第五層 第三階層街
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昇ったそこはどこだったか
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滞在の後、
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1つ目の鍵を
1
激痛が走る。体は簡単に動くが、ダメージは大きかったみたいだ。
「ってぇ…なんだよ、もう…」
目を覚ました場所は汚い小部屋じゃなく、綺麗な部屋だった。
「あ…おはよう、コウ。調子はどうかな?」
「…最悪だ」
ここは第三階層街の騎士ギルド支部。フロウ・ゲートの最奥にあったのだという第一階層街までの快速ゲートが閉ざされ破壊されたため、仕方なく一層一層昇ることになった。
そして俺達は、数週間の間ここに滞在するのだという。
「そう?具合、悪いの?」
具合悪いって言うか…心臓に悪い。
目の前にいるのはトモリという女。この第三階層街騎士ギルドに勤める見習い事務官で、ジル直々に俺の世話を任されたらしい。年の頃は…16くらいだろうか。
こいつ、髪と目の色は違うが…雰囲気が知にそっくりだ。目が覚めたとき、一番初めにこの顔が現れたときは思わず叫んでしまったほどだ。
「いや、大丈夫。それより、仕事はどうしたんだよ? 毎日ずっとここにいるけど」
俺が心さんに短剣でわき腹を刺されて運ばれてから、ずっと看病・治療をしてくれている…らしい。
らしい、というのは、俺が3日間ほど眠っていたからだ。心さんの使うナイフには、この国で取れるありとあらゆる薬草から調合された神経毒やら薬が塗られている。傷口から入れば、なぜか人によって違った症状が出る。そして、その効力や持続性も異なっている。
俺にとっては、強力な睡眠薬となったわけだ。
「これが私の今の仕事だから。でも、驚いたよ。フェリス様が直々に私をご指名なさったの」
「ふうん」
「興味ないみたいだね?」
「一度聞いたからな」
ゆっくりとベッドから降りる。トモリは驚いていたが、止めるようなことはしなかった。
両脚で体重を支えるとさすがに激痛が走るけれど…立てないほどではない。
「…私、第三階層街の中心部にある道場で小さいときから看護師してたんだけど」
トモリがいきなり話し出す。何かと思えば経験話らしい。
「こんなに早く立てるようになった人なんて始めて見たよ」
俺は特別製だからな。
ゆっくりと歩くと、さすがに我慢できないほどの痛みを感じる。
「ああ、ほら、傷口開くよ!」
強制的にベッドに戻らされる。傷口を消毒し、包帯を巻きなおした後でトモリは部屋を出て行った。今度来るときは夕食を持ってくるだろう。
…ん? 俺、今なんて思った?
考えるとあの襲撃は不自然だった。
まず心さん。一番不自然で、一番怪しい。
あの人は優しそうな顔で表情を変えずに人を殺すくらいなんともない人だ。知でさえ一番信用していなかった人。薬草や毒草など植物のことについて熟知していて、あの人ならどんな相手にどんな効果を及ぼすかぐらい分かっていたはずだ。それと、フロウ・ゲートを片方だけ壊すなんて中途半端な仕事は絶対にしないはず。となれば…目的は俺じゃない?
いくら心さんでも知の命令がなければあれほどの人数を動かせるはずが−
…って、そういえば心さんと一緒に来たのだろう雑魚たち…あれは、知のギルドの人間だったか?
それに、俺が倒れた後事態を収拾させたのは誰だ?
目標が達成させられたのか…それとも、中断せざるを得ない状況に置かれたのか…
分からないことだらけだ。
「調子はどうだ?」
ジルが見舞いに来たのは、夕方のことだった。
窓から見える夕陽の高さが違うことでここが最下層街とは違うと実感させられる。
「大丈夫だ」
「そうはみえないけどな。とりあえずゆっくり休むんだ」
ジルはわざわざ窓を閉め灯りをともした。
ベッドの横にある椅子に腰掛けてにっこりと笑ったジルの顔を見る。
「なあ、質問してもいいか」
「答えられることのみ答えよう」
「あの事態をどうやって収拾したんだ?」
ジルはきょとんとした後、いきなり笑い出した。
「な、なんだよ?」
「いや、甘く見てもらっちゃ困るな。これでも相当な位にいるんだ」
そういえば、そこらの貧弱ものよりは高い地位にいるんだった。
だけど…心さんを防げたとは思えない。
「なに?ああ、あの人のこと?」
「まあ」
何かを考えるようにして、口を開く。
「簡単に言えば、僕が退けたよ。コウが頑張ってくれたおかげで隙も見つけられた」
「隙!? 心さんに隙があるのか!?」
「そりゃある。呼吸のタイミングだとか、攻撃後とか」
心さんの攻撃の速さは生半可じゃない。それを、隙というこいつは一体…
「とにかく早く直すことだよ。明日からは第三階層街騎士ギルド本部に寄宿するからな」
…攻撃を受けてから一週間で?
