小休止 知という女の子
0
歴史に沈みましょう。
もう役目は終わったのだから。
1
動けなかった。
追いかけて「嘘だよ、びっくりした?」と笑って言えたらどれだけよかっただろう。
でも、それも叶わないんだ。
傷ついた顔をしていたと思う。無表情だったけど、多分そうだ。
私と自分の立場、言われたことの意味、多分全部を悟ったからこそどうして、と聞いてこなかったんだと思う。
私は…ひどいことをした。でも、それが盗賊ギルドの長たる私の役目。
逃げられなかったんだ。
「大丈夫かい?」
「…うん、平気。今日は…暫く放っておいて」
彼が行ってしまった後へたり込んで呆然としていた私に、誰かが声を掛けてくれた。
体に力が入っていないことがわかる。懸命に重い体を引きずって、広間を出る。
「今日一日で、リセットしてみせるから…明日まで待ってて」
お父さん、こんな情けない私が長でいいのですか?
ギルドは家族のようなもので、そのメンバーが1人欠けただけでふらつくような私が長で、本当にいいのですか?
心さんのほうが、おジィちゃんのほうが合っているのではないですか?
お父さん、わからなくなりました。
本当に、私に長など務まるのでしょうか…?
真っ暗にした部屋から、窓の外を仰ぐ。空は晴れ渡っていて、この気持ちを包んでくれているような気がした。
自然と涙がこぼれる。
―ああ、そうだ。
―私の泣く場所は、もうないんだ。
―受け止めてくれる人はもういないんだ。
やっとここまで仲良くなって、心も開いてくれていたのに。
望んでも望まなくても関係なく、平等にやってくる別れ。
お父さんだってお母さんだって、お姉ちゃんだって弟だっていなくなった。
彼の時だって、初めからいなくなることを覚悟しておいたじゃない。
なぜ忘れていたんだろう。
この感情は捨てよう。そして、覚えていよう。
お父さんとおかあさんとお姉ちゃんと弟のように、記憶に残して。
記憶に対する感情は、あってもなくても同じだから。
「うん、そうしよう」
明日になれば笑えるように。
「…じゃあね」
テーブルの上においてあった、今日は外したペンダント。
彼からの、最初で最後のプレゼント。
それを、窓の外に。
2
「それでいいのですか」
どこかで白い少女が呟いた。
少女の目の前の青年はテーブルに分厚い本を開き、何かを書き記している。
「どうにか出来ることではない」
青年はため息をついて、椅子の背に体を預けた。
「私は存在しないモノだ。記すことしかできない」
「それはそうですが」
いつも以上に反論してくる少女の頭に大きな手を乗せる。
「あの少女がそんなに気になるのか?」
「いえ」
「即答は肯定とみなすぞ?」
「私は否定しましたが」
「…そうか。ようやく1つが終わったな」
「はい」
「そのうちお前も登場するだろう」
大きな手から逃れて、少女は白い世界から遠ざかる。
「待ちに待った瞬間だろう?喜べよ…こう、両手を挙げて」
「…………」
振り返って、すたすたと青年の正面まで歩き、立ち止まる。
そして少女は下から青年の顔を見上げる。
「降参の合図だと認識します」
「…いや、冗談だ」
少女は再び扉に向かい、青年はため息を吐く。
少女が扉の向こうに行ってしまうと、青年の独白が始まる。
「早く本物の動力を入れてやらねば…時期に均衡が保てなくなるな」
「こちらが一足遅いのか」
青年の独白は続く。
「…この者達には申し訳ないが、消えてもらうか」
―閑話休題―