第六層 ひとつの記憶
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旅人は鍵を見つけるために
鍵を探す。
導かれし者、石を求める。
空に昇る石を求める。
1
ジルに連れられてギルド長―ギルドを納める長で、大抵は騎士団長と掛け持ちされる位―の前に立った。
何故俺が? と訊く余裕はなく連れられるままに立ったはいいけれど、二人は俺を無視した話を続けていた。完全に蚊帳の外だ。
なんで、ここに連れてこられたのだろう。
けれど訊くために話をさえぎるのも、なんとなく憚られた。だから、また座っている。
今度は木製の椅子ではなく、そふぁと呼ばれるフカフカな椅子。ちょっと跳ねると浮遊感があって少し楽しい。
「コウ、大人しくしていろ」
「まぁまぁ、退屈なんだろう彼も」
「それにしても、このくらい我慢できないと」
「本当にすっかり親だな、お前は」
どうやら知り合いらしい二人。俺には関係ないけれど。
それよりも…
「コウ。そういえばさっき待機所に居た騎士とは知り合いか?」
「んなわけないだろ。俺はフロウ・ゲートのことも知らずに最下層で暮らしてたんだからな」
「なら、なんであんなに親しそうに話してた?」
そんなこと、こっちが訊きたい。
「待機所にいた騎士ってどんなやつだ?」
なんと、食いついてきた。
「オレンジの髪をした…」
「ああ、ホーランドか。あいつはだれかれ構わず親しくするからな…引きずられたんだろう。そんな性格していそうな顔だし」
どんな顔だ。というか、流されやすくて悪かったな。
「そうなのか?」
「まあな」
食いつくところが違う気がするのは俺だけなのか? そんなこと、気にする必要ないのに。
もしくは、俺に関係あるのか。
「いいこと考えたぞ!」
「…カイズ。お前のいいことは悪いことなんだけどな」
「失礼な。今回はいい考えだよ。ホーランドに、第三階層街を案内させればいい」
…迷惑な考えだな…。
ジルは俺をじっと見つめた。俺がにらみ返すと、ふぅとため息をついて了承した。
「そうだな。珍しく懐いたみたいだし…だが、強いのか?」
「俺の右腕だ。ああ見えて、その辺のチンピラや騎士でも勝てるかどうか分からないくらい腕がたつ。第三階層街では、一番の手練れと言っても過言じゃないな」
「ならば、任せられそうだな」
俺には信用ないみたいなんだけれど、反論したほうがいいのだろうか。
それよりも、厄介なことになった。ああいうタイプ、苦手なんだよな…何故だか、名前知られてるし。俺には会った覚えないのに。
それに、あのペンダント。嫌な予感がする。こういうときの嫌な予感は、大抵当たるんだよな…ホントに。
しばらくして、リカリアがギルド長室に現れた。表情は先ほどと変わっていて、鋭い刃のような瞳をしている。けれど、ふわりと柔らかい雰囲気もある。
執務机の前まで歩くと立ち止まる。定位置…らしい。
「ホーランド。すまないが明日、彼に第三階層街を案内してやってくれ」
「はい」
「私の古い友人のご子息だ、失礼のないように」
「承知いたしました」
ホーランドが一礼し、さらにジルに一礼すると踵を返して扉へ向かう。途中、そふぁに座っている俺に軽く礼をする―隠れてにやっと笑った―と、扉の前で一礼して出て行った。
「よく出来た騎士だ。さすが、右腕というだけはあるな」
ジルが感心したような声音で言う。まるで、俺にあてつけているようにも取れるけれど。
「まぁな。あいつは最年少で騎士になったからな…あのくらい出来ていないと、認められないんだ」
明日の予定が決定した後、長かった時間は終わった。今夜の宿代わりである寄宿舎に連れて行かれた俺は、二人分の夕飯を作らされる羽目になった。ジル曰く「そのくらい出来ないと生きていけないからな」だそうだ。
