第四層 上へ
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天と地の交じり合う土地
旅人は地を選び
待ち人は点を選び
交わることのない線が続く
再び交わるときが始まり
点と千の交じり合う土地
1
馬は乗れるかと聞いたのは、実は意味がないことだと気付いた。
「つうか馬車だし」
少し考えればわかることだ。最下層街に広く名の知れた『名無しの盗賊ギルド』の長と一番仲がいい俺が知られないわけはなく、もちろん顔なじみが多いこの街。そんな中を綺麗にしただけの俺が歩いたら、たちまちばれてしまうのは目に見えている。
「馬に乗りたかった?」
「別に」
最下層街から第三階層街までをつなぐ『天空橋』の前まで馬車で移動する。騎士ギルドの紋章が車体の側面に描かれ、馬車の横には馬に騎乗した騎士の何人かが護衛についている。
「さて。少し待っていてくれ」
ジル…ジル・フェリスは、馬車を降りると天空橋前にある検問所へ行き、手甲の紋章を見せて戻ってきた。
「さあ、こっちだ。馬車は降りていい。君も知っていると思うが、このあたり一帯は最下層街の人間は近づけないようになっているからね」
俺はその指示通りに降りる。今まで見たことの無い場所に興味はあった。けれど、二度と来ないことが確定したこの街を、もう一度だけ見ておきたかった。
「特に思い入れもないけど」
そう、思い入れはない。気がついたらここに居たというだけで、そして拾われたから住んでいただけ。たったそれだけだけれど…やっぱり、気になることがひとつだけある。
「さあ、行くよ。あまりぐずぐずしてもいられないからね」
ジルが先を促し、俺はついていく。やっぱり抵抗すればよかったとか、今なら逃げ出せるとか、そんなことも考えたが…結局はもう『如何でもいいこと』だ。
天空橋はその周りを固められ、検問所から離れること10キロ圏内は立ち入り禁止となっている。平原が続いているから検問所から見れば侵入者は一目瞭然で、騎士ギルドの管理下であるその場所に踏み入るものがいれば即殺される…らしい。
らしい、というのはそれを聞いたのが今であり、情報源がジルで信用に掛けるからだ。
「さっぱり信用ないみたいだね」
「当たり前だ。俺はあんたみたいな胡散臭いやつは信用しないことに決めてるんだ。そう教えられた」
「彼女…ギルド長に、かい?」
「…まあな」
いちいちそんなこと言わせるなと言いたい。わかってるくせに…ひょろっこい上に頭の回転が早いやつは苦手だ。
「もういいかい?」
…『二度と戻って来れない』ではなく『二度と戻って来ない』。『この景色』じゃない景色を覚えておこう。
「じゃあな、つかさ」
俺はゆっくりと歩みを再開する。俄に騒がしくなる検問所の最奥『登りの間・フロウゲート』に差し掛かった、その時。
フッと明かりが消えた。フロウ・ゲートは常に柔らかな光を放っていて、その光があるからこそ迷いなく昇ることが出来ていた。それがなくなるということは『昇れない』と言うことだ。
というか、どうやったら光が消えるのかすら分からない俺は事の重大さに気がつくわけもなく。
「…離れないように」
ジルはそう言って俺の手首を掴む。…が、俺はそれを振り払う。
「大丈夫。ガキじゃないんだ、俺だって」
「僕には君を無事に送り届けなければならないのでね。これからの生活のためにも、仲間に君を奪われるのは防がなくてはならない」
仕事のためか、それとも自分のためか。
俺のためじゃないことだけは確かだ。これから仮の家族として移住を共にする俺に少しでも心を開いてもらおうとしているのかもしれない。
…余計なお世話だ。
2
「復旧を急げ。時刻までに上れなければ、明日もここにいることになるぞ!」
ジルが命令を下し、検問所の警備兵は俺達の周りを固めている。検問所では何人かの技術屋がなにやらうようよしていて…復旧をしているのだろう。
…と、突然警備兵の1人ががうめいて倒れた。
ジルの手を離れ、すぐ近くに倒れていた兵を見る。
―死んではいない。ただ…マヒしてるな…神経毒?
……まさか…!!
「くっ……」
咄嗟にジルの前に走り、腰から下げていた剣を抜き、攻撃を受ける。とはいえ訓練用の剣というほどだから、気持ち程度でしか……
「なっ!?」
訓練用の剣というから、木で出来ているのかと思っていたら…違った。
「光ってる?」
剣の中央、少し窪んだ黒い部分に文字のようなものが浮かんでいる。その光で相手の顔が良く見える。
「…心、さん」
目を閉じた、見知った顔があった。
周りの戦闘もさることながら…
死角からの斬撃。振りかえる時間も惜しくしゃがむ。
「知の、差し金か?」
ジルに向いている攻撃をすべて防ぎ、ひたすら弾く。
…分かってる。いつまでも保つわけがない。
「…違いますよ。彼女は…長は関係ない。私が指示を出しています」
「なんでっ…!!俺の……っ無駄だろ!!」
弾く、避ける。短剣に対して、こちらは普通の剣。スピードが違う。
「…ジル、離れろ!戦い難い!」
そう叫んだ瞬間、腹部に激痛が走った。
「悪く、思わないでくださいね? 君に戻られては困るのですよ…」
そう言った、声が聞こえた。
「いいのですか? 勝手なことをして」
「許されるさ、連れ戻せばいいんだろう?」
男は大きなあくびをする。
「それにこれくらいは必要だろう。閉じた世界の扉を開く鍵を渡したまでだ」
「知りませんよ、怒られても」
平坦な声に返す男はにやりと笑った。
「…怒られないさ」