お褒めにあずかり光栄です。
九大竜族。
リヴァイオール王国建国に際に尽力したとされる九つの竜人の一族。
それらを総称してこれらの竜人達の事をリヴァイオールでは九大竜族と呼んでいる。
その九種とは
ケティル・ドラゴン
アクア・ドラゴン
ドラゴン・イグニス
ルナ・ドラゴン
ドラゴン・フロンス
ドラゴン・テッラ
ノクス・ドラゴン
フルメン・ドラゴン
ドラコ・ドラゴン
以上九竜族が九大竜族と称される竜人の中で高い地位を有する一族である。
ケティル・ドラゴンは善神の化身とも称されること、またリヴァイオールでは現状一人しかいない為、八大とすべきとの意見もあるが概ね九大と称されることが多い。
竜人の中で四割近いものがここの出自が多い。
とは言え、竜人の五割近くはただ竜人と分類される特殊能力の無いほぼ竜化することが出来ない竜人達だ。
見た目は角の生えた人間にしか見えない。
そして残り一割に満たない者達が、竜化以外の姿が人以外のフェアリー・ドラゴンや、竜化は出来るが非常に数の少ない希少竜人達、代表例がティタヌス・ドラゴン、リキッド・ドラゴン等だ。
九大竜族達は建国に際に功をあげた竜人達ということもあってか個人差もあるが、そのほとんどがその竜族としての特殊能力を有している。
基本的に
アクア・ドラゴン
水の竜人、水の精霊との相性に優れている。
温厚な性格のものが多い。
ドラゴン・イグニス
炎の竜人、炎の精霊との相性に優れている。
性格は非常に好戦的、また他の精霊との相性は悪いものが多い。
ルナ・ドラゴン
魔力の扱いに長けた竜人。
相性が特に優れた精霊はいないものの、特に悪いものもいない。
魔力自体の扱いが非常に優れており、魔力の物質化が出来る者もいる。
ドラゴン・フロンス
風の竜人、風の精霊との相性に優れている。
性格は自由な気質なものが多いまた、敏捷性にも優れている。
ドラゴン・テッラ
土の竜人。土の精霊との相性に優れている。
性格は竜人中最も頑固。
鱗が非常に硬質で九大竜族の中では最高レベルを誇る。
ノクス・ドラゴン
黒き竜人。
黒き鱗を持ち、人間形態では褐色の肌を持つ者が多い。
また、剣竜とも称され竜化状態の角の硬さはケティル・ドラゴンを除いて最硬質。
フルメン・ドラゴン
雷の竜人。雷の精霊との相性に優れている。
非常にプライドが高く、自分達が九大竜族で一番優れていると思っている。
かつて、二百年ほど前に一族の一部がクーデターを企てて女王ミトラに粛清された。
その際に多くの者が国外に逃亡した為、九大竜族では一番人数が少ない。
ドラコ・ドラゴン
九大竜族で唯一、竜化出来ない竜人。竜化は出来ないものの、他の竜人ではほとんど出来ない高等技能の半竜化を得意とする竜人でその半竜化の速度は目にも留まらぬ程。
稀に竜化出来るものがいる。
ケティル・ドラゴン
別名宝冠竜、善神の化身とも称される竜人。
角のあまりの美しさから角を王冠や宝冠と呼ばれ、その角の形は個人個人で違うと言う。
普通の竜人と同じ角が頭部から生えるが、他の竜人と異なり力を力を行使しない時は完全に隠れている。
また、ケティル・ドラゴンは頭部の角とは別に、莫大な力を結晶化させた武器たる角を持つ。
現女王ミトラはそれを杖の形にしており、聖杖セイクリッド・ティアの名を持つリヴァイオール最強の杖である。
多くの竜人は非常に人間に近しい容姿を有しているが、頭部に角が生えておりそれが人間との大きな差異となっている。
しかし、幼少期や力の弱いものは角が生えない。
概ね十二歳前後の二次性徴の際に生える事が多く、成人の証とされる。
よって角の有無で力の強弱を比べられることもしばしばあり、角の有無で人を比べる風潮がある。
現にそれで蔑視されている者がここに一人いた。
「さぁて、あたしはどのクラブに入ろうかしらね」
執事のリーヴァを追い払った子爵家令嬢ケティルその人だった。
九大竜族に属し、子爵というそれなりの血筋にも関わらずケティルには竜人特有の角が未だに生えていなかった。
掲示板とにらめっこしている彼女の頭部は傍から見て人間のそれと大差無い。
