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知らなきゃよかった

空は曇り、しとしとと雨が降っていた。

時刻は夜半過ぎ、森の中は夜を住処とする生き物達が騒ぐ頃にも関わらず、雨のせいか生き物達の音はほとんど聞こえない。

―――――はずだった。


「う、う……おーとさまぁ、おかーさまぁ、じいーや……どこに、いるの?」


蛙などの雨を恵みとする動物の鳴き声では無い――――それは言葉だった。

淋しさ、寂しさ、悲しさ、それらの感情が複雑に入り混じった声。

小さな、ともすれば雨音に消えかねない程のか細い声は、それでも自身の存在を告げようと、儚いながらも森の中に響いていった。

声の主は、その声に見合った小さな少女。

森の――――しかも夜に雨降りしきる森の中では不釣り合い極まりない服装にその身は包まれていた。

サンゴの海を彷彿とさせる蒼い髪は水を吸い、蒼い綺麗なヒールは泥に塗れ、これまた蒼い美しいドレスも雨水にぬれぴったりと肌にくっつき、容赦なく彼女の熱を奪っていった。

彼女と相性が良い水の精霊達が少女を助けようと集まってくるが、まだ魔力の制御が覚束おぼつかない彼女を体温をいたずらに奪う事しか出来ず、逆にその体力を減らしていった。


「はぁ……はぁ、だれかぁ……いないの?」


力無く吐かれる息はうっすらと白い。

季節は秋に変わった頃だったが、夜のしかも雨の夜とあっては冬の始まりと比べても遜色がない寒さだった。


「あぅ!」


木の根にヒールを取られ少女は小さな肢体を強かに打ち付けた。

舗装もされぬ森の中、しかも雨そしてダメ押しのヒールで歩けば幼き少女が転ぶのは当然だった。


「う……うっ!……」


痛みに挫けそうになる心に鞭打ち、少女は小さな手で己が体を持ち上げようと大地を支えに力を込める。

普段であれば、一々意識することも、大した労苦も使わずに少女は自分の体を起こすことが出来たであろうが弱り切った彼女にはそれは無理だった。

上半身がなんとか持ち上がるも、それが限界。

泥を辺りにぶちまけ少女は再び大地に臥してしまう。

それでも諦めずに大地を手を載せるが、もう僅かに土を削ることしか彼女には出来なかった。


「…………」


体力が限界を迎えたせいか寒さに震えていた体も、もう僅かな身じろぎもしない。

瞼がゆっくりと閉じて行った。




「…………ん?」


ゆさゆさと体が上下に揺らぶられ、少女は再び意識を僅かながら取り戻す。

背中は依然として冷たいが、胸やお腹は人肌のぬくもりを感じていた。

少女は同じ年頃の少年の背に負ぶさっていた。

髪は漆黒、耳も普通、まごうことなく頭の先からつま先まで人間だ。

少年も雨で体力が奪われているのだろう、白く吐く息は力無く、足取りも覚束ない。

それでも、少女を支える左右の腕は疲れを感じさせない力が込められており、そこだけが妙にちぐはぐだった。

心地良い人肌が先までの淋しさを埋めて行く。

先までの疲れでは無い――――安心から少女は再び眠りへと誘われて行くが、少女はそれに抗った。

只一つの疑問を払うために。


「……あ、なた……誰?」










「リーヴァだ。……というか寝惚け過ぎだろう。従者の名を忘れるとは何事だ」


少女―――ケティル・オーシャンは懐かしい夢から目覚めた。


「……んあ?リーヴァぁ?」


目の前にはかつての雨の森から彼女を救ってくれた黒髪の少年リーヴァ・オールスが仁王立ちして彼女を睨んでいた。


「んあ?じゃない。早く起きろ。今日は入学式だろう?」

「あ?……あ!そうだった!」


さも思い出したーとばかりに、がばっと勢い良く掛布団を跳ね除けると、リーヴァが目の前にいるにも関わらずケティルは寝巻を脱ぎ危着替えをし出した。

リーヴァは年頃の少女がいきなり脱ぎ出したのに驚きもせずに、自然な動作で彼女に背を向けポイポイと投げられる寝巻を綺麗に畳み、代わりに壁に掛けてあった服をタイミング良くを後ろへ放る。

