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まさか俺に気付く人間が居るとはな……


オーシャン家、子女ケティル専属執事リーヴァ・オールスは困惑していた。

園芸部が現在廃部で活動していない――――――のは温室を見学した時点で予想できていた……これはいい。

入部届を貰おうと職員室に行ったが誰にも気づいてもらえなかった―――――いつもの事だ……勝手に職員室を漁って手に入れたからこれもいい。

入部届を出そうとしたら気付いてもらえなかった――――――これもいい……わけが無い……がケティルに頼めば何とかなるのでまぁいい。

温室で草むしりをしていたら、小柄な……おそらく同族、人間であるであろう少女に声をかけられた―――――どうしていいか分からない……。


(本格的にどうしていいか分からない……とりあえず話しかけてくれたんだ。なにか言わなければ失礼だな)

「……誰?」


悩んだ結果、リーヴァが発した言葉はぶっきらぼうで対人スキルの無さを露呈する酷いものだった。






同じクラスで、しかも学年で二人しかいない人間同士なのにリーヴァはカナデの名前を覚えていなかった。

カナデは呆れると共にもの悲しさを感じていた。

こんな、悲しさを味わうために彼を追って来たのではないというのに。

そして、ここまで道のりを彼女はにわかに思い出す。



リーヴァが教室から出て行く背中が見えて彼女は慌ててその後を追った。

彼は普通に歩いているはずなのに、何故か追いつけずかなり苦労したが、精霊の使役に優れた(と思われる)相手だ。

何らかの身体強化を手段を施していると考えればおかしくなかった。

……実際はカナデとリーヴァのコンパス―――つまり足の長さが違うからという単純極まる理由だったのだが悲しいかな彼女はそれを知らない。

角に差し掛かる度に何度も見失いそうになる上に、彼に対しては精霊探知はなんの役にも立たない。

非常に疲れる追跡劇と相成った。

なにせリーヴァはすいすいと人込みを避けて、迷い無く歩いていくのに対し、カナデは人混みにどうしても引っかかる。

そういえば、彼もクラブの見学とかもあるはずなのに、そういったことには興味が無いであろうか。

唐突にそんな疑問がカナデの脳裏に浮かぶが酸素があまり足りて無い頭で考えても答えは出るはずもない。

そのまましばらく歩いているとようやくリーヴァはとある建物で足を止め、その中に入っていく。


「……はぁはぁ、こ、ここに入っていったわよね?」


追跡疲れからぐったりとした様子のカナデは、呼吸を整えたところでリーヴァが入った建物の意識を向ける。

二階建ての建物よりも大きく、しかしながら三階には及ばない程度で壁のほとんどが窓という特殊な作りをしている建造物だった。

所謂、温室というものだ。

ぱっと見る限り、大きさという点ではなかなかに立派なそれは、窓ガラスのあちこちが割れており、大きさとは見合わないみすぼらしさを露わにしていた。


「温室よね?何しに来たのかしら?……っていうかボロボロ」


失礼だが、彼の容姿からガーデニングに興味があるようには見えなかった。

まさか自分の主を放っておいて、土いじりを優先するなど、平民の中で育ったカナデの抱く執事のイメージにはなかった。

常に主の傍に控え、あらゆるサポートを行い、そしていざという時はその身を持って主を守り抜く―――――それが彼女の抱いていた執事像なのだが。

彼はケティル・オーシャンの執事ではなかったのだろうか。

それとも、執事としてなんらかの用事があるというのだろうか?

土いじり以外の目的でここに来たというのなら、それはなんだ?