まだ、入学して二日目。
人となりもよく分かっていない中で人がその人を判断する材料など外見でしかない。
ケティルの見た目は蒼い髪と同じく涼やかな印象を受け、大きくはあるものの切れ長の目は意思の強さを思わせた。
そんな彼女を見つめる者の目―――――特に竜人達の目はやや憐憫の念が籠っていた。
思春期―――大体十二歳程度で多くの竜人は角が生える。
いわば大人の仲間入りみたいなものだ。
それが生えていないなど、よっぽど実力が無いとの思われても仕方なかった。
「よぉーし水泳クラブにしようかなぁ」
空気中の水を介して水の精霊達が周りで囁かれる言葉を彼女の伝える。
内容は悪口が二割ほどで残りが可哀そう等の憐憫の言葉だった。
(まぁ……もう慣れたけどね)
角の有無程度で実力を計れても困る。
実力を示す機会はいつでもあるし、彼女自身目立つのはそれほど好きでは無い。
いずれ嫌が応でも目立つ機会は来ることが分かっている現状でいちいち対応しても疲れるだけだ。
やれやれと心の中で肩を竦めると、周りの視線を気にせずにケティルはその場を離れた。
ケティルが自室に水泳部の見学を終え自室の扉を開くと、すでに玄関には男物の革靴が揃えてあった。
リーヴァの靴だ。
オーシャン家―――アクア・ドラゴンの魔法技術を込めた靴で防水性や防臭に優れ、使用者の意思によって底面を水に走らせることで摩擦力を自在に変え、地面を高速で移動する事も出来る中々の一品……なのだが後者は案の定リーヴァでは使えないという優れた面のほとんどが台無しの雨に濡れても臭わないという便利なのだが利点の八割は失われた靴と化していた。
「あーやっぱり慣れないと疲れるわねぇ」
カバンをソファーにぶん投げて、ケティルはソファーにその体を投げ出す。
スカートが捲れるが、そんな事はお構いなしだ。
「制服がしわになるぞ。さっさと着替えて来い」
スカートの中の下着が微妙にはみ出ているのを思い切り首を捻って見えなかったことにしてリーヴァは小言を言い放つ。
(……青か)
……見るところはしっかり見ていたようだ。
初めて会った時のドレスもそうだったが、ケティルのアクア・ドラゴンとしての矜持がそうさせるのかどうかまだは分からないがケティルは日常的に青い服装を好む傾向にある。
「お嬢」
「うー分かったよー」
しぶしぶと言った体で体を起こすとケティルはのそっとした動きで自室へと引っ込んでいく。
横目でそれを確認しながらリーヴァは紅茶の準備を始めた。
「ふぅやっぱりリーヴァの紅茶は美味しいねぇ」
「お褒めにあずかり光栄です」
褒められたのが嬉しいのか、微妙に口角をあげてリーヴァは恭しく礼をして、ちゃっかりと自分のカップに紅茶を淹れる。
「あれ?そのカップ温めた?」
「いや、別に自分の分だ。流石にそこまで気にしない」
「えーせっかく美味しんだから一番美味しいままで飲んだ方がいいよ」
「……面倒なんだよ」
ストレートで飲むならともかく、ミルクを入れればそこまで差異は無い。
もちろんこだわる人はそこまでこだわるし、彼も本気淹れるときはミルクもきちんと温める。
それにリーヴァ程度の腕でも息抜き程度であれば十分以上だ。
「ナスタ姉のおかげだね」
「まぁあの人には相当仕込まれたからな……」
「でもおかげで女王様にも美味しいって言われたよね」
「……いや、あの人はもともとそんなに味に詳しくないだろ?」
民の信望を一身に受ける女王に対してあんまりな物言い、女王自身は気にしないだろうが、他の貴族に聞かれでもしたら面倒な事になりかねない内容だった。
「それもそうね」
「……おい、俺が言うのはなんだが、フォローしてやれよ」
「えーだってあの人、鶏肉と豚肉の区別つかないんだよ?」
「それは予想通りだな……俺は料理の飾り付けの葉をサラダだと思って食ってるのを見たぞ」
神の化身とも呼ばれる彼女のプライベートは相当に庶民染みている。
よくもまぁ二百年近くも隠されているものだと彼女を知っている身としては、情報規制しているであろう人達の苦悩が偲ばれた。
