かに、冷ややかな夜の空気にそっと溶けこんだ。
「やっと、会えると心待ちしてたのに。せっかく、きれいに装ってきたのに」
今日この日のため、生まれて初めて履いたヒールの靴の色は赤。危なっかしい足取りでフラフラと、それでも慣れないながら懸命に会いたかった人のもとへ行く。
無造作に放り出されたからだは天を仰いでいる。ここに来る途中、頭上は満天の星空だった。今日は星が、よく見えるから。夜気にあたって冷やされた、眠りこけるあなたをそのままにしておく。
赤い爪先が、あなたの顔の真横にぴったりと並ぶ。こんなに近づいても、身動き一つしないなんて。見下ろした顔面は、まぶたをしっかり閉じ、その代わり口はぽかんと小さく開いていた。ずい分と、間抜けに見える。
しゃがみこみ、両膝をつく。後頭部に丁寧に片手を差しこみ、身を乗り出すようにもう片方の腕を肩に添え、ゆっくりと上体を起こす。力の抜け切ったからだは重く、動かすのは大変だ。しかしこれくらい慎重に扱わなければ、なんだか今にも首がごとりと転がり落ちてしまいそうで恐かった。
いたわるように、あなたの頭を膝に載せる。ついでに寝乱れた頭髪を梳いてやった。
「今夜は星がよく見えますよ」
ぐっと間近になった寝顔は月みたいに白く、薄ぼんやりと闇夜に浮かぶ。青く冷めた唇のほんのちょっと隙間からは、正に今、生温かい吐息がこぼれてきそうで。肌の冷たさは、夜のせいでないのはとっくの昔に知っていたことなのに。それでも、諦めきれなくて。
首から下に続くからだはいかにも不格好だった。両腕はあらぬ方向に曲がり、足は一本というひどい有り様。恐らくは、向こうに転がる太い枝のような影が、あなたの足りないパーツなのでしょう。それでも、胴体の惨状に比べ顔があまりにもおだやかで、すこぅしだけ安心。
「痛かったですか苦しかったですかそれとも怖かった? 悲しくは、ありませんでしたか」
両頬を掌で包む。ひやり、体温はそこに無かった。薄皮一枚で繋がっている首をそのまま上へと引っ張れば、皮膚は切れ軽々と目の高さに持ち上がる。
「お会いしたかった、誰よりも」
唇を無遠慮に押し付ける。最初で最後の、キスだった。もう誰にも、この唇もあなたの唇も許さない。
会えると信じて塗った紅が、血の気の失せた口唇を彩る。真っ白な顔面に一点、生き生きとした色。まるで生者のような口元はピエロのように滑稽で。それでいて、妙に縋りつきたい気持ちにさせた。
個人的に二人のいる場所は枯れ木の立つ荒地だと思っていたんですが、いや待てよ、そんな場所にどうやってヒールで行くんだとなりまして。だったら屋内か? それもなんか違う……。と悶々。
迷った結果背景描写カットという暴挙に出ました。普段も背景についての表現は少ないので変わらないと言えば変わらないのですが。
間をとって路地裏にしとけばよかったかな、と思ったり思わなかったり。
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今後の文芸部での活動の参考にさせてもらいます。




