第十四層 料理人
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初めて知ったそれを隠し、
彼は新たな世界を知る。
進むには、
早すぎる。
1
陽が完全に昇った昼近く、俺はリチャードの部屋のそふぁに横になっていた。
あれからリチャードは俺を警戒するようにユウとの間に入り、俺をにらみつけるという行動に出ていた。迷惑極まりない。話だって、まだ途中なのに。
「あ、あの…リチャード様、お勉強をなされるのでは…?」
ユウに聞いた話だと、ここで働く人々は城主に許されたもののみが外出できるのだという。買い物に行くことも、許可が下りた人たちで分担しているらしい。だから、ユウはリチャードがどの時間に外に行くのかを正確には分からない。
つまり、外に出る用事があったとして、それをすっぽかしていようがいまいが分からないというわけだ。
「今日はないんだ、大丈夫」
ユウにはにっこりと笑みを浮かべ、俺を睨む。
…いや、そんな顔されても。
「それにしても、遅いですね…ジル様。迎えにいらっしゃってもいい頃合なのですが…」
「さぁな、あいつの行動はよく分からない」
下手をすれば置いてけぼりということもありうる。
「…早く迎えに来てやればいいのになー」
感情を全く込めないリチャードのセリフに、ユウはただ困った顔をする。
「あ、あの、私…皆さんに何かすることがないかを聞いてまいります」
状況を見かねて立ち上がったユウは、そのまま廊下に出ようとして立ち止まる。
「…………」
「ど、どうしたんだ?」
黙って固まっているユウに声を掛けると、振り返って困ったようにリチャードを見ている。
そういえば、この部屋篭城状態なんだっけ。
扉の前には椅子や小さいテーブルがおいてあって、外から簡単に開くとは思うけれど一応閉じこもっている状態ではある。
「あ、あの…コウさん、ついてきてもらえますか?」
「なっ! 僕も行く!」
すかさずリチャードが立ち上がる。
「いえ、リチャード様はこちらに残ってください。あの…リチャード様が参られますと、皆さんが仕事になりませんから…」
遠慮がちの発言とはいえ、結構ショック受けてるぞ、あの小僧。
「う…わ、わかった。…おい」
腕をつかまれ、少し低めの顔を見る。
「なんだよ?」
「ユウに変なことすんなよ」
「するか馬鹿」
小声でそんなやり取りをしユウの頼みで、ここに来てから部屋に置きっぱなしにしていた剣を下げて部屋を出た。
一階の奥では、働く人々が忙しそうにしていた。多分、昼の準備やら掃除やらをしているのだろうけれど…やっぱり、にぎやかなんだな…
「あれ? ユウちゃんじゃないか?」
少し太い女性の声。振り向くと、少しふっくらとしたオバさんがいた。この城の制服らしい紺のエプロンドレスではなく、汚れた白の厨房の服を着ておたまを持っている。
なぜおたま。
「あ、おばさん」
「どうしたんだい? 最近顔を見ないと思っていたら…バカっぽい坊主を引き連れて」
「あ、あ…おばさん、この人は…」
「なんだよオバサン」
「え、ちょっと、コウさん!?」
「ははぁ、さては城主様に無礼を働いて捕まったんだろ? 第二階層街じゃ見かけない顔だ」
「無礼を働くだ? あいつの存在のほうがよっぽど無礼だろうが」
「コウさん!!」
オバサンは険悪な表情で俺に近づいてくる。そして大して変わらない身長の癖に俺を見下ろして不適に笑った。
「その意見には賛成だ。あんた名前は?」
「コウ」
「ふん、どうせいいもん食ってないんだろ? 飯食って行きな」
ユウがおばさんと呼んだオバサンは城の調理役なのだそうだ。俺とユウは比較的広い部屋で一緒に昼飯を貰った。部屋は木の机が並んでいて、大勢で食べるための部屋なのだろうと思う。
「今日は人が少ないんですよ」
皿を空にしたユウは、ふうと一息吐いてからそう言った。
「今日は買出しの日なのです。城から出ることを許された人がみんなの分をまとめて買いに行くので、時間がかかるのです」
「その分、食費は浮くけどね」
オバサンがいつの間にか背後に立っていた。
…気配を消すな。
「どうだった?」
「まぁ、不味くはなかったな」