二人はともに苦笑いしていた。
入学式から三日経った頃、一年三組内で一人の少女が緊張の面持ちで椅子に座っていた。
少女の名はカナデ・アステル。
角は持たず、また獣人の様な獣の耳や尻尾も無い。
見た目はまんま人間―――――というか正真正銘の人間だった。
人間はこの国では比較的少ない上に亜人が多く通うこの学院では非常に珍しい存在だった。
それに、彼女自体がそれに輪をかけてさらに珍しい立場にあった。
カナデは隣国の人間の国、ルー王国から留学生なのだ。
留学生自体はルー王国に済む亜人からよく選出されることは度々あったが、人間と言うのは非常に稀でここ数十年の中では彼女を含めて数人という珍しさだった。
国内、ひいては学院内では珍しい人間ということもあって、今彼女はクラス内で孤立しつつあった。
言うならば注目はされているが故に誰も話しかけられないそんな感じ。
「うー」
そんな周りの視線を若干感じつつも、彼女も学院内で一人孤立と言うのは嫌なので誰か話し相手と入学式からそれとなく周りを注視していた。
亜人に対しての偏見を彼女自体は持ってはいなかったが、それはあくまで彼女自身の話だ。
人間を劣等種と見る亜人達は少なくない。
彼女を見つめる視線の中に少なからず、それが混じっていた為、カナデ自身も積極的に話しかける事を躊躇わせていた。
話しかけて『人間風情がっ!話しかけるな』と一人目から言われた日には、ひきこもりになる自信がある。
竜人達は元々人数も多い事もあって、もうグループが出来つつあった。
他の亜人も同種族同士がなんとなく一緒になっている。
残っているのはこれ見よがしに家の紋章が入ったマントを室内にも関わらず羽織っている偉そうなのと、岩窟人と呼ばれる体が岩で覆われた希少亜人を筆頭に数の少ない亜人達、貴族階級でメイドや執事を侍らした者など、ちょっと毛色が違う者達がほとんどだ。
クラスメートからは自分もこの毛色が違う人達と同じカテゴリーに入っていると思うと渋面が浮かんできそうになった。
―――――そこで一瞬だけカナデの視線が教室の前方に向けられた。
教室の前側、窓際の席に空の様な蒼い髪を靡かせた少女が座っていた。
見た目は人間に見えるが、カナデは彼女が自己紹介で竜人、しかも九大竜族の一角アクア・ドラゴンであると知っていた。
……確か竜人は成長すると角が生えるはずなのではと、遠目にケティルの頭部をじろじろ見るが、それらしい突起はどこにも見られない。
しかし、カナデが気にしているのは彼女ではない。
彼女の隣に居る執事の少年だった。
入学式や自己紹介で普通に返事をしているにも関わらず何故か無視されるという訳の分からない少年。
その自己紹介の内容をカナデはしっかりと覚えていた。
『リーヴァ・オールス。ケティル・オーシャン嬢の執事をしている。人間……以上』
という味も素っ気も有ったものでは無い自己紹介だったが、種族が人間というと言うだけでカナデの記憶に残るには十分だった。
本来、空気にも等しい存在感のリーヴァが人から注目されることはほぼ無い。
にも関わらずリーヴァをカナデが認識しているというのは非常に珍しい事態だった。
これは別にリーヴァの存在感が増したわけではない、断じて。
彼女自身がこのクラスで浮いていたのと、彼女がリーヴァに注目していたからだ。
彼の存在感の無さは偏に認識されないという事に集約される。
つまり彼を最初から知らない者がリーヴァがそこに居るというのに気付くのはまず無理だ。
しかし、彼を知っている者であればリーヴァをリーヴァだと認識する事は可能であった。
まぁ、それでもふとした瞬間に見失われる事は多々あるが。
リーヴァがこの学院では珍しいという人間ということと、カナデが話しやすい人――――つまり人間を探そうといていた為に起こった――――そう一種の奇跡だ。
どちらかが欠けていれば、これは起こらなかっただろう。
それでも時折見失うのは彼の凄まじいまでの隠密スペックが成せる業だった。
「うー」
再び彼女は唸る。
リーヴァに話しかけるタイミングを窺っているのだ。