普通なら数週間ずっとここにいるだろう。
「コウはそんなにやわじゃないだろ?」
…そう。ほとんど、傷は治っている。外側は酷く見えるけれど内側はほとんど治っている。
でも、見ただけじゃ分からないはずだ。トモリでさえ気づいていない。
なんで…?
2
第三階層街騎士ギルド本部は、第三階層街の中心に位置している。広い土地の中にフロウ・ゲートを有していて、騎士ギルドの認可を受けなければ上の階層街に行けない仕組みだ。
俺は、騎士ギルド本部の騎士待機所にぽつんと座らされている。共に来たジルは第三階層街騎士ギルド長と話があるらしく、俺を置いてギルド長の元へと行ってしまった。すでにここで2時間ほど待たされている。
「はやくしろよなぁ…」
暇だ。
もともと、じっとしていることが苦手で知に散々怒られたにもかかわらず動き回っていた俺だ。2時間座っているだけで褒めてもらいたいくらいだ。
俺がいる待機所には、テーブルと椅子がずらっと並んでいる。この待機所は長時間いるときに使うんだろう。食い物や飲み物が散乱している。最下層街や第三階層街の一般的な店やら民家やらに比べれば随分綺麗なほうではあるが、それでも汚れは目立っている。ジルに聞いたところによれば、このギルド本部には騎士達の寄宿舎なるものがあるのだそうだ。親元離れてギルド本部に勤めているということらしい。待機所は休憩室代わりであまり人が来ないから、安全だそうだ。他にも、各第三階層街騎士ギルド支部にはそれぞれ寄宿舎が付いているとか。
最下層街では騎士ギルドでさえそんなものはなかったはずだ。ギルドはギルドで固まって生活をしていた。そのギルドに生まれたものはそのギルドで生活をする、それが当たり前だった。そして、生きる道でもあった。
−やっぱり、違うんだな。
今更ながらに、そんなことを考える。
「…あれ、ギルド見学?」
知らない声だ。振り返ると夕陽色の髪を後ろで束ね、同じく夕陽色の瞳を興味深そうに向けている女がいた。
−いや、女なのかな?
随分と中性的な顔立ちで、しかも軽装ではあるが甲冑を身に着けているから判断が付かない。
「って、わけでもなさそうだねぇ? 案内役いないし」
ずかずかと−職場なら当たり前だけれど−歩き、わざわざ俺の目の前に座る。
「…でも、騎士見習いの服着てるし。…施術剣を持ってるって事は、上位ランカー?」
−わけの分からない単語だらけだ。
「でも、見たことない顔…それに、珍しい髪と瞳だね?」
それはそうだろう−って
「え?」
「ん?」
にや、とその人は笑う。
俺が驚いたのは髪の色のことだ。俺はここにくる前…最下層街を出る前、更にこんな服に着替える前に、髪の色を染めさせられていたからだ。
どうやって色を変えたのかは覚えていないけれど、確かに焦げ茶色にしたはずだ。所々黒が混じってはいるが、その程度は『濃い』で誤魔化せるだろうとお許しを貰った−はずなのに。
「黒に黒、か…ふむ、なるなる」
なんなんだ、こいつ?
そいつはあたりを見回し、誰もいないことを確認してから首にかけていたのだろう物を引っ張り出す。
「これに、見覚えある?」
−それは唐突だった。
透き通った、燃えるように真っ赤な揺らめきが、角を落とした正方形の枠の中にある。
掌におさまる小さなペンダントだったが、それを出した途端目の前の人の瞳が紅蓮に染まる。
燃えるような。
「う…」
ずき、と痛みを感じた。額を抑えることでなんとか耐えようとする。
刻まれた、それはなんだったか。
「うんうん、あたりだね」
予想していたかのような声で、その人−
「はじめまして。ボクはリカリア・ホーランド。キミの名前は−−−だよね」
リカリアは、満面の笑みでそんなことを言ったのだった。