薬草を摘みに来た―――――こんな荒れた温室でとれるのは雑草位だ。

私を誘き寄せた―――――多少なりとも可能性はありそうだが、自分を誘き寄せる利点は今のところ思いつかない。

部活見学に来た―――――温室は園芸部の管理の可能性が高いが、こんな有様ではまともに活動しているとは思えない、つまり用があるとは考えずらい。

彼女に考えられる可能性で推察したところで、彼自身が語らない限り仮定は仮定に過ぎない。

意を決してカナデは温室のドアをおずおずと開いた。


「……失礼しまーす」


声を出して存在をアピールするのもどうかと思ったが、別段疾しいことなぞ無いし、黙って入って印象を悪くするのもアレなのでとりあえず声をかけました程度に挨拶をしてみる。

温室内は割と広い、教室二つ分もあるように見える。

朽ちたクラスプレートが隅っこに、重ねられており、過去には学生の授業で使っていたこともあったことを控えめに証明していた。

天井からは植物の蔓が幾つもぶら下がっていたり、プランナーの棚が雑草の揺り籠になりながらも整然と並んでいて、視界は決して良好とは言えない。

現にリーヴァの姿はカナデの視界には映っていなかった。

蔓を手で退かしながらカナデは奥へと進んでいった。

正直もう戻ろうかとも思うが、ここまで来て引き下がるのもなんだか釈然としなかった。

そんな意地のせいだろうか、足元への注意がおろそかになっていたのだろう。


「おわああっ!?っとおお……危っ」


干からびたサボテンが植えてある小さな鉢を蹴っ飛ばし、思わず女子からぬ声をあげてしまう。

大声を出した後に口を塞いでも意味は無いのだが、その場のノリと言うやつだ。


「――――――――」


なんとなく身を屈めてしばらく様子を見るが特に反応は無い。

だが、彼は精霊を欺くほどの腕前の術者だ。

今の大声を感知出来ないとはカナデは思えなかった。


「……反応なし?」


ゆっくりと周りに視線を飛ばしながら立ち上がるが、依然として見える範囲にリーヴァはいない。


「ん?なんか音が聞こえる」


耳を澄ますとなにかが擦れる様な音が微かに風に流されカナデの耳に入ってくる。

音がする方向に慎重な足取りで進んでいくと、一角だけ雑草も蔦も無い場所が目に入る。

その中心に彼は居た。

地面に座り込み、しきりに手を動かしている。

微かな体の隙間から、見てみると。

花壇から石ころや雑草を退けて、土を露わにしようとしている。

まさに土いじり。

まさか本当に土いじりをしに来たのかと、一番可能性が低い考えが当たったような気がして、若干彼に対する認識を改める。

怖そうな外見に無口、そして卓越した精霊制御を身に着けてはいるようだが、植物を愛する優しい少年なのかもしれないと。

そんな新たな彼の一面に後押しされたのか、小さな勇気が彼女の中に生まれた。

ごくりとカナデの喉が音を出す。


「あ、あのオールス君?」

「―――――――」


なけなしの勇気を振り絞ったにも関わらず、彼からの返事は無い。

彼女の心は折れかけた。

そんな彼女を余所に彼は一心不乱に石ころと雑草を排除せんとしきりに手を動かしていた。

近寄ってようやく分かったが、彼は右手で石ころ、左手で雑草と役割分担しながら作業していた。


「―――――――」


見る見るうちに彼の目の前の地面が雑草も石も無い空間へと生まれ変わっていった。

そこで疑問が浮かぶ、どうして彼は素手で作業をしているのだろう。

彼ぐらい精霊魔法に長けていれば、土や風の精霊を使って簡単に地面ぐらい耕すまで出来るはずなのに。

返事を待っていたはずがいつの間にか、そんな疑問がカナデの脳裏を埋め尽くしていた。

そうして、忘れたころにリーヴァはカナデに返事を返した。


「……誰?」


感情を感じさせない一切の抑揚が無い声で彼はそう呟いた。


「え?」

「……名前を」