ケティルは慌てているのか、それとももう慣れっこなのか、はたまたリーヴァを信頼しているのか、特に気にせず制服を受け取るとテキパキとそれを身に着けていく。


「よーし良いわよリーヴァ」

「はいはい」


一通り服を身に着けてリーヴァに振り向く許可を与える。

リーヴァがこっそり覗くなどありえないと思っているのだろう。

十年の長き信頼はかなり厚いようだ。


「ケティル。タイが曲がっているぞ」

「ん?ああ、ありがと」


リーヴァの指摘にケティルは彼の目の前で背伸びをし、ついっと顎を逸らして目を閉じる。

タイを直しやすく本人はしたつもりなのだろうが、見ようによってはまるでキスを求められている様にも

見えない事もない。

健康的な艶を持つ唇に目を奪われ、リーヴァはタイに手を伸ばしかけたところで動きを止めてしまった。


「……」


いつまでたっても動かない様子のリーヴァにケティルが疑問を覚えるのは当たり前。

問いが投げかけられるのは至極当然だった。


「どうしたの?」

「な、なんでもない」


若干動揺しながらもリーヴァはケティルのタイを綺麗に整えた。

手が震えていたのは言うまでもない。




ケティルは蒼い髪を、リーヴァは黒い髪を揺らし二人は学院の寮の廊下を並んで歩ていた。

パリッとした執事服を身に着けたリーヴァはそっと隣を歩く主人たる少女ケティルを見やる。

一見すると人間にしか見えないが、ケティルは竜人その中で九大竜族の一柱アクア・ドラゴンに名を連ねる亜人である。

竜人は九大竜族に以外にも多く複数存在し、この亜人の国たるリヴァイオール王国では人口の四割を越えるポピュラーな種族だ。

むしろただの人間に過ぎないリーヴァの方が非常に珍しい。

そんな彼がこんなところにいる理由は十年前に遡る。

とある辺境伯の愛娘の四歳だがの誕生パーティに、彼女の親達が招待され、それにケティルも連れられて来ていた時。

誕生パーティとは言え、辺境伯は伯爵だが発言力は侯爵にも匹敵する。

そうなると大人達のゴマすり大会の始まり出す。

彼女の親達はそう言ったことには無頓着な方だが、子爵の位を持ちしかも王国を建国した際に尽力した九大竜族の一つアクア・ドラゴンに連なる者としては、そうはいかない。

貴族はプライドの生き物だ。

形だけでも挨拶をしなければ、後々は面倒な事になってしまう。

そんなわけで親が二人揃って居なくなり、はっと気付けばケティルは取り残された。

子爵令嬢とはいえ、親の放任政策でお嬢様らしからぬ性格を持つ、彼女がそんな暇な状況でじっとしている訳はなかった。

そうしてケティルは元気に外に飛び出し―――――――――迷子と成り果てた。

やがて雨が降り、死にかけ、その時に後にリーヴァと呼ばれることになる少年は主となる少女ケティルと出会ったのだ。


「ん?」

「……もう十年経ったんだな」

「十年?……ああ、リーヴァが拾われてから?」

「ああ、お嬢が泣きながら泥を貪っていた時から十年だ」

「……もう少し言い方ってもんがあるでしょうがってか泥食べてないし」


間違いではないが、迷子になっていたくせに、自分がさも助けたような言い方に、むっとしてしまうリーヴァ。

主に軽口を叩く執事らしからぬ男だった。

そして忘れたい過去をちくりと刺されたケティルも妙に抵抗していた。


「でも十年か……やっぱり名前とか思い出せないの?」

「ああ、というか親から名前を呼ばれた記憶が無い……そもそも名前が付いてなかったのかもな」


さらっと重い事をリーヴァは口にした。

リーヴァは幼少の頃から尋常ならざるほどに存在感と言うものが無かった。

そもそも親が彼に興味が無かったのか、彼に喋りかける事もほとんど無く、食事はいつも家にあるものを適当に食べていた覚えしかない。

家の中に居ても、偶に気付くと、ああ居たのか程度。

そんな両親が引っ越しをする際も、両親は彼に注意を払うことは無く、引っ越しの荷馬車に慌てて乗り込んだほどだ。

そして途中でもよおしてしまい、用を足している間に馬車は消えていた。

