第七層 夕陽色
0
旅人は求め続ける
骨を抱いて立つ鍵を
一つ目の鍵を手に入れたとき
旅人は旅を終える
1
「…ん」
目の前に広がっていたのは、見覚えのない風景だった。いつものことで、これが夢だと分かる。
―これ、で…最後…ですね。
神殿のような荘厳な造りの薄暗い広間に、誰かが横たわっている。近付こうにも夢の中では自由が利かない。
―そのような心配そうな顔をなさらないでください。私は、大丈夫…ですから。
顔を上げれば、女性だと分かった。人間…のようで、そうではない。少なくとも、俺のいる時代の人間じゃないだろうと推測できる。
額には小さい透明な球が頭環として飾られ、その中に揺らめく光がある。しかしその光も風前の灯のようだ。頬には火傷のような痕、起き上がれば身に着けている衣服もぼろぼろになっていた。元は綺麗な装飾の施された衣服だっただろうことだけが分かる。
―これが私の今代の務めならば…果たして、みせます。誰よりも辛い、貴方の救いとなるように…
よろよろと立ち上がり、床に転がっていた杖を手に取る。簡素な木製の杖で、大き目の石のようなものが埋め込まれている。
―今更、ですよ。私は、考えを変えるつもりはありません。最後は、私だけの力で成し遂げなければならないのです。
俺よりも低い位置に立つ女性は手に取った杖を両手で持ち、それを床と垂直にして腕をこちらに伸ばす。
―他の王との契約時でも、それは明白になったはずです。私は…私は、満足ですから…
女性がぼそりと何かを唱えると、女性の周りに光が文字となって宙を踊りだした。それらの一部は床に法式を描く。彼女の周りだけに光が集まり、幻想的な光景が現れる。女性は杖を片手に持ち直して、文字となった光に杖の先端を向けて杖を振る。すると、杖の通りに文字が現れていく。単語の羅列であった光が文として成り立つ瞬間だった。
思い通りになったのだろう、女性は杖を下ろして体重を支える。こちらを見る瞳には、涙が浮かんでいた。
―さようなら、また…逢いましょう。今度は…平和になった、世で…
ふわりと微笑む。同時に、床の法式から光が噴出して女性を包む。
それは、一瞬だった。
光が収縮し、霧散した後に残されたのは。
倒れた女性と、
その手に握られた最後の―
「…な」
唐突に意識が浮上して、目を開くと夕陽色−オレンジというらしい−の瞳があった。
「うわっ!?」
「あ、起きた」
にこりと笑って、離れていく瞳。
そんな近くで何をやっていたんだこいつは。
「ちょっとの時間だけだったけどね、倒れてたんだよ?」
「あ、そ…そう」
目覚めの衝撃で何の夢を見ていたのか忘れてしまったじゃないか。
あれは…大切なものだった気がするけれど。
「ちょっとって、どのくらい?」
「本当にちょっとだよ。1時間くらい?」
「そ、そうか…ごめん、迷惑かけた」
まだ少し頭が痛む。起き上がると、体に外套がかけられていることに気がついた。
「いや、それくらいはなんともないよ。ボクも貴重な体験させてもらったからね」
「…貴重な体験?」
「ん〜ん、なんでもない」
何だそれは。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。顔洗わなくて大丈夫?」
「ああ、平気だ」
立ち上がってリカリアについていく。
「というか、第三階層街に地下なんて作ったら底抜けないのか?」
「…え? 抜けないよ? そんなにやわじゃない」
苦笑しながら上階に出る。リカリアが「お邪魔したね」と言って外へ出る。
それにしても、随分と長い間あの場所にいたと思っていたのに…本当に短い間だったんだな…と考えていると、その考えが顔に出ていたのだろう。リカリアが丁寧な口調で説明してくれた。
「あの場所は通常と時間の流れが違うのですよ」
「どういうことだ?」