「ほら、まだ病み上がりなんだから。さっさと寝ろ」
働かせたのは誰だ。
文句を言いつつも、やはり疲れていたようだ。
目を瞑れば、すぐに眠りに落ちてゆく…
2
「あれが第三階層街中央区の蔵書館です。第三階層街の歴史や文化などを調べるためには必要な施設です」
昨日のリカリアはなんだったんだ、と思わせるくらい完璧な仕事だ。どう考えても、昨日の姿からは考えも付かないほどの丁寧さと敬いを感じる。
…が、正直落ち着かない。
「あのさ」
「…はい? なにか、至らないところでもありましたでしょうか?」
これだ。
完全に仕事であることを自覚させられ、且つ、それ以上近づけさせない対応。
「昨日のはなんだったんだよ」
「あれは、任務時間外でしたから」
分かっていてやっているな、こいつ。俺は敬われる立場になったことがないから分からなかったけれど…前に、知が言っていたことが分かる気がする。これは「いい気分じゃない」だろう。
「話がしたい」
「それでしたら、ここで」
「二人だけで、だ。聞かれたらまずいのはそっちだろ」
俺の厳しい視線を感じたのだろう。リカリアはため息をついて辺りを見回し「そうですね」と言って中央区の大通りを少し外れたところにある武器屋に俺を案内した。
「ごめん、ちょっと部屋借りる」
なぜか店員にそういうと、俺を連れて店の奥に歩いていく。慌ててお辞儀をして付いていくと、階段降りて地下へ…って、ぇえ!?
「ここなら、誰にも聞かれない。保障するよ」
いきなり砕けた口調になる。絶対にこっちが地だろうに、知といいリカリアといい、よく分からないことをするとつくづく思う。
「で、話って?」
もう少し待ってくれてもいいじゃないかと思わなくもない。
「ああ。その…まず、ペンダントのことなんだけど」
どう言ったらいいのか分からない。俺が感じている違和感と疑問、それをどう言葉にしていいのか…簡単に、してみると。
「それはどういうものなんだ? 俺は始めて見るけど…、初めてのような気がしないんだ」
そう、こういうことになる。もちろん、すべての答えが聞けるとは思っていない。ただ、その取っ掛かりでもいいから訊いてみたかった。
「ふうん…やっぱり、そっか」
一人で納得したリカリアだったが、当然俺にはわからない。というか、その回答では説明する気あるのかすら分からない。
「うん、なるほど。ん〜…分かりやすく言うと」
「俺、そこまでバカじゃないからな、一応言うけど」
「分かってるよ。どう説明したものか、考えてるだけだから」
なんだか昨日始めて会ったような気がしない。あるいは、初めてではないのかもしれないけれど。
「ボクはリカリア・ホーランド。リカーリャ・ホーランドって、聞いたことある?」
リカーリャ・ホーランド。確か、この国最古の女王だったはずだ。この国が『階層街』を作る前の最後の女王で、最後まで『階層街』化を反対していた女王だったはずだ。
「その女王がご先祖様ってことか?」
「そう。そして『思い出せないようになっている』と思うけど、リカーリャ・ホーランドは龍人との交流が出来る最後の人間でね。龍人とリカーリャは未来のことが視通せる力を持っていたらしくって…自分の子孫たちのことを危惧して精霊と交渉をした後、精霊の力を引き出すための術をかけた道具を作り出したんだって。その内の1つが、これ」
再び懐からそれを取り出す。リカリアの瞳が赤く染まる。
くらり、と浮遊感。あるいは、既視感かも知れない。リカリアと誰かの影が、重なる。
燃えるように真っ赤な髪、その長い髪と同じくらい真っ赤な瞳をした可憐で純粋な少女。
二人、あるいは一人は同時に口を開く。
『思い出さなくてもいい、刻んでおいて。あなたのやらなければならないこと。あなたの記憶は、それを知っているはずだから』