カナデがなけなしの勇気を振り絞ったように、リーヴァもまたなけなしの勇気を振り絞って声をかけたのだが、彼もまた、聞き返されるという辱めを受けて、心が折れかける。

しかし、リーヴァは再度、声をかける。

十年ぶりに人間に話しかけられたのだ、ここで声をかけねば次はいつになるか分かったものではないからだ。

四年の学生生活がかかっているカナデと、十年の人生がかかっているリーヴァの違いがここで出たわけだ。


「あ、私は――――――」







「♪~」


個人的にここ数年で一番と思えるほどにリーヴァは上機嫌だった。

あの後はリーヴァ視点で普通の挨拶を互いに交わしていた。

自己紹介が出来たばかりか、一緒に園芸部に入ると言ってくれたので、その場で入部届を渡しておいた。

彼女にリーヴァの分の入部届を先生に出して貰えば、ケティルに頼む必要も無い。


「まさか俺に気付く人間が居るとはな……」


まるで暗殺者のセリフみたいだが、彼にとっては切実な問題だった。

誰にも気づかれないように日々鍛錬を行っているであろう暗殺者からすれば、何もしないで気配が皆無な彼は悪夢のようなものだろうが。


「ふふん。十七本全て異常無し」


機嫌の良さを反映してか、今日の作業は捗る捗る。

特注の銀のナイフをシルバーダスターで磨き、綺麗に並べていく。


「リーヴァ何やってんの?」

「おう、お嬢お帰り」


クラブの見学から帰って来るなり、ケティルは怪訝な顔をして自分の従者を見やる。

鼻歌を歌いながら、よく分からないセリフを吐いて、銀のナイフを磨いてにやにやする男。

誰が見ても怪しさ爆発の光景だった。


「ナイフの整理だよ。……俺、魔法使えないからな――――こういう退魔効果のある武器って重宝するんだよ。まぁ効く奴は限られるけどヴァンパイアとか人狼とかね」

「日々の手入れは大事だけど―――――そういうことやってる時に限ってまぁた呼ばれるわよって……ん?」


得心が言ったのか、頷きながらも不穏な事をケティルが口にすると、妙にケティルの部屋が騒がしい。

まさか――――。

とケティルがドアを開くと。

ケティルの部屋に飾ってあったマントが風も無いのにはためき、淡く燐光を放っている。

良く見ればマントに文字のような紋様が浮かんでいた。


「ほら来たぁ……前から思ってたけどこっちの様子を監視とかしてないわよね」

「げっ……明日に支障が無いと良いなぁ……はぁ」

「よっと……ふむふむ、まぁどうせ学校休んでも気付かれないんじゃない?」

「否定できないのがムカつくな」


マントにはこう記されていた。

――――――――今夜、王宮に来られたし。


リヴァイ。

リヴァイオールの王都の名である。

アカデメイア学院やリュケイオン学園等の就学施設を含む、リヴァイオールを支える国の中枢が集まった大都市。

そのほぼ中心に王宮は建っている。

八つの塔が円状に並び、その中心に一際大きな塔が一つそびえ、その様相からクローネ(王冠)と呼ばれる美しい宮殿だ。

それぞれの塔ごとに役割を持ち、中心の塔は女王が下の階層で政務おこない、上の階層で生活をしている寝殿としての側面を持っていた。

防衛施設はもちろんリヴァイオール最高レベルで、八つの塔がそれぞれ探査結界、防御結界を展開し、中心の塔自体もそれを展開しながらも、八塔の結界に綻びが無いか常にチェックし、また傷つけば即座に結界を修復する隙の無い防衛体制を整える難攻不落の宮殿として国内外に認知されていた。

それだけではない、他にも多くの精霊術師が常に宮内に詰め、女王の身を護っていた。

そんな侵入するだけでも一苦労な王宮内に一つの影が歩いていた。

衛兵の脇をすらりとすり抜け、結界魔法は無きが如く、探査魔法は無反応、まるで普通の道を歩くようにその影はずんずんとリヴァイオールの国家中枢たる宮殿の奥へ奥へと歩を進ませていた。

