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なんか凄く俺が悪者みたいだな

それを見た瞬間。

リーヴァの髪が僅かに逆立った。

脳味噌が沸騰するほどの、怒りが込み上げてくる。

何故、男が血の臭いを、生臭さをその身に纏っているのかが理解できたからだ。

人狼族は基本的に亜人種に分類されるのだが、月の満ち欠けの影響を受けてその能力が大きく変わるという性質を利用され、かつては夜の支配者とも称される最強の魔人種たるヴァンパイア族に隷属させれれていたという過去がある。

人としての知性をはく奪され、血と肉を求める獣に落とされ散々利用され、一時期は魔人種に区分する者もいたほどに亜人種達に被害をもたらした。

やがて、そんな悪神の落とし子とされる魔人種達が、善神の化身と称されるケティル・ドラゴン達に辺境に追いやられ、人狼達もヴァンパイアの支配から解放された。

そういった過去があるせいか、人狼の中には時折、血と肉を好む魔人種達の様な気性の者が生まれる事がある。

本能を律しきれない外れた人狼。

リーヴァが付けていた男は、間違いなくその類の男だった。

薄明りの中でも分かる辺りに散らばる無数の骨達。

そして、檻。

その中にはリーヴァよりも幾分、幼い少女が鉄枷を腕に嵌められ、怯えた目で人狼の男を凝視していた。

男は少女の怯えた様子に嗜虐心が刺激されたのか、愉悦に塗れた表情でにやにやと笑う。


「九大竜族を喰うのは久しぶりだぜ……くくく、角もまだ生えてねぇとはいえ、九大竜族。奴隷にするにはちょいと危ねぇからなぁ」


骨の正体は、人狼の男に喰われた哀れな被害者のなれの果てだった。

九大竜族はどれも戦闘力と言う点では他の亜人を圧倒しており、誘拐するには少々危険が伴う。

そのリスクを承知しているのだろう、誘拐犯達は九大竜族を誘拐する時は精霊制御が飛躍的に上昇する時期、角がぎりぎり生える時を見計らって誘拐を行っていた。

その時期なら、まだ力を持て余しているので攫うのはそこまで難しくないからだ。

奴隷や愛玩に使うには突発的に使うかもしれない能力は危険すぎるが、殺して角を切り取るのはそこまで難しくないからだ。

しかし、人狼の男にとっては角が生えていない竜人の子供程度なら大した脅威になりえない。

いつもは、報酬としてただの竜人や、亜人を受け取っていた男にとって、九大竜族……アクア・ドラゴンの少女は格別の獲物だった。

丁度、親が男にとって容易く殺せるただの竜人だったのが運が良かった。

隔世遺伝か何かだろうが、両親ともに九大竜族ならこうはいかなかったろう。

これがあるからこの稼業は止められないと内心留まらずに舌なめずりをする。


「さて、いただくとするかぁ」


涎を滴らせ、牙をめりめりと生やし、男は檻の中から少女を力任せに引きずり出す。


「きゃあああああ!?」

「泣いても誰も来やしねぇよ」


ギラギラと少女の体を男はねめつける、まだまだ幼いながらも美しさを秘めた少女の体に食欲以外の欲求も湧いて来たのか、男は少女の服を剥がんと服に手を伸ばす。


「い、いやっ……あああ誰か助けてぇっ!」

「誰もきゃしねって、ん?」


少女の体に触れるか触れないかのところで、男は自分の前腕の異常に気付く。

棒状の何かが前腕から生えている。

そう知覚した瞬間、激痛が脳を直撃した。


「ぐおおおおおおおっ!!?なんだこりゃあああ!?ぬ、抜けねぇ!?」


男の前腕に突き刺さったのは一本の銀のナイフ。

夜の一族に高い効果を発揮するその純銀ナイフが尺骨と橈骨の間を通り、前腕を貫通していた。

ヴァンパイア程では無いにしても、銀は人狼にとっては弱点とされる武器の一つ。

しかも、この銀のナイフは女王ミトラが直々に聖別したという最高級の退魔効果を有している。

その効果は刺さった相手に激痛を与えるだけでは無い。

じゅううううっ。


