第十一層 穢れを嫌う城
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やがて彼は本当の闇を見ることになる
それは自らのものか
それとも他のものか
1
リチャードの私室は、豪華であるけれども質素であった。どこか、子どもらしくない部屋のような気がする。
「あの…お茶が入りましたので…」
居心地の悪さを感じながら部屋においてあるそふぁに座っていると、目の前にカップが置かれた。
「ありがとう」
リチャード…ユウの主らしい少年はにこやかにそう言って、カップに口をつけると「美味しい」とつぶやいた。
ユウは俺の隣に座る…かと思いきや、俺の後ろに立った。
「ん? 座らないのか?」
「え…あ、いえ、私は」
「折角だ。ユウも座りなよ」
ぽんぽんと自分の隣を叩いて、リチャードが呼んだ。おろおろと視線を彷徨わせたユウは、ゆっくりと首を振って戸惑いがちに微笑む。
「そう…」
…ん? 少し、残念そうだな…?
「で、彼は一体?」
ユウは俺を見て、それからリチャードに俺を紹介する。
「こちらは、コウ・フェリス様です。先ほどジル・フェリス様がお見えになり、共にこの城へおいでになりました」
「…フェリス、ね」
思案顔―12歳の少年がするには早すぎる表情―で、俺を見る。
「はい。私が大旦那様とお客様にお茶を出しに行った所、私が躓いて…出しに向かったお茶を、かけてしまいまして…」
「…ぷっ」
あははは、と笑い出す少年は、一瞬前の表情とはまるで別の…歳相応の無邪気な表情だった。真っ赤になったユウはトレーで顔を半分隠しながら続けようとする。
「そ、それで」
「あはははっ!」
「流して頂いている間にフェリス様がお帰りになったので、こちらに一晩泊めていただきたいのですけれどっ」
「はははっ、うんうん、分かった! 僕の部屋を貸してあげるよ!」
「え、ぇえ!?」
俺が驚くところだろうに、驚いたのはユウだった。
「ん? なに、駄目かい?」
眠れるならどこでもいいが…あの父親の息子だ。どこかに裏があると考えておいたほうがいいだろう。出来ればこの城から出たいところではあるが、ジルが許さないし…正直、この城で眠りたくはない。
「いや、駄目ってことはないけど」
「じゃあいいじゃないか。なんならベッド使ってもいいよ? 僕はソファで寝るから」
「そ、そそ、それは駄目ですよ…」
慌てたようなユウの声に、微笑を返すリチャード。
「どうして?」
「だ、だって…」
「たまにはいいじゃないか」
「でもっ…お風邪を召されてしまいます…」
振り返って顔を見ると、赤い。…恥ずかしい、んだろうか。
…なにが?
「まぁ、それはユウ次第だけどね」
リチャードを見ると、笑みに…なにか意味が含まれているようにも見える。
「じゃあ、俺がどっか別の場所で寝るよ。この時期だから、風邪を引くこともないだろ」
「え、えと…」
「客人にそんなことはさせられないよ。まぁ、客用の部屋は用意できないけどね」
そりゃ、そうだろうな…あの父親から許しがもらえるとは思っていないし。
「客じゃない。招かれてないからな」
「あ〜…そういわれちゃうと何も言えないなぁ」
苦笑して、立ち上がる。
「じゃあ、寝るまではこの部屋でゆっくりしていなよ。父さんもここへは来ないし、他の侍女達も…ユウ以外は来ないから」
俺にそう言った後、「父さんのところに行って来る」とユウに言い残して出て行った。
2
夜。
俺は外套を借り、誰にも見られることなくリチャードの部屋の上…つまり屋根の上で丸くなっていた。といっても寒くはない。陽が長く、暑い日が続く。真っ暗になる時間は3時間ほど…今もうっすらと夕陽が出ている。…今の季節は何と言うんだっけ。
それにしても、奇妙な城だ。この屋根、随分と赤黒いところが多い。これは…まぁ、血だろうけれど。
汚れがきらいだという城主なら、屋根もキレイなものじゃないのか?あるいは…『キレイ好きだと思い込ませたい』だけなのか。どちらであっても、嫌なところだ。
というか屋根に血の跡ってどういうことだよ。上から降って…くるわけではないだろう。そんなことあったら穴だらけになっているはずだ。この屋根の素材はそこらの家と変わらないし。だとすれば、運んできている…?
…いや、それはないな。だとしたらどこかに血の跡があるはずだ。いかに掃除をしたとしても、部分的に掃除をすれば俺が見逃すはずはないし…なにより、完全に取れるわけがない。血生臭さも残るし。
まぁ、この広さだ。たくさん人を雇っているとも考えられるし、城のやつら全員がグルになって隠しているのなら俺には分かるはずない。
っていうかそもそも俺には関係ないじゃないか。全く、未だにクセが抜けてないのか。
「………さい」
ぼーっとしていると、何か聞こえた気がして起き上がった。いつの間にか―やっととも言うが―辺りは薄暗く、世界は夕陽色に染められている。
あいつに貰ったコイン、どこやったっけ?
「……やです…」
ポケットにはないな。あ、なくしそうだからってペンダントにして首から提げたんだっけ。
あった。コインの側面を見ると、色濃く光っている。
「つまり、近くにあいつの仲間がいる…ってことか」
俺は辺りを見回した。と言っても、身を隠せるほどの出っ張りを背にしているから背後は見えない。そーっと覗いて見る。
俺は誰もいないことを確認してから移動を開始する。もちろん、立ち上がるなんてことはしない。靴を脱いで裸足になり、音を立てないように移動する。声は屋根の反対側からするようだった。が、目の前の血痕を見て、先に進むことをためらう。
「これ、まだ新しい…」
俺が居た屋根の端には古いものがほとんどだったのに、ここは新しく…しかも乾いていても触ると手や足についてしまいそうだ。脚はまだしも、手はまずい。
…ってことはあの城主、ここで返り血を浴びたってことになるな。
迂回するのは面倒だ。それに、近付くほどコインの色が濃くなっている。
暫く探し回り城内に戻るべく外套を置いてきたところに戻ろうとすると人の気配がした。
「…そんなことを言っていいのか? ランよ」
その声を聞いて、足を止める。目の前には太い塔があり、窓が開いている。入り口は…俺の居た所の反対側にあるようだ。声が近い。
俺は入り口から離れて、塔の反対側に回る。
「あの少女にあの事を話すぞ?」
「それだけは…」
「ならば従え」
城主と、そして聞いたことのない人…女性の声。
「フェリスの小僧を使って、研究所に取り入る。そうだ、お前の娘とリチャードを結婚させよう。リチャードも従順な奴隷が欲しいだろうしなぁ?」
息を飲む気配がした。
「そしてお前の娘も小僧と共に研究所に連れて行かせて情報を流させるのだ。やつらの企みを国に売り、その報酬として更なる地位を得る。リチャードは騎士として階級を上げ、第二・第三階層街をまとめ、最下層街を支配する…」
「あの娘にそんなこと…」
「させないとは言わせないぞ? あの事を話してもいいのなら、それでもいいが…」
「そんな…」
「大筋はこんなところか。細かいことはまた後で練るとして…」
「…う…」
どさりと倒れる音がした。塔に耳を当てて集中すると、階段を上がるような音がする。そして扉が閉められる音、鍵をかける音が続き、もう一度階段を踏む音がする。…屋根から戻るには、さっき俺が居た場所の出っ張りから階段を降りるしかないようだから…外套は見つからないだろうが、この位置では俺が見つかりそうだ。
どうするかな…