第十五層 師範
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動かないものを的にするのは簡単なのだ。
動くものこそ難しい。
それを動かなくするのが目的ならば。
1
俺は人目に付かない場所を探した。しかし、さすがに騎士ギルド、国のお抱え軍隊。不法侵入に備えて…なのかはともかく、夜の警備も怠っていない。人目につかず、且つ会話を聞かれない場所。
そんな条件で探し回った結果、結局屋根の上に落ち着いた。
「さて。え〜…と、名前なんだっけ」
首からぶら下げていたものを引っ張り出す。側面は赤く光っていない。
「り〜…り…りぃ〜…」
リ、しか思い浮かばない。
『呼んだ〜?』
「うわっ!!」
いつもいつも、唐突に話しかけてきやがって…。
『いい加減覚えてよね〜、ボクはリカリア。リカリア=ホーランド。はい、復唱する!』
「り、リカリア、ホーランド?」
『良く出来ました〜』
子どもと接するときのような優しい声。
…俺はもうガキじゃねぇ。
『んで、なに?』
精一杯怒りを抑える。ため息を一つ、それから口を開いた。
「お前、調べ物得意か?」
『お前って…リカリアか、りったんって呼んで?』
…どこの誰だ、それは。
「じゃあな」
『や、ボクは別にいいけど』
そうだった。俺が頼もうとしていたんだった。
「…リカリア。調べ物を頼みたい」
『…りったん…』
「それは断固として拒否する」
『ちぇっ』
というか話が進まねぇ。
「第二階層街を実質支配しているパヴェロ家について。主に、現城主のこと」
少しの間があり、次に発せられた声はいつもとは違っていた。
『…第二階層街のパヴェロ? どんなことに巻き込まれているのかは知らないけれど、関わらない方がいいと思うよ?』
「そこに、お前の言う『緑』が居るんだよ。それに、城主の…そいつのせいで第一階層街に行けないんだ」
『ふぅん…ボクとしては、緑と会ったならそれ以上はしなくてもいいと思う、って言うかしないほうがいいとは思うけど。まぁ、こーちゃんが言うなら、仕方ないね』
「ちょっと待て。なんだこーちゃんって」
初めて聞いたぞ、そんな呼び名。
しかしそのことには触れず、一日待ってと言って通信は途絶えた。
声が止んで急に静かになった夜、かすかな物音が聞こえた。それも、中庭の方から。
屋根から覗くと、騎士の一人が剣を振っていた。それも、ひたすら振りかぶって振り下ろしている。そんな方法で上手くなれるとは思っていないが、それでも無駄な努力だな、と思うくらいには下手だ。剣に振り回されているようにも思えるが、単に疲れが出ているだけかもしれない。
「…あれじゃあ、前線で死ぬのがオチだな」
最下層街で過ごしてきたからわかる。あんな軟弱なやつ、人どころか獣だって殺せないし、逆に殺されてしまう。疲れが出ているにしたって、ふらふらだからこそ一撃一撃の重みが増す。
単に、殺気が感じられないからこんなことを思うのかもしれない。
「さて、と…ジルのところに戻るか」
俺はさして気にも留めず、屋根から下りる。するりと部屋に戻ると、丁度ドアがノックされたところだった。今日は珍しく個別の部屋をあてがわれたから、もしかしたらジルかもしれない。
「誰だ?」
「コウ、いるかい?」
…いなかったら返事があるはずがないだろう。
「居るけど。なんだよ?」
「開けてくれ」
何で俺が…
ドアノブをまわして引く。すると、両手に大きな荷物を抱えたジルがにこやかに立っている。正直、変。
「な、なんか用か?」
「君にプレゼントだ。必要なものだから、持っておけ」
ゆっくりと部屋に入って、荷物をベッドの横に置いた。そして、部屋を去っていった。
荷物は、箱に詰め込まれているらしい。箱が微妙に変形し、ヒモで締め付けているから形が保っているようなものだ。
開くか、開かざるか。
…迷うなぁ…
2
次の日の朝、ドアがノックされた音で目を覚ました。
強く叩かれたドアが、そろそろ壊れそうで、慌ててドアを開く。
「遅い! 稽古の時間は始まっている!!」
目の前には薄い金の髪と藍色の瞳を持った騎士が立っていた。
「…は? だれ?」
それを聞くと、瞳を怒らせて睨んできた。
「第二階層街騎士ギルド支部長から稽古指導を賜っている、師範代のウィルソン・パンデ。ジル・フェリス様よりの依頼で、お前の稽古を担当することになった。わかっただろう? これから稽古だ!!」
「聞いてないし」
だいたい、俺は受けた覚えすらない。
「しかも、面倒。俺別に騎士になる気ないし」
「…見習いの服を着ておいて何を言っているんだ? それに…」
部屋の奥を覗かれた。そこには、変形し開封済みの箱が放置されている。回りには同じく放置された訓練用と思われる防具やらがある。
…はめやがったな、あの男…
「やる気はあるのだろう? はじめだから仕方ない、許すから準備…防具と訓練用の剣を持って付いて来い」
ウィルソン師範代はそういうと俺を待っているようだ。…くそ、あの狸野郎…
「ほら、準備したら行くぞ」
覚えてやがれ!!
* * *
稽古場に連れて行かれると、俺よりも大人のやつらが剣を使って打ち合っていた。
…あ〜あ〜、残念なやつら。型にはまったやり方じゃ、戦場では生きられない。
「コウ君、こっちだ」
入り口でボーっとしていると、声をかけられた。そこにはウィルソンではなく、背の高い人物が手招きしていた。黒っぽい髪を頭の上の方でまとめ、瞳は緑。すらっとした体系、稽古用の防具は使い古されたように見える。左の腰に下げた剣の柄には布がまいてあった。
「えっと、あんた誰…ッってぇ!!」
瞬間、ウィルソンに後頭部を強打された。
「フェリス、敬語を使え。この方は第二階層街騎士ギルド支部長であり、この稽古場の師範でもあられる、サキ・カスガ様だ」
…和名…ってことは、出身は別の国か。
「よろしく。喜ばしいことに多忙なのでね…あまりここには顔を出せないのだけれど、顔を見ることが出来て嬉しいよ」
「…ども。コウ・フェリス。あんたが…ッ!」
「あなた」
「あ、貴女がここの師範代…です、か。えっと、ん〜…」
どうやって敬語にしたものか。
「ふふ、いいだろう。普通に喋った方が、スムーズに会話が出来るようだ」
「カスガ様!」
「いい。私が許可する。さて、コウ君」
「あ?」
ウィルソンに殴られる前にしゃがむ。これでウィルソンの攻撃は防げる。
「ふむ、なかなかの反射神経だね」
「鍛えられてるからっ、と」
追撃を前転しながら避けると、カスガ師範を盾に隠れた。
「ぐ、卑怯な…」
「へっ、戦いに卑怯も正々堂々もあるか」
「ここへ直れ! その曲がった根性直してやる!!」
「まぁ待て」
ここでカスガ師範がとりなしたのは、結局凶と出ることになる。
「コウ君」
にっこりと微笑んだその笑みには…
「私と手合わせをしよう」
「カスガ様!?」
「はぁ!?」
…悪魔が潜んでいた。