「その話はまた今度にでも」
その後、中央区を案内された俺は夕方近くに騎士ギルドに戻った。
2
「どうだ? 主の様子は」
「相変わらず、だな」
机をはさんで対面に座った男が答える。
「相変わらずか…まだ無理だろうな。時期じゃない」
「分かっているよ。前回よりは少し早いけれど…これから俺達がすることを考えれば早いうちに押さえておく必要があると思ったんだが」
「だが…早すぎるのは考え物だぞ? 前々回はそのおかげで大変だったじゃないか」
「あれは俺のせいじゃないだろう。どちらかといえば、お前のせいだ」
「俺は格下だからな…直接の関係はないといっておこうか」
目の前に出されているカブバティーを飲む。第三階層街の特産品の1つで、この標高でしか作ることの出来ない茶の葉を用いた茶だ。
「直接でなくとも大部分の間接的な関係はあるんだろう?」
「…今はその話は置いておけ」
よし、後で蒸し返してやろう。
「で、だ。時期が早いにしても…そろそろ兆候は出ているんだろう? それすら見られないならまずいと思うが?」
「…俺には、見られないが。そもそも、俺はそういうのには疎いんだ」
「ああそう」
「そう睨むな。俺より鋭いやつは他にいるから」
「上に、だろ?」
「上に、だけど」
互いに苦笑する。こいつの言うことも分かるが、今の俺では無理だ。
「それで?」
「ん?」
「あいつに任せるのか?」
…固有名詞を出さないから何を言っているのかが分からない。
「ええっと…」
「いや、分からないのならいい。出る前にまた話そう」
「そうだな」
そろそろ、頃合だろう。
「じゃあ、また。このカブバティー…お前は二度と入れるな」
味が出すぎて美味しくない。
「…えぇ!? これでも大人気なんだぞ?」
「そりゃあ、お世辞っていうものだろう」
―――
―それは本当に唐突だった。
夕方。世界を染めている色を眺めていたら、突然だ。
「なあ、リカリア」
「…はい?」
騎士ギルドの待機所に戻った俺達は、ジルが街から帰ってくるのを待っていた。
…どうでもいいけど、本当に誰もいないなこのギルド。
「俺、思い出したんだ」
その言葉に驚いた様子もないリカリアだが、心なしか楽しそうに見える。
確実に楽しんでいるに違いない。
「何を、でしょうか」
「そのペンダントの仕組み」
「仕組み?」
説明されていないことも、全部。
「それだけですか?」
「うん。それだけ」
「なるほど。それで?」
その瞬間次の言葉が頭に浮かぶ。言うべきか言わざるべきかの判断は付かないけれど。
「俺に従う気はあるか?」
微笑したリカリアは端の席に座ったままの俺の傍まで歩いてきて、跪く。
「全てを理解した、そのときには必ず」
それは騎士が主に向けて向ける最大の敬意の表し方。代々騎士が自らの主と認めた人だけに行う、主と騎士だけが交わす契約の証。
「それまでは?」
「もちろん、ボクはボクのままで」
リカリアは立ち上がり、イタズラっぽく笑った。
「あ…そうだ。言わなくちゃいけないことがあったんだ」
突然そんなことを言って、また対面の席に座る。
「分かってると思うけど、ボクは女だからね? リカリア・ホーランド、現在20歳です!」
語尾に記号が付きそうな勢いで言った。
…顔のわりに歳いってるんだなぁ…。
「ちなみに禁句は『童顔』と『女の癖に』と『顔の割りに…』です。言ったやつは例外なく地獄を見ているのであしからず?」
なぜそこで疑問形?
「だから気をつけてね、コウ」
「…あ」
始めて名前を呼んだ。今まで一度も呼ばれなかったのに…
…決めたはずなのに。
…俺は…
如何でしたでしょうか?
次の更新ですが、
作者がテスト期間のため来週はお休みします。
そのため、2月になります。
すみません…
ご意見、ご感想などありましたら是非よろしくお願いします。