「コウさん!」
オバサンは豪快に笑って、俺の髪をぐしゃぐしゃにした。
「坊主、一宿一飯の恩っての知ってるかい?」
「…………」
した側から出る言葉じゃないだろうに。
「さてと、そういえば二人とも、何をしに降りてきたんだい?」
そうだった。ユウには目的があってここに来たはずだ。
「ええ、何か仕事はないかと思いまして。何もせずに居るよりは、落ち着きます」
「そうだねぇ…」
オバサンは少し考えた後、ユウの頭を撫でながら何もないと言った。
「そうですか…それでは、戻りますね」
ユウはそういうと、お辞儀をした後に歩き出した。俺はその後をついていく。
2
城のエントランスにある階段を登っている途中で、呼び止められた。
「ユウ! どこにいた…ジル・フェリスが来たぞ」
振り向いたユウは、俺と顔を見合わせる。そして急いでリチャードに声をかけ、応接室へと向かった。
覚悟を決めて入ると、城主とジルが険悪な雰囲気の中無言で居た。ジルはそふぁに座り、城主は近付くことなく立っている。
「お前のところの無能な息子が来たぞ」
「少なくともお前よりは有能だ」
…近付きたくねぇ…
「ほら、帰るぞコウ。この町に少し滞在して、研究所からの書類を待つ。それをこいつに叩きつけてから上階層街へ行こう」
「お、おう」
俺はユウを振り返りながら、ジルに引きずられるようにして歩いた。扉が閉められ、たった半日で見慣れた真っ白な廊下を進む。そして大きな門を過ぎ、止まっていた車に乗って走り出す。
「コウ、何もされなかったか?」
「お前が置いていったんだろ。されるも何も、あいつに近付いてないから」
今夜にでも、リカリアに連絡をしてみるか。
第二階層街騎士ギルドは、見るからに金がかかっていそうな佇まいだった。というか、あの真っ白い城程ではないにしろ、ただのギルドが持つには不相応なくらい豪華な建物。
まず、高い。聞いたところによると3階建てのようだ。あの城は4階建てで、それよりも低い建物の中で一番高い、らしい。そして、装飾が細かい。所々に描かれている古代の模様は、言い伝えを基にしたものだろう。4匹の龍、その上に2匹の大きめな龍が描かれる。二匹の龍がにらみ合うその中央にはただの円が描かれ、二つの龍を止めようとしているようにも見える。
天井はそれほど高くない。その分を上の階に回しているのだろうけれど、どうして高い建物を作ろうとするのかがわからない俺にとっては、もったいないと思うくらいだ。
上に高いだけかと思いきや、地下2階まであるらしい。よく分からない。
ジルは騎士ギルド受付で身分証明をすると、奥へと通された。もちろん、俺も一緒だ。騎士ギルドの建物は仕事をするための部署が分かれた本館と、中庭を隔てて騎士たちのための兵舎があるらしい。俺たちは始めに本館1階の応接間へ通され、軽く雑談をしたあと待たされ、夕方ごろに兵舎へと案内された。
その頃にはジルの機嫌も直っていて、安心した。
「コウ」
兵舎で夕飯を食った後、あてがわれた部屋でボーっとしているとジルに呼ばれた。面倒だから首だけ動かしてジルを見ると、ベッドに腰掛けたジルはにやりと微笑んだ。
…気味悪い。
「どうせ、少しの間ここにお世話になるんだ。騎士たちに稽古をつけてもらったらどうだ?」
「稽古?」
「剣だ、剣。以前使っていた武器は全部預かっているから、いざというときに剣に慣れていないと不便だろう?」
「…めんどくせー…」
剣は、まぁいいとして。稽古だ。俺は昔から稽古だの練習だのが嫌いだった。仕方なく受けていたけれど…
「駄目だ。これからは、きちんとした力をつけるべきだ。君は、自分のことを知らなさ過ぎる。いつか、力が必要になるだろう」
「…じゃあジルは知ってるのかよ?」
「…さあ、僕が知るはずないだろう? 君の事は、君自信で知らなければ」
早起きって苦手なんだよなぁ…
長らくお待たせしました…
新学期に入り忙しく、
作者多忙のため再び不定期になりますが、
なるべく早くお届けできるようにしますので…
どうかよろしくお願いしますっ(>_<)っつ
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