宮殿の警護に当たる人狼達の嗅覚も異常を認識できず、労せず影は謁見の間までその身を滑り込ませていた。

そのまま奥の階段を上り、女王の寝殿を影は一挙に目指す。

そして、遂に影は女王の私室がある扉の目の前で到達する。

そこで――――――――

影は――――――

すっ転んだ。


「ぬわああっっとと、痛っ!」


もんどりを打って影ことリーヴァは無様に体を床に叩き付けていた。

彼の足元には細い絃のようなものが引っかかっている。


「ふふふふっ!大・成・功っ!!」


リーヴァが悶えていると、ばぁん!と大きくかつ荘厳な扉が開かれ、瞳に月の輝きを宿し、聖銀の髪を靡かせた少女が満面の笑みでその姿を現した。

その高貴と言葉を体現したかのような容姿をした女性は、地に臥したままのリーヴァを見てけらけらと笑っている。

外見と行動が著しく逸脱していた。

まさしく悪戯が成功して楽しくて仕方のないといった感情を全身で表現していた。

この二十に届くか届かないかの女性と言うには些か幼い少女が二百近い間リヴァイオールに君臨する君主、聖なる角、宝冠聖女と呼ばれるミトラその人であった。







夜中に男を寝室に招き入れたにも関わらず、艶の欠片も無い二人はテーブル越しに向かい合っていた。

彼らの立場を考えれば本来ありえない場面だった。


「あの女王様?」

「なにかしら?」

「さっきのアレはなんですか?」


テーブルの下で足をプラプラしながらミトラはにこにことリーヴァの問いを聞いている。

極秘の用事と思って呼ばれたと思ったら実は悪戯するためでした―――。

そんな馬鹿な事を女王がするわけないと言い切れないのが、女王ミトラのクオリティ。

第一、手のその原因の絃を弄んでいる。

どうやら、魔力で作った絃らしい、魔力の制御に優れたルナ・ドラゴンの特技の一つを駆使して作成したのだろう。


「リーヴァ……幾ら私でも悪戯をするためにあなたを呼ぶなんて酔狂な事はしないわ」

「……ですよね」

「ええ、用事の一つではあるけど」

「――――――――」


聞くなり、がくりと肩を落とすリーヴァ。

薄々は感じていたが、実際に言われるとさらに凹む。


「そんな顔しないでよ。本題はちゃんとしたものよ?」

「当たり前です」


ミトラはそこで椅子から立ち上がり、窓際にその近寄った。

やや欠けた月の光を浴びて、ミトラの髪が銀色から月の色に変化し輝く、ルナ・ドラゴンの特性だ。

ケティル・ドラゴンは覚醒しない時は、元の竜族と大した違いは無い。

ふわふわと月の魔力を吸収して靡くそれは、ケティル・ドラゴンのそれとは違った神秘的なものだった。

それを見て、オーシャン家の魔力関係の師匠、ナスターシャの事をリーヴァは思い出していた。


「さて、本題に入りましょうか」


部屋の空気が変わる。

ティアラの様な角がミトラの頭部を飾り、手には彼女のもう一つの角、聖杖セイクリッド・ティアがいつの間にか握られていた。

淡く輝く杖で床を軽く叩く。

予備動作無く探査魔法と、防音魔法が複数同時に展開し部屋を包み込む。

それと同時に、いつもは身に着けないケティルに預けているリーヴァのマントが淡く輝いた。


「今、国外、国内に限らず竜人の誘拐事件が起こっているというのは知っているかしら?」

「は、はい」


リーヴァの予想通り、任務は何日かかかりそうなものだった。

予約投稿してからカナデとケティルの名前が間違っている事に気付きました。

大丈夫かと思いますが、まだどっかで混ざってるやもしれません。


次回もこのまま学外活動のリーヴァ中心になると思います。

ストックが三つ以上になれば、定期更新とは別に早めに投稿します。

ストックは現在一つです。

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