亜麻色の髪を肩口で切り揃え、歳よりも幼く見える彼女の容姿を彼女自身はそこまで気にしていなかったが、蒼穹の様に澄んだ蒼色いわば、空を切り取った様な美しさの髪と瞳を持つ子爵家のお嬢様の執事に堂々と声をかけれる程、自身があるわけでもない。
同じ人間だしちょっと怖くはあるが声位はかけてみたい、そう思って昨日から様子を見ているが、ほいほいと執事が主人から放れる訳も無く一向にそのチャンスは巡ってこない。
そしてそんな変な態度が、他のクラスメートから声をかけようとする気を失くしているとも気付かない。
「って、もう放課後じゃない……あ、クラブの見学行かないと」
留学生と言うこともあって、カナデはそれなりの成績を取らねばならないが、勉強一筋というのもつまらない。
せっかく他国に来たのだから、色々な事をしてみたい。
机から教科書を取り出して、鞄に詰め込んでいく。
「じゃああたしは今日も水泳部の見学に行くから」
「ああ、気を付けてな、お嬢」
ぴくりとカナデの耳が反応する。
ばっと顔を上げると、ケティルがリーヴァを置いて教室から出て行くところであった。
「……やれやれ」
リーヴァは目に見えて落ち込むのが目に入った瞬間、カナデの脳に電流が奔る。
(チャンスッ!)
椅子を蹴倒す様に立ち上がり、カナデは高鳴る胸を押さえてリーヴァに向かって一歩、また一歩と歩を進める。
他のクラスメートが怪訝な顔をしていたが、そんな事も気にならない。
精霊知覚を展開し、リーヴァの様子を細大漏らさずに観察する。
(あれ?精霊知覚が働かない……)
留学生に選ばれるだけあって、カナデはかなり優秀な学生だ。
特に全精霊と相性が良い上に、魔力単体の扱いも非常に卓越していると来ている。
火と水はとある友人が人間とは思えない程に相性が良かったのを除いて、進学する前に通っていたルー王国の学校ではもう教える者が居ない程の優等生。
その彼女の精霊知覚が目の前にいるはずの少年をそこにいないと断じていた。
火、水、風、土等の基本精霊はもとより、他の精霊達もリーヴァを認識してくれない。
(ちょ、どうして?……しょうがないわね)
一端瞳を閉じる。
無意識レベルで感応している精霊達との感覚をより深くし、五感を精霊知覚で置換する。
世界が広がり空気の流れや、電位の変化さえも捉えられるほどまでに高めれたそれで再びカナデは瞳を開く。
そこにリーヴァの姿は無かった。
「えっ!?嘘?」
背中ごしのクラスメートの表情すらも分かるカナデの今の五感でもリーヴァの姿は見て取れない。
精霊との相性が良ければ良いほど、活発にその相性の良い精霊は術者に集まりやすい、それを押さえられることが出来るというのは精霊を完璧にコントロールするほどの腕を持つ術者としての証明となる。
つまり、この一見普通に見えるクラスメートはただの人間にも関わらず相当な術者だということなのだろう。
と、今はそんなことを考えている場合では無い。
魔法文明の発達したリヴァイオール王国、自分よりも腕の良い術者などごまんといるだろう。
それよりも今は如何に彼に話しかけるかが重要だ。
「――――――――」
精霊知覚を一端解除し、カナデは通常の視覚でリーヴァを見やる。
それでもそこに彼の姿は無かった。
「ええ!?ホントに居ない!?」
てっきり精霊を誤魔化すとか高等な技術でも使って隠密性を高めているとか色々な方法を考えていたのに本当に目の前にいないという事態にカナデはきょろきょろと当りを見渡す。
いや、実際に隠密を施しながら移動した可能性もあったが。
そんな益体も無いことを考えながら視線を教室の前の扉に向けると、リーヴァはちょうど教室から出て行くところであった。
「ここに入っていったわよね?」
カナデが一人で教室で百面相を終えた後、彼女はリーヴァの後をつけていた。
今、彼女の目の前にあるのは、ガラスが割れて見るからにおんぼろのガラス張りの建物。
所謂、温室と呼ばれる場所だった。
「お、温室?、何しに来たの?」
彼女の疑問に応えてくれるものはいなかった。