当て所もなく、親を探して彼は森の中をさ迷う羽目になった。

そしてさ迷っているうちに、ケティルと出会ったのだ。


「でも、そんな名前で良かったの?」

「ああ、せっかくお嬢がつけてくれた名前だからな」

「大事に使ってくれるのはありがたいんだけどね。すぐに思い出すと思ったんだけどなぁ」


眠気を覚ます為か、はたまた照れからか話の合間にケティルは両手を頭上に伸ばす。

気の置けないこの従者が存外に自分が付けた名前を大切にしているのが嬉しかったのだ。

だが、それ故に罪悪感も同時に鎌首をもたげてくるというものだ。

なんせ。


「だったら思いつきで名前つけなきゃよかったなぁ」

「……は?お、思いつきだったのか?」


十年経ってようやく明かされた真実にリーヴァの顔が歪む。


「気付かなかったの?だってこの国の名前知ってるでしょ」


国の名前はリヴァイオール。

彼の名前はリーヴァ・オールス


「うわぁ、知らなきゃよかった」


今までの感謝の気持ちを返せとばかりにリーヴァは頭を抱えて唸り出す。

というか今まで知らなかった自分が恥ずかしかった。



リーヴァが自分の名前の真実に気付き項垂れながらも二人は入学式の会場へ足を踏み入れた。

アカデメイア学院の入学式が今始まる。


貴族の子弟も全校の三割近い人数を占めるアカデメイア学院だが、在学中の生徒に関しては家柄が憂慮されることはほぼ無い。

学生は学生らしくというのを信条とする教育方針がアカデメイア学院の基本理念だ。

家柄や爵位どうこうで子供に接してしまうのは、子供自身の人格を無視することに他ならないということらしい。

もちろんそれに反発する貴族もおり、そういった者は別の学校へ転校していくらしい。

また他国、リヴァイオール国外のからの留学生も積極的に受け入れている。

故に常に新しい風が吹くのが利点だが、過去の風習などが風化しやすいという欠点も抱えていた。

ちなみに入学生の名前を読み上げる際も、読み順からという徹底ぶりだ。

貴族階級では無いものや、また家柄は良くても家を次げない次男、三男坊には心地良い学院だ。

ケティルの家は子爵の爵位を持つ上に、九大竜族のアクア・ドラゴンの血を継ぐ竜人の家柄なので、貴族が多く在籍する学校に行っても全く問題は無いのだが、自身の執事リーヴァと同じ学校へ入りたいという理由でアカデメイアに進学していた。

執事というのがNGと言う訳でなく、リーヴァが人間だからと理由だ。

この国では人間は非常に少ない。

必然的に人間を受け入れる学校の数も少なくなり、貴族を受け入れられる学校ではそれはより顕著だった。

亜人主導の国故に、知能や肉体的に劣る人間を侮る者も多いのだ。

種族がその人すべてを現す訳がないというのに、非常に愚かな事だ。

ケティルは名前順で自身の後方に居るだろうそこそこ有能な執事を脳裏に過らせた。

能力こそは一流とは言えないが、気がおけないというのは、常に身の回りに侍る執事には得難いスキルだろう。


「リーヴァ・オールス!」

「はい」


学院長から、思いつきでつけられた彼の名前が呼ばれた。

大きくはないが、とおりの良い彼の声がケティルの鼓膜を震わせ、自然と彼女は微笑んだ。

これから起こるであろう事態が正確に分かるが故に。


「リーヴァ・オールス!!」

「はい!!」





この後も二回彼は呼ばれたが、気付かれることはなかった。


にじファンで二次ばかり書いていた為、オリジナルは不出来かも知れませんが楽しんで頂ければ幸いです。

まだまだストックが無いため、定期連載の周期は明言できませんが、来週の月曜日深夜一時に更新できればそのペースで行きたいと思います。

国や亜人、学院の設定などは出来ていますがちょいちょい本文で説明して量が溜まったら設定として公開したいと思います。

二万文字……越えてます。

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