「があああああっ!?」


触れただけで銀のナイフは対象への退魔効果を存分に発揮し、男の掌を容赦なく焼き攻め立てた。

今の男に先までの無意識に周りを警戒する余裕はもう無く、背後に迫る影に気付くことは無かった。


「がはっ」


部屋にあった水瓶でリーヴァは男の後頭部を殴打した。

間髪入れずに男は床に倒れ伏したが、リーヴァは念には念を入れて、さらに水瓶を振り下ろす。


「………っ!っ!っ!」


何回か叩き、水瓶が割れた所でようやくリーヴァはやり過ぎたかと頭を掻いて、少女に視線を移した。


「え……ひぅ……な、何?」

「……」


助けた少女にも気付かれない揺るぎないリーヴァの存在感の無さ。

そんな扱いをされれば普通は凹むところだが、リーヴァの表情に変化は無い。

伊達に十五年も影の薄さを背負ってきた男、一々そんな事を気にしては生きてはいけないのだ。


「……空しい」


―――――――――生きてはいけないのだが、存外に傷ついている様だった。

しかし、いつまでも気にしていても埒が明かない、水瓶が壊れる程に頭部を殴打したのに人狼は、微かに呻いている。

人間なら死んでもおかしくないようなダメージを与えたつもりだが、顎が発達した人狼種は相対的に頭部の骨も人間よりも強固なのだろう。


「……おい」


すぐに起きる気配は無いもの、だからといって彼女をここに置いていくなんて選択肢はリーヴァの中には存在しない。

どうやって声をかけようか、考える暇も無くリーヴァが口にした言葉は、いつも通りの愛想の欠片も無いものだった。

しかし、平時でも気付かれない彼が、命の危機に直面した恐慌状態の彼女が気付く通りは無い。

少女は人狼の男を跨ぎ、リーヴァの眼前をすり抜けて行く。


「はぁはぁ……に、逃げないと」


鉄枷が腕に嵌ったまま少女は、扉へと走り寄る。

監禁されている間は食事ろくにとっていなかったのか、少女の足取りは決して軽やかとは言えなかった。

ぶつかる様に、扉にとりつくと少女はノブに手をかける。


「……おいっ」

「きゃああっ!?」


再度、今度は肩に手を置いて声をかけると、流石の少女もリーヴァに気付く。

大きな悲鳴と共に、体ごと振り返り、リーヴァの姿をようやく知覚する。


「……あ、う………うぅ」


一瞬でも助かると思った少女に、人狼とは別の謎の黒尽くめの男が目の前にいるという光景は生を諦めるのに等しい衝撃を心に与えた。

小さく嗚咽を漏らし、ぺたんとお尻をついて俯いてしまう。

肩を小さく震わせる様は見ていて痛々しい。


(……なんか凄く俺が悪者みたいだな)


存在感の無い彼だったが、流石に体に触れても気付かれないということはない。

驚かせるかもしれないと多少は悪いと思いながらも、こちらに気付いてもらわなければ話が進まない。

再度リーヴァは少女の肩に乗せて、なるべく優しく声をかけた。

あくまで彼の中ではという注釈がつくが。


「安心して良い、俺は君に危害を加えるつもりはない」

「……え?ほ、ほんと?」

「本当だ。……現にあいつは倒れているだろう?仲間だったらあんなことはしない」


なんとか優しげな表情を作ろうと努力するも、やや口角があがる程度しか外見上彼の顔に変化は現れない。

影の薄さから、あまり他人とコミュニケーションをとらなかった弊害だ。

しかし、それでも真摯な言葉は伝わったのだろう。

少女の瞳に、小さな光が宿る。

そして、リーヴァの胸に飛び込んだ。


「う、うわあああああっひくっ、こ、怖かった、……怖かった」

「大丈夫だ。ちゃんと君はここから連れ出すよ。頑張ったな」


この瞬間、リーヴァは女王から依頼された任務のうち、厳命されていた顧客リストの発見を逡巡することなく諦めた。

女王依頼の任務を放棄するのは躊躇われるが、少女を放っておくことは彼には出来なかった。


(……多少なりとも今の俺には力があるからな、あの時とは違う)


リーヴァだけなら問題無く達成できる任務だが、少女を守りながらとなると、現状のリーヴァの戦闘力では些か以上に欠けている。

隠密行動に異常なまでに特化した彼は、鍛錬はともかく実戦は少なく、得意とは決して言えない。

しかし、そんな得手不得手を言っている場合では無い。

リーヴァは手早く、部屋の明かりに使われていた火を蹴倒して、部屋に火を放つ。

人狼の男が気絶したままだが、躊躇は一切無い。

堕ちた人狼に欠ける情けなぞリーヴァは持ち合わせていない。

それに、この部屋で非業の死を遂げた者達を早く弔ってやりたい気持ちもあった。

リーヴァは男の腕からナイフを抜き取ると、徐々に火が回る部屋を一度振り返り、その部屋を少女と共に出て行った。


「おにーさん。ど、どうするの?」

「……このまま屋敷を出るのは難しいな。火がある程度回って騒がしくなるのを待つ」

「う、うん」


右手にナイフを構え、リーヴァは潜入したときは比べ物にならない程に真剣を集中して、辺りを探る。

彼自身は探査、探知魔法を完全にスルーできるが、助けた少女は別だ。

なんとしても彼女を無事に連れ出すために、ここはリーヴァの踏ん張りどころだった。


「そう言えば、名前を聞いていなかったな。俺の名はリーヴァ。君は?」

「……クルル」

「そうか、クルル、俺の傍から離れるなよ」


無視されたらどうしようかと思ったが、少女は問題なくリーヴァの問いに答えてくれた。

少女――――クルルにとってリーヴァは、現状ただ一人頼れる存在、今、彼女に限ってはリーヴァの存在感の無さはかなり薄れていた。

探査魔法が使えれば、周囲の状況を探れるところだが、精霊気付かれない彼に精霊魔法を行使しろなど無理難題極まりない。

せいぜいが身体強化で五感を強化する程度。

びくつく、少女を背にリーヴァは慎重に歩みを進める。

角から顔だけして、リーヴァは手早く一つの部屋にその体を忍び込ませた。


「とりあえず、ここで様子を見るか」

「う、うん」


冷静なリーヴァに対し、少女はもじもじと体を動かし、なにやら落ち着かない様子だった。

そんな少女を緊張冷めやらぬとリーヴァは感じていたが、実際は当面の危機を脱して、自分の今の姿を冷静に感じる事が出来たが故のクルルの羞恥から来る行動だった。

リーヴァがいつ屋敷の奴らが彼女の脱出に気付くが気が気でなかったが、クルルはクルルで自分の体が酷く汚れていることを気にしていた。

ここ数日、風呂はおろか、トイレは檻の中にあったバケツという始末。

とても清潔とは言えない状態にクルルはあった。

そうなると途端に自分の臭いが妙に気になってくる。

というかはっきり言って芳しくない。


「……あぅ……」

「どうした?」


リーヴァは緊急事態故にそんな事は毛ほども気にしていないが、思春期に入ったばかりの少女は、自分を助けてくれた少年に、臭うとか思われたらどうしようかと場違いな事を考えていた。


「羽織っておけ」

「え?……あ、ありがとうございます」


クルルの不審な行動を粗末な服しか身に着けていなので、寒さを我慢していると想像したリーヴァはマントをかける。

リーヴァの行為に、思わず礼を言うが、服の汚れが目立つからとか、臭いを覆い隠したいのではとマイナス方向に想像が掻き立てられる。



そんな事があってから、幾ばくかの時が過ぎ、俄かに屋敷内が騒がしくなる。

どうやら、リーヴァが放った火が徐々に邸内を焼き尽くそうと、その勢力を拡大しているのだろう。

焦げた臭いがリーヴァの鼻をつく。


「順調に火が回っているようだな、もう少ししたら外に出るぞ。……頑張れよ」

「うんっ!」


リーヴァは優しく少女の頭を撫でて、安心感を与えるとともに、もうそろそろ行動に移す事をやんわりと告げる。

クルルが不安を訴えると思ったが、クルルは意外と肝が据わっているのか、はたまたリーヴァを信頼しているのか、返事に戸惑いは無かった。


「……」


きょろきょろとリーヴァは部屋の中に視線を飛ばす。

部屋は雑多な物置のようなところらしく、空の木箱や袋がそこらに無造作に置かれていた。

大きな窓は無いが、天井に近いところに、採光用の窓が一つだけあった。


「……ちっはめ殺しか」


魔力で作った杭を足場に、リーヴァは窓に近づき窓を調べ、舌打ちをする。

不運にも、窓ははめ殺しで所詮人の身に過ぎないリーヴァの膂力では窓はびくともしない。

しかし、力でダメなら頭脳を使えばいい。

両手を右斜め上に構え、魔力をハンマーの形に固定し窓に叩き付けた。

甲高い音と共に、ガラスは見事に割れる。

リーヴァはざっくりとガラスを外し、クルルの元に舞い戻る。


「きゃあっ」

「悪いな、ちょっと我慢してくれ」


小脇にクルルを抱え、リーヴァは庭への脱出を成功させた。


「ひとまず安心……って、あーこいつら忘れてた」

「ひっお、狼」


リーヴァ達が庭に出て幾ばくかしないうちに、二人はすっかり狼達に囲まれていた。

彼自身は侵入の際になんとも思っていなかったので忘れていたのだが、クルルはリーヴァと違って気配は人並み……クルルの匂いに狼達が気付いたのだ。


「グルル……」


唸り声をあげ、狼達は徐々に包囲を狭くしていき、二人を追い詰めていく。

やげて、一際大きな狼が、空に向かって遠吠えを始めた。


「ウォ――――――――ン!」


仲間を呼ぶような遠吠えにリーヴァは、しまったと顔を歪めた。

先程、男が言っていた狼達の件を思い出したのだ。

おそらく、ここの狼達は人狼の配下の眷属達、先の男を呼んでいるなら、まだ気絶している可能性もあるのでまだいいが、もし別の人狼が居るなら面倒な事になってしまう。

不味いと、リーヴァはクルルを抱えたまま、包囲網を突破しようと走り出す。


「ガゥ!―――――――ギャワォン!」

「きゃあああああっ!―――――ん?」


クルルに噛みつこう飛び掛かった狼は、クルルにその牙を突き立てようとした瞬間、横合いから短剣を突き立てられ、哀れな悲鳴をあげて地面へと叩き付けられた。


「グルルッ」


どう見ても、自分達よりも弱そうな少女の思わぬ反撃に、狼達は包囲網を少し広げる。

見かけによらず手強いと判断したようだった。


「やれやれ……だな」


クルルを害そうとする狼を見て、リーヴァは少々気落ちする。

……別に狼達の弱さを嘆いたわけでも、ロクでもない主に使える彼らを憐れんだわけでもない。

彼の気落ちする理由は、狼達の視線にあった。

狼達はただの一頭足りとてリーヴァに視線を向けていなかった。


シリアスになっても、存在感の無さは変わらない。

揺るぎないクオリティの影の